時の政府で上級職に就くと、一人につき一振り支給される。
 表向きには近侍を持つ審神者と同じ視点に立てるようにするためと謳っているが、実際は単に秘書代わりなだけだ。
 効率を考慮すると、有給休暇も医療手当も要らない刀剣男士はとても使い勝手がいい。浮いた資金を鍛刀資材やさらなる刀剣男士の開発費に回すことができるから、有益しかない。
 配当方法はランダムだ。前は指名制だったらしいが、ご飯がおいしいからと燭台切を選ぶ人が続出して廃止に至ったとか。あくまで噂だが、上司の近侍は燭台切率が高いので本当なのだろう。
 逆に指名数が少ない男士も存在する。積極的に働かない近侍は、扱い方が難しい。残念ながらその中に、私の近侍の名もよく挙げられる。
「名前、少し休憩しないか?茶を煎れてきたぞ」
「お気遣いありがとう。でも私、三十分前にあなたと休憩したばかりなんです」
「まあ細かいことは気にするな。ほら、冷めてしまうぞ」
「ちょ、わかったから飲ませようとしないで!机に置いてくれればいいから!」
「そう言って先週も湯呑みを倒してきーぼーどを水浸しにしていただろう」
 声を荒げたい気持ちを押し込んで、タイピングを再開する。
「今日は忘れないからいいの」
「また根拠のない自信か?」
 言い返したいが、図星で言葉が出ない。集中力が切れて、手が止まる。
 視界に入る元凶を奪うように取り、一気に飲み干しで突き返した。きょとんと理解していない様子の鶯丸の手を掴み、湯呑みを包むように無理やり握らせる。
「あなたの手のひらに載せておくわ。衝撃に強いし、傾いても零れる心配はゼロ! ふう、私って天才ね。ノーベル賞取れるかも」
「そうか、飲みたくなったらいつでも言ってくれ」
「あと一時間は要らないわ」
「一時間後か。拝命した」
 なぜか嬉しそうに去っていく鶯丸。
 私の近侍は一般的な鶯丸と違って働いてくれるのだが、休憩を進めるペースが異様に早い。あとよく口が回る。審神者は彼が畑仕事をサボることに手を焼いていると聞くが、あんな風にうまく誘導しているのだろうか。したたかに都合良く自己解釈する自由さには脱帽だ。さっきも結局飲んでしまったし……いやいや、水分補給は大事だから。仕事の資本は体だからいいのよ。
 納得して仕事に戻ると、いつの間にか時間が過ぎていた。なんとあと二、三分で、鶯丸と別れてから一時間後になる。
 少しイスを引いて肩を鳴らしていると、「お疲れさん」と声がかかった。
「苗字って真面目なのに隙だらけだよな」
「あぁん?」
 隣から失礼な発言をしてきたのは、二つ年上の同期だ。しっかり者で頼れる存在だが、近侍が来るまで三食お菓子という偏った生活をしていた変人でもある。
「燭台切を引き当てた時嬉しさのあまりドラミングした人ほどじゃないわよ」
「やめろ過去に戻りたい……歴史修正主義者に転職しようかな……」
「その時はカッコいい近侍が介錯してくれるわ」
「えっ、引き留めてくれないの?粛清は確定なの?」
「ちゃんと契約書読んだ?粛清の項目があるのよ」
「契約書ってあれだろ?お前が鶯丸と事故チューした時の」
「誤解しかない言い方しないでくれる」
 実家に持って行ったかな……と言いながら机上のファイルや通勤鞄を漁り始めた彼は、見つけたのか「おっ」と声を上げた。だが鞄から取り出したのは書類ではなく、缶だった。
「ミルクレープ味。飲むか?」
「うわ、なんで買ったの。てかどこで売ってるの」
「駅前の自販機に、普通に。はいどーぞ」
「要らないわよ。水分は鶯丸がすっごくおいしいお茶を煎れてきてくれるから間に合ってるの」
「糖分の摂取は大事だぞ?」
「甘味でも買ってきてもらうわ。センスがいいからどれもおいしいの」
「職権濫用じゃねーか」
「その必要はない」
 真後ろから合いの手が入り、ぴゃっと肩が揺れた。
 振り返れば薄い笑みを浮かべているが、どことなく不機嫌そうなオーラが漂っている鶯丸と、その横で苦笑している燭台切。一時間前は上機嫌だったのに、何があったんだろう。
「休憩室に茶を用意した。今日は燭台切お手製の甘味だ」
「鶯丸さんも手伝ってくれたんだよ。……レシピを決めるのを」
「リクエストしただけの間違いじゃなくて?」
「行くぞ。茶が冷めてしまう」
「私は冷めてもいいんだけど……」


 燭台切は鶯丸に手を引かれる渚の姿が見えなくなると、惨敗中の主に小声で言う。
「主じゃ彼女の隙はつけないみたいだね」
「いつから聞いてたんだ?」
「盗み聞きはカッコ悪いと思ったんだけど……ごめんね」
「いいよ。あの笑顔を向けられると、未練が残るっつーかさ」
「どうだろう。鶯丸さんは『俺にはドヤ顔しか見せてくれない』って嘆いていたけど」
「惚気じゃねぇか」
「はいはい、で、契約書を探せばいいのかい?」


「俺のすっごくおいしい茶はどうだ?」
「ゲホッ、な、あれはジュースを飲みたくなかったからで……」
 急いでポケットからティッシュを取り出し、テーブルを拭う。休憩室に誰もいなくて良かった。こんなところを見られたら恥ずかしくて半日寝込む。……あ、鶯丸がいた。
 彼が悲しそうに目を伏せると、長い睫毛がよく見える。
「せっかく平野に教わったんだがな……」
「その、おいしいのは本当よ。ちょっと誇張したけど」
「そうか、うまいか」
 おいしいと言っただけなのに、鶯丸は声を弾ませる。それがいつからだったのかわからないけど、最近一つの可能性に気付いてしまった。でもそれは、希望的観測に過ぎない。はっきりとした確証もなくて、どういう態度を取ればいいのか、ずっと二の足を踏んでいる。
「いたなら言ってくれればいいのに。それこそ冷めちゃうじゃない」
「褒め言葉は滅多に聞けないからな。つい耳をそばだててしまった」
「……親しい人を褒めるって、ちょっと恥ずかしいのよ。あなたは顔に出ないから羨ましいわ」
「まあな。その分言葉と態度で示しているが」
 大包平と休むことに関してなら、まさにその通りだ。濃厚なプリンを口に運びながら「ふうん」と相槌をうつと、「名前」と咎めるように名前を呼ばれる。
「……確かに休憩中だが、もう少し俺の真意を汲んでくれないか」
「真意も何も、言葉と態度で示してるんじゃないの?」
 発言と行動が矛盾するのは今に始まったことじゃないけど、こればかりはどうも慣れない。鶯丸はたまに原因不明の不機嫌を発症する。
 新緑のような目にじっと見つめられ、非常に食べづらい。どうやらこの離婚婚調停中の夫婦みたいな空気を払うまでプリンはお預けらしい。
 スプーンを置き、前のめりに頬杖をつく。さて、今日こそ解明できるだろうか。
「休む時間ができて嬉しい。違う?」
「違わないが、その理由を考えてくれ」
「……平安時代に作られた鶯丸は、修復されるまで日の目を見ることはなかった。そして修復されてからも、実戦刀にはならず、美術品として扱われた。……だから休憩が好き」
 どう?と視線で問うが、鶯丸は「他の俺はきっとそうなんだろうな」と茶を啜った。なぞなぞとかクイズでも不思議に思うのだけど、どうして質問者は余裕そうにしているんだろう。正解を知ってる優越感?
「わからないか?てっきり伝わっていると思ったんだが……」
「思い当たることが一つだけ。でもきっと勘違いね。ヒントを頂戴」
 手のひらを向けて降参のポーズをすると、鶯丸は「そうだなぁ……」と顎に手を当ててから、湯呑みを指した。
「この湯気が消えるまでに当てられなかったら、今度こそ接吻させてもらおう」
 綺麗な笑顔でそう言うと、急須を持って行ってしまった。
 取り残された私はぬるい両手で赤くなっているだろう頬をつねった。
 接吻って……それってさぁ!
「正解だった…………」
 湯呑みからは、まだ湯気が上がっている。ずるい質問だ。私ができるのは応えるか答えないかの二択しかない。