新たな転勤先、米花町。日本の中でも犯罪率が低く、世界でもトップクラスに治安のいい町らしいのだが、この町を担当する前任者はちょっとしたイザコザで殺されてしまったらしい。何があったんだ。噂ではベランダで家庭菜園をしていたのが原因だとか。だから何があったんだ。
 そんな場所に若い女性を配属させるのかと抗議してみたが、「以前キャンプ中に現れた猪を仕留めた君が何を言うんだ!」と笑い飛ばされた。
「ぼたん鍋できますね!」場を和ませようと付け足した言葉が、頼もしさに拍車をかけていたらしい。知った時には後の祭りだった。
 結果、転勤は実行され、こうして米花町を訪れたのだが……。


「さっさと金を出せ!じゃなきゃ殺すぞ!」
 物騒な言葉が聞こえてペットボトルの陳列棚から180度振り返ると、男が店員に刃物を突きつけていた。
 丁度昼飯を買いに立ち寄ったコンビニで強盗が起こるとは、犯罪率が高いという話は本当だったらしい……いや冗談じゃねぇ。すぐさまスマホを取り出し、いちいちぜろ。
「あ、もしもし?今目の前でコンビニ強盗が起きてまして……はい、××高校の近くです。奴は自宅から持参したであろう包丁で店員を脅しています。恐らくお弁当全品50円引きを期待していたのにおにぎり100円セールが発表された虚しさで──」
「ちげぇよ!!テメェ何勝手に人の犯行動機捏造してんだよ!!てか通報してんじゃねぇ!!」
「えっ、なんで悪いことしてないのに怒られてるの?強盗犯さん、頭大丈夫……?」
「本気で哀れんだ目をするな!!くそッ、テメェはもう黙ってろ!!おい、早く金を出せ!」
「まあまあ、あなたの気持ちはよぉくわかるよ。あなたもコンビニを……いや、世界を恨んでるんでしょ?」
「──お前も……なのか?」
「向こうが認めない限り、この怒りが矛を収める日は来ない……──そう、これは全身全霊をかけた戦!毎回おにぎり100円セール〜とか言っときながらちょっとプレミアなやつが対象外って納得できないよねぇぇぇぇ!?」
「っるせぇ!!やっぱ黙ってろ馬鹿!!」
 電話口から至急向かいますと聞こえてきた。
 やれやれ、時間稼ぎしたかったが相手が短気過ぎて会話もままならないとは。
「やれやれ──それが人に頼む態度かァァァ!!」
「ゴフッ!?!?」
 全力投球(500ml)が見事鼻に命中し、男の手からナイフが落ちる。すかさず身構えたが、男はぐらりと大きく揺れた後、受け身も取らず倒れた。どうやら気絶したらしい。貧弱貧弱ゥ!
「店員さん、大丈夫?」
「はっ、はい──縛れる物取ってきます……!」
 口を押さえて震える店員に声をかけると、すぐ裏へ探しに行った。
 気絶している男の横でペットボトルを拾い、おにぎりと一緒に並べる。ちょっとへこんでしまったが中身に問題はないだろう。飲めればいいのよ。
「あるじさま、はっけーん!」
 自動ドアが作動し、もう警察が到着したかと思いきや引っ越し先で待っているはずの今剣が腰に抱きついてきた。
「どうしてここに?」
「おそいからむかえにきたんですよ!」
「ごめん、連絡すれば良かったね。探させちゃった?」
 かつては霊力の繋がりによって互いに気配の察知ができていたが、今は正真正銘の人間。霊力による繋がりもないため、第六感のような能力はなくなっているはずだ。
 しかし今剣は元気良く否定した。
「長谷部さんにでんわしたら『このこんびにだ』っておしえてくれました!」
 長谷部って海外出張中じゃなかったっけ……?
 しかもピンポイントで当ててくるってどういうことなの。
 いいなぁー行きたいなぁー。手配致しましょうか?そんな会話をした覚えがある。今頃オサレなカフェでコーヒー飲みながらスケジュール調整してるんじゃないかな。誰のとは言わないけど。
「どうしてこのおとこは、おひるねしているんですか?」
 相変わらずの仕事ぶりに遠い目をしていると、今剣が首をこてんと倒しながら尋ねてきた。
 まあ気づくよね。コンビニで気を失ってる男がいたら気になるよね。でもおひるねって表現するのは君くらいだと思うんだ。
「すごく眠かったんじゃないかな……」
「ふーん。じゆうなひとのこですね」
 聞いた割に、あまり興味がなさそうだった。
 長年一緒に暮らしているが、未だに今剣の基準がわからない。


「佐藤さん、大丈夫ですか?」
 書類から顔を上げると、心配そうにこちらを窺う高木君。両手の紙コップからコーヒーの香りが漂っていて、思い出したように喉が渇く。
「ありがとう。でも大したことないわ。ちょっと気になることがあって」
「美和子〜!今日のランチ……あら、お邪魔だったかしら」
「いっいいいいえ!そんなことないです!!」
 全力で否定されるとちょっと悲しいわね……。高木君に男らしさが足りないのはわかっているけれど。
「丁度良かったわ。これ記録したの由美よね?昼食がてら詳しく聞かせてくれない?」
「いいけど、またお得意の勘が働いたの?さてはこの事件に裏があるとか?」
「僕も調べますよ。佐藤さんの勘はよく当たりますからね」
「ありがとう、二人とも」
 意気込む二人が頼もしく見え、自然と頬が緩んだ。


 お昼時なだけあって食堂は混んでいたが、無事席を取ることができた。
「私が担当したのは二件よ。ひったくりと自転車の盗難。どっちも駆けつけた時にはもう犯人が気絶してたけどね」
「それで、気絶した犯人は……」
「調書にも書いたけど、拘束されてたわ。でもね!ただでさえ生で見る機会はないと思ってたのに、まして合流した刑事と亀甲縛りに苦戦するとは思わなかったわ!!」
「「ッグ! ゲホッ、ゴホッ」」
 盛大に噎せた高木君と私は急いで紙コップを空にした。
 何度も書き直した跡があると思ったら、そういうことだったのね……。
 話すにつれ、顔が歪んでいく由美だったが、うどんを咀嚼するとまた真剣な顔つきに戻る。すぐ切り替えられる性格は、自分にはない、彼女の長所だと思う。
 そう、私も切り替えなきゃ……なんだけど、いい歳した警察官が二人がかりで亀甲縛りに苦戦するなんてシュール過ぎるわ……。
「ここからは省略したんだけど、被害者に聞いたら全力で否定して『二人組がやった』って言い張るものだから、周囲の店に聞き込みしたの。そしたらコンビニの店員が昨日助けてもらったって証言して、聞けばその二人のうち一人がコンビニ強盗を退治してたみたいなの。亀甲縛りで」
「じゃあ三件も貢献してるんですね。武術の達人なんでしょうか……?」
「亀甲縛りの達人でもあるわね」
 正義を掲げる以上良くないことだとわかっているが、犯人にほんの少し同情してしまう。
「話を聞く限り、善良な市民だと思いますが……佐藤さんはどこが気になったんですか?」
「もう解けたんだけど、今考えるとやっぱり縛り方かしら」
「確かに奇特ですよね……」
「ええ、ただ拘束するなら手首と足首で足りるはずよ。わざわざ縄を用意しているなら愉快犯と変わらないわ。むしろ犯人に的を絞っている分悪質と言えるんじゃないかしら」
「あ、使ったすずらんテープはコンビニ店員があげた物らしいわよ」
 椅子からずっこけた。
 なぜか食堂のあちこちからも椅子が動く音と体をテーブルにぶつけたような打撃音が響き、周囲には椅子に座っている人すらいない。地震でもあったのかしら。
 とりあえず高木君を助け起こし、倒れたカップを置きなおした。先程飲み干したおかげで二次災害にならなかったが、その原因を思うとため息が出そうだ。
「その店員、どうしてあげちゃったんですかね……」
「よくわからないけど『犯人にも驚きが必要だろ?』って言ってたわ」
「絶対要らないわよ!」
 驚く前にプライドがズタボロになるだけよ!
「じゃあ高木君の言う通り、二人は善良な……善良……?」
「善良、ではなさそうですね……」
「せいぜい愉快な市民ってところね」
「愉快な市民……」
 言い得て妙とはこのことかしら。ともかく、害がないなら捜査に及ぶ必要はなさそうね。
 そう納得していると、由美が身を乗り出して声を潜めた。
「知られるのは時間の問題だと思うけど、その二人、ちょっと見た目も変わってるらしいの」
「服装に難ありってこと?」
「いえ、それが──被害者の話だと、一人がアルビノで、もう一人が金眼らしいのよ」
「珍しいですね……でも目立つ容姿の割に、噂にもなってないですよね?」
「最近引っ越して来たんじゃないかしら。それにしても、すごい人が来ちゃったわね……」
 まだ半分しか食べてないのに、なんだかお腹いっぱいだわ。