カルデアの廊下は長い。建物自体が大きいから、廊下の長さも比例しているのだろう。
 だが良いことばかりではない。直線が続くということは、英霊たちが全力で、時には愛馬や馬車に乗って走れるということでもある。
「きゃっ!?」
「うわっ?」
 だからこんな風に、たまに部屋から飛び出したサーヴァントと衝突してしまうことがあった。
 とはいえ大体、気配遮断をしている私が悪いのだが……今回はぶつかった相手が相手だった。
「今日で二度目だね、ジャック」
 ジャックは同じアサシンのよしみで一緒にレイシフトすることが多い。膝を曲げて声をかければ、ぶつかった衝撃など物ともせず、私を見上げてぱっと笑った。
「みーつけた!」
「えっ、何?」
「かくれんぼだよ。鬼はおかあさんなの」
 かくれんぼ。確か複数人が身を隠して、それを鬼役が探し出す遊戯だったはずだ。話を聞くに「みーつけた」と言うのは鬼役のマスターであるはずだが、ただ言ってみたかっただけかもしれない。
「今ね、隠れる場所を探してるの」
「隠れるの?ジャックのスキルと宝具があればどこでも見つからないと思うけど」
「ううん。反則なんだって」
「それじゃアサシンが不利じゃない?」
「そうなの?」
「ジャックが楽しいならいいんだけど」
「楽しいよ!」
「ふふ、そっか」
 子供がいたらこんな感じだったんだろうか。別に感傷に浸っているわけではないが、彼と同じ真っ白な髪を撫でていると、そんなことを思ってしまう。
「隠れる場所、ね。誰かの部屋が一番時間稼ぎになりそうだけど、マスターが鬼じゃ苦労しそうだし……」
 一度入ったら出て来れない部屋とかありそうだ。特に溶岩水泳部は愛が重すぎるので、これ幸いにとマスターを歓迎(意味深)するだろう。
「無難に天井に張り付くとか?」
「それじゃ隠れてないよ」
「忍ぶのも反則なの?」
「うーん、わかんない!」
 見つからなければいいと思っていたが、名称通り、あくまでも隠れなければならないのか。
 しかし、となると、かくれんぼ未経験の私は頼りにならなそうだ。話を聞くに「(マスターでも)隠れる(ことができる)場所」を探しているようだが、そういうのは存在感がある英霊に尋ねた方が有益な答えが返ってくるだろう。同じアサシンでも、段違いに華やかなクレオパトラもいるわけだし。
 そう考えて結論を伝えようとした時、ふと慣れた気配を感じて周囲を見渡した。
「見つけたぞ、名前。……どうした?」
 悩んでいたのを察したらしいカルナに事情を話すと、彼は「ふむ……」と少し考え込んでから言った。
「姿を変容するのはどうだろうか。かつて我が宿敵アルジュナは性別を超越した。同様に己の性を信ずれば道は開けるかもしれん」
「それだ!」
「んー??」
 納得する私の隣で、ジャックは「どういうこと?」と小首をかしげた。
「ただ姿を隠すんじゃなくて、本来の自分を隠せば『ジャック』は見つからないってこと。分かったかな」
「誰かの真似をすればいいの?」
「それもあるね」
 相手の視界から隠れるだけの遊びじゃない。相手の知る自分を隠し、演じることもまた、かくれんぼ……。こんな高度な遊びを幼少期からしているとは、時代の進歩とは凄まじい。今度やる時は混ぜてもらおうかな。制限時間が来るまで誰かの真似をしたり、ひたすら人気がないところに隠れたり……いや、めんどくさそうだ。
「私おかあさんに会ってくる!」
 一足で遠のいた小さな背中に「いってらっしゃい」と手を振る。そのまま見えなくなると思いきや、ジャックはなぜか引き返して来た。
「どうしたの?」
「ありがとうって言うの忘れちゃった。それとね、思い出したの。おかあさんとキャスターのおねーさんが、あなたにやってほしいって言ってたから」
 キャスターのおねーさんというと、よく読み聞かせをしているシェヘラザードだろうか。彼女が生死に関わらない要望を口にするとは、あまり想像できないが……。
「お絵かき帳持ってる?」
「持ってないなぁ」
 カルナに確認するが、生憎お互い紙は持ち合わせていなかった。
「うーん……あ!切ればいいんだ」
「大きさはどのくらい?」
 手のひらを見ながら尋ねると、ジャックは「このくらい」と取り出したナイフを壁に振り下ろした。そのままカルデアの壁がザクザクと刻まれていく。
「…………止めなくていいのか?」
「……後で直す」
「そうか」
 納得してくれたのか、カルナもジャックの行動を無言で見守った。
「できた!」
 そうしてできあがった模様は、三角形に一本足が生えたような図形だった。何かの術式だろうか。だがここまで簡略化したら効果がなくなりそうだ。ルーンとかいう文字一つで高威力が出せる例外もあるが、ジャックが描いたものは見たことすらない。
「これは……?」
「仲良くなれるおまじない!」
 おまじない。
 ピクリと眉が動いたのがわかった。
「あなたたちの名前を書いたら完成だよ」
「……うん」
「承知した」
「これあげる!じゃあね!」
 無邪気に別れを告げ、ナイフを残して今度こそ小さな背中が遠ざかっていく。
 ……おまじない、おまじないか。残された図形を見れば、手加減なしで彫ったらしく、深く線が刻まれていた。
「あ、名前の位置聞いてない……どこでもいっか」
「待て、詳細を知らずに手を出せば逆効果になるかもしれん。ここはマスターか彼女の言う『キャスターのおねーさん』を探すべきだろう」
「あんまり強力な術式じゃないから失敗しても大したことないと思うよ。それにカルナが人を嫌うところ、ちょっと見てみたい気もするし」
 我ながら意地悪なことを言っている。だが聖人君子に破滅願望を抱くのは、他人が積み上げたトランプを指でつつきたくなるのと同じようなものだ。
「お前が言うとフラグというやつに聞こえるな」
「ふらぐ?」
「マスター曰く、攻撃後に『やったか?』と言うと撃破できず、戦闘前に戦闘後の予定を話すと死んでしまうらしい」
「…………」
 要は有限不実行ということか。ふむ、心当たりが多過ぎる。特にカルナ関連は数えきれないほど──つまり私にとって、カルナに関わる記憶はフラグの宝物庫というわけだ。
 というか、そもそもカルナを殺せなかった結果座に名を刻んだのだから、私自身がフラグの具現と言っても過言ではない……?
「昔からお前はフラグを立てるのが上手かったな。俺を殺そうとして失敗し、不正を働くよう仕組んで逆効果になり、絶対に婚姻しないと宣言して婚姻している。マスターがすごいと言っていたぞ」
「なんで、なんで話しちゃったんだよ……!」
 せっかく教えてくれたんだけど、マスター絶対褒めてないから。
「まだだ……今殺せば有言実行になる!カルナ、槍を構えて!殺すよ!」
「?……フラグの練習か?」
「────。」
 他の人だったら軽く流せたかもしれない。だが張本人から、しかも邪気なく指摘されるとなると話は別だ。欲がないとかいい加減とか言われる私だが、羞恥心がないわけじゃない。
「海を囲いし西の主、深き因縁を結びし者よ。我が盟友の名においてこの身に──」
「ちょ、ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」
 目の前に人影が割り込み、あと少しだった宝具を中断する。マスターだった。
「喧嘩するならシミュレーションルームでやってください!カルデアを吹き飛ばす気ですか!?」
「だっ、この……っ」
「マスター、その調子だ。名前は正論に弱い」
「え、なにそれ可愛い。光堕ちしたから?」
「ひかりおち……?」
 全然わからないが、私に良くない言葉なのは確信した。話題を変えよう。
「かくれんぼ中じゃないの?マスターが鬼って聞いたけど」
「あっ、そうだった!こっちにジャックちゃんとかナーサリーとかイシュタルとか来なかった?」
 最後の人選は何があったんだ。
 あの女神ほど属性が仕事しない人は他にいない。また面倒極まりない一波乱が起きそうだ。もしかしたら既に起きているかもしれないが。
「ジャックなら来たよ。これを書き残して」
 そう言って謎の模様を見せると、マスターはぎょっと目を見開いた。
「あの、なんで壁に彫ってあるの?」
「紙がなかったから」
「止めるに止められなくてな」
「観光客に落書きされる神社の神主さんの気持ちがよくわかったよ……」
 遠い目をして現実から飛び立とうとするマスターであった。ちゃんとおまじないに協力するから、そんなに落ち込まないでほしい。
「これ、やってほしいんでしょ?名前を書くって、どこでもいいの?」
「このように名前は言うが、未知の術式だ。手当たり次第に試して取り返しのつかないことになっては困る。正しい手順を教えてくれ」
「いいけど……」
 マスターは気まずそうに視線を泳がせて言った。
「名前はおまじない嫌いなんでしょ?」
「前はね。今は自分で試して『やっぱり効かないじゃん』って証明できるならやってもいいかなって思う」
「それを嫌いと言うのでは?」
「だがこれは気楽に試せるものではないぞ。もし効果が反転して、嫌われるようなことがあれば……」
 そこで言葉を止めたカルナに、マスターが「あれば?」と笑った。
「……」
 そうか、私がカルナを嫌いになるかもしれないのか。すっかり考えてなかった。もしそうなったら、ちょっとは悲しんでくれるだろうか。そのうち効果が切れるとわかっていても、何かしてくれるのだろうか。……と、期待しながら待っていると、なぜか頬を緩めた。
「出会った頃を思い出すな。ふらりと現れては、難しい顔を去って行ったものだ」
「あれは……殺す機会を見計らってたのに歓迎してくるから……!」
「俺は会いに来ていると勘違いしていたからな。だが真実を知って何か変わるかと思ったが、ついぞ追い返すことはできなかった。再度命を狙われようと、俺がすべきことは変わらんだろう。また妻に迎えるだけだ」
「私も、あと一回くらいなら…………あっ!マスター、これフラグでしょ?フラグになるんでしょ?」
「ごめんなさい、大体のフラグは愛で折れます」
「」
「そうなのか?」
 きょとんとされても困る。メイヴの一件から言葉で伝えてくることが増えたカルナは、生前聞いたことがなかったことを不意打ちで言うようになった。おかげで最近は顔が赤くならない日がない。見つからないように気配を殺して歩いていたのも、そのせいだ。
 二人きりならカルナが平然としているから大丈夫だし、たまに天然を発揮して見逃してくれるから恥ずかしくはないのだが、場所に構わず発言するのが問題なのだ。居合わせたサーヴァントが囃し立ててくるので恥ずかしさが倍増する。
 今だって、マスターがいる前で……。

 マ ス タ ー が い る 前 で ?

「ひゅー!今日もラブラブだね!」
「ああ。これほど照れた顔を見られるとは、俺は幸せ者だ」
 急いでカルナの背後に隠れたが、ばっちり見られてしまったらしい。だが盾にされておきながら、無理に見ようと振り向かないところが何とも憎たらしい。助かるけど気に食わない。
 背後を取ったことだし膝かっくんなるものをお見舞いしてやろうかと思ったが、ビクともせず余計からかわれる羽目になったのを思い出してやめた。
「リベンジしてもらおうかと思ったけど、これなら相合傘のおまじないはいらなかったね」
「あいあいがさ、とは何だ?」
「二人が一本の傘に入ることだよ。日本だと恋人同士の例えだったりするかな」
「傘を模していたのか。だがなぜ『仲良くなれる』という効果になるんだ?」
「へ?」
 細い腕の横からマスターを覗くと、口を中途半端に開けてぽかんとしていた。
「いや、そんな効果じゃなかったはずだけど……」
「だがジャックはそう言っていたぞ」
「ジャックちゃんならしょうがないね!」
 甘すぎじゃないか、このマスター。手のひら返しが早すぎる。かくいう私も影響されて甘くなっている自覚はあるけれど。
「本当は傘の下に名前を書いて色々すると好きな人と両想いになれる!っておまじないなんだけど、これ片想い専用だったね」
「そうだな。俺達のように通じ合っていれば必要ない」
「わ、わざわざ言わなくてもいいでしょ……何なの嫌がらせなの?やっぱり殺そうとしたこと根に持ってる?」
「世の中には殺意という愛もあるらしいな」
「私はもっと穏やかに伝えられますー」
「ひゅーひゅー!それじゃ、後はごゆっくり〜!」
 スキップしそうなほど上機嫌な様子でマスターが駆けていく。残ったのは、嵐が去った後のような解放感と疲労感。
「はあ、隠れたい……」
「今から混ざるか?かの女神も参加しているようだが」
「いい。今日は部屋に篭るよ。参加したら絶対厄介事に巻き込まれる」
「なら部屋まで送ろう」
 いざとなったら私だけでも逃がそう、とか思ってるんだろうか。それは嬉しいけど、やっぱりちょっと気に食わない。そういうところが好きなんだけど、もうちょっと貪欲にならないのかな。
 誠実さに反して薄い背中に額をつけると、僅かに肩が跳ねた。
「部屋までじゃなくていいよ」
「?……どこか寄るのか?」
「カルナがね。用があるなら引き留めないけど」
「……そうか。無理はさせない」
「ん?」
 何か飛躍した気がするが、気のせいだろうか。
「動けずとも俺が食事を運ぼう」
 気のせいじゃなかった。
「動ける程度にするって選択肢はないの?」
「俺は長く避けられていた」
「……避けたかったわけじゃない。茶化されるのが恥ずかしかっただけ」
「なら問題ない。俺とお前だけだ」
「……………………なるほど?」
 確かにその通りだ。冷やかす人がいなければいい。
 今度から会いに行く時は部屋に突撃しよう。人がいたら撤退、いなかったら居座る。実に単純明快な計画だ。なぜか既視感があるが、こんな簡単な作戦を私が実行するわけがないので錯覚だろう。
「で、どうやって直そうかな」
「ふむ……」
 深く刻まれた傘を前に立ち尽くす。
 修復魔術は知っているが、楽しみにしているみたいで言い出しにくいし、あわよくば少しでも時間が過ぎてくれないかなーと思っていた。
「まあまあまあ!素敵なまじないですね!」
 しかしマスターの匂いを辿って現れた清姫が代わりに引き受けると言い出し、時間潰しは叶わず。
 修復されなかった相合傘は「恋人の仲を深める」という新たな噂を呼び、しばらく落書きが絶えなかった。