「サーヴァント、セイバー。ここに参上した。我がマスターよ、たとえ裏切られようと貴殿を守り抜こう」
 新しく召喚されたサーヴァントは一通り自己紹介すると、ずいと立香に詰め寄った。
「それと……ここにウルクの王はいるだろうか」
「ギルガメッシュのことかな?いるよ。私は藤丸立香。これからよろしくね!」
 その様子を数歩後ろで見ていたマシュがおずおずと立香の隣に並ぶ。
「私はデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトです。あなたの名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「名前か……名前、かな」
「かな?」
「これは驚いた!」
 流れるように会話に割って入ってきたマーリンに「わぁ」と立香の顔が歪む。
「何しに来たの?」
「嫌そうな顔だな。ちょっとからかいに来ただけたよ」
「名前さん、こちらキャスターのマーリンさんです」
 マーリンはマシュの紹介を受けて端正な顔に微笑を浮かべた。
「僕のことはマーリンお兄さんと呼んでくれても良いんだよ。なに、遠慮はいらない」
「お兄さん……?」
「フォウ! フォフォウ!」
「呼ばなくていい、とフォウさんが言っています」
「ああいや……呼ばれたい名前があるのは良いことだ。よろしく頼む、先生」
「……あれ、おかしいな。先生って聞こえたぞ?聴覚に問題があるみたいだ」
「そうか?聞き取りは完璧だぞ」
「わざとだった?!」
 部屋中にマーリンの驚愕が響く。呼ばれたい名前があるなら呼びたい名前もあるのが道理だろう、と持論を述べるジゼルに対し、マーリンは真剣な顔で「これはこれでアリか……?」と悩んでいた。やっぱ英霊ってマイペースだ。立香は改めて思った。


「誰だ!?」
 ドタバタと荒々しく部屋に入って来たのはギルガメッシュだった。彼はマーリンにすら反応せず、ジゼルを見て時が止まったように固まっている。
「きっ、貴様……その魔力……」
 立香が「知り合い?」と二人の顔を交互に見ていると、ギルガメッシュは「ふははははは!!」とせきを切ったように笑い出した。
「あの愚神でも英霊の座にはついて来れなかったか!良いぞ、褒めて遣わす!今夜はこの我が歓迎の宴を開いてやろう!名前よ、存分に楽しむが良い!」
「お前誰?」
「んなっ」
 完全に再会の流れを断ち切った。
 「なっ……なっ……」と唇を震わせるギルガメッシュに、名前が「うーん」と頭を捻る。
「確かに似てるけど、私の知り合いじゃないな。女神に負けないくらい可憐で爽やかな好青年にはちょっと見えないし……」
「貴様そんな風に思っていたのか?!初耳だぞ!?」
「でも成長したあいつはこの男みたいに美人だったんだろうなぁ」
「『みたいに』ではない!我がわからんのか!」
「私は名前。そっくりさんの名前は?」
「相変わらず人の話を聞かん奴よな!!」
 地団駄を踏む勢いで声を荒げるギルガメッシュを見て、マシュが「先輩、この人すごいです。ギルガメッシュ王の話を一切聞いていません」と立香に耳打ちした。立香は「それな」と大きく頷いた。悪気はないのだろうが、だからこそ余計たちが悪い。
 とはいえギルガメッシュは話を聞かない人間の名前を覚えたり、その人の魔力を感じただけで飛んで来たりするような人物ではない。宝具開帳待ったなしなのは変わらないが、彼の宝具が空中で待機したままなのは「名前を雑種として一蹴できない何かがある」ということだろう。
 これは大物の予感、と立香は震えた。
「マスター、こいつはお前のサーヴァントなのか? それともカルデアの職員?」
「こいつとはなんだ」
「私のサーヴァントだけど、カルデアの仕事も手伝ってくれてるんだ。ちょっと働きすぎな気もするけど」
 懸念を交えて答えると、名前は顎に手を当てて「うーん……」と何やら考え込み、立香を一瞥してから「人手が足りなければ手伝おう」と申し出た。するとギルガメッシュが「ほう」とにやりと笑う。
「では馬車馬の如く働いてもらうそ」
「なんて邪悪な笑顔なんだ……顔は似てるけど、やっぱり別人だな」
「だっ、何度言わせる!『似ている』ではない本人だ!」
「そう言ってどうせ金目当てなんだろう?私の目は騙されないぞ!」
「王を指差すな、へし折るぞ!そも財宝など腐る程あるわ!貴様もよく知っておろう!」
「ほう、言ったな?あいつは財宝を大切に扱うんだ。決して腐らせたりしない」
「言葉の綾に決まっておろう!一々突っかかるでない、この天然ボケ!」
「言葉遣い悪いな……そっくりさんは擬態の鍛錬が足りないんじゃないのか?中身は私の知り合いの面影すらないぞ」
「擬態ではないと言っておろう!大体先程から何だその呼び方は!こいつだのそっくりさんだの余所余所しい!ギルガメッシュの名を忘れたとは言わせぬぞ!?」
「同姓同名か?」
「貴様座に還してやろうか」
 ここまで来ると重症である。知り合いなのは確実なのに、名前を聞いても思い出せていない。青筋を浮かべ始めるギルガメッシュを見て「召喚時に何かやらかして霊基に問題が……?」と立香の顔が曇り始める。
「宝具の餌にされる……!?」
「はは、心配には及ばないよ」
 ギルガメッシュが乱入してから黙っていたマーリンは、珍しく喜色と悲壮が混在する表情で名前とギルガメッシュを見ていた。
「名前にギルガメッシュ王の記憶がないのは正常さ」
「そうなの?」
 あれで正常なのかとツッコみたかったが、立香は大人しくマーリンの解説を聞いた。
「実際、彼女の目にはギルガメッシュ王が別人に見えているんだろう。なにせ彼女は生前、『成長したギルガメッシュ王』を目にする機会がなかったからね」
「それは……どういう……」
「ギルガメッシュ王の関係者で名前となれば、『最古の裏切り』ですね?」
 マシュの確信を含んだ言葉に、立香は「裏切り?」と眉を寄せた。
「ユダがイエスを裏切ったエピソードは知っているね?彼は弟子でありながら師を引き渡し、赦しを乞わず自殺した。実は一部の界隈では『ユダの裏切りは名前が原点ではないか』と考えられているんだ」
「えっ……えっ?」
「名前さんが、仲間に裏切り者がいると知っていながらも受け入れたから……ですか?」
「もちろん反論はあるし、ユダがギルガメッシュ叙事詩を愛読した、なんて記録はない。でもそういう説が出るくらい彼女の人生は裏切りと共にあり、救いようのない最期を迎えたんだ」
「そんな……」
 立香は唇を噛んだ。名前がどう思っているのかわからないが、一目見ただけのマスターに「たとえ裏切られても守る」と言えるくらい懐が広いと理解した今、仲間の裏切りを許容する姿は容易に想像できた。
「立香君」
 俯く少女に、マーリンは綺麗な微笑を向けた。
「悲劇を持つ英雄は少なくないが、慣れることなく一人一人と向き合えるところが君の長所だ。だが彼女はここにいて、二度と裏切られることはない。そうだろう?」
「私達は裏切らない仲間ですが、まだ信頼関係が不足しています。『たとえ裏切られても』ではなく、『裏切る訳がない』と言わせましょう、先輩!」
 マーリンとマシュの言葉は、立香の心にすっと染み入った。まだ出逢ったばかりで、これからマスターとして信頼を勝ち取っていかなければならないのだ、と立香の顔に笑顔が戻る。
「ありがとう、二人共!」
「先輩、仲良くなるためにも、カルデアを案内しましせんか?」
「そうだね!」
 元気になった立香は「お前やけに金ぴかが似合うな」「やはり貴様わかっているだろう!?」と会話のバッティングセンターを続ける名前とギルガメッシュに駆け寄った。
 それを見て「いつものマスターだ」と安堵するマシュの視界に、白銀の髪が映る。
「マーリンさん、からかうって何のことだったんですか?」
 ふと思い出したように尋ねるマシュに、マーリンは「そのつもりだったけど……」と残念そうに、けれど嬉しそうに笑った。
「英雄王の初恋なんてからかうもんじゃないね」
「…………えっ?」
「ほら、皆行っちゃうよ。ついて行かなくていいのかい?」
「えっ、えぇっ?!」
 マーリンは目を白黒させるマシュの背を押し、召喚部屋を後にした。