男を狙うならまず胃袋を掴め。この格言はいかなる時代でも不変だと信じて、私は料理の腕を上げることにした。
「そんな恐る恐るやっちゃダメだワン!素早く・華麗に・大胆に!隠し味に愛情?ノン!そんなもの提供する時だけで十分なのだ!」
「い、イェスマム!」
 タマモキャットのお手本とは似ても似つかない、不格好なジャガイモが積み上がっていく。自分でも胃袋を掴むなんて目標が高すぎると思うし、未だに包丁の持ち方を注意される人が何言ってんのと思う。でも、でもだ。もし私の料理を「おいしい」と言ってくれたら……
「名前、大丈夫か?」
「!?」
 妄想が勝手に喋り出したのかと思いきや、目の前に心配そうに厨房を覗くアーラシュがいた。


 事は一週間前、「食べてほしい相手に味見してもらえば好みの味を作れるようになるのでは?」という私の短絡的な考えに巻き込まれた彼は、嫌がるそぶりも見せず「味見役?いいぜ」と二言目に了承してくれたのだ。しかし約束の時間にはまだ早い。まさか楽しみだったから、とか?ああ、今年一番浮かれてる。でも今のレベルでそんな期待されても裏切ることしかできないんですけど。
「あの、早くない?なんで?」
「お前さんが怪我するところが見えちまってな。間に合って良かったぜ」
「あ、ありがとう……」
 自分のことのように安心するアーラシュを直視できず、視線が泳ぐ。私じゃなくてもアーラシュは優しいから心配しただろうけど、やっぱり気にかけてくれたのは嬉しい。期待してたわけじゃないのは、ちょっと悲しいけど。
「丁度いいワン。キャットは明日の仕込みがあるから代わりに名前を見張るのだ」
「おう、お安い御用だぜ」
「えっえっ」
「Don't worry. 教えた通りにやれば味はバッチリだワン」
「味は!?」
 宣言通り、テキパキと自分の作業を始めるタマモキャット。見た目の保証はしてくれないのか。まあ皮剥きだけでほとんどのジャガイモが一回り小さくなってるもんね……食べてもらうのはもう少し上達してからでも良かった気がするよ。
「俺が味見役でよかったのか?」
「アーラシュが適役だから……あ、さすがに食べれない物は出さないから安心してね」
「その辺は心配してないんだが、本当に俺でよかったのか?」
「実は味覚オンチだった?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
 アーラシュにしては珍しく歯切れの悪い言い方だ。どんな顔をしているのか気になるが、調理中のよそ見は鋭い爪が舞うのでニンジンの皮をピーラーで剥き続ける。
「手際悪くてごめん……結構時間かかるかも」
「そう卑屈になるなって。誰だって最初は慣れないもんだぜ?」
「そうかなぁ」
「俺だってピタ焦がしたり竈壊したり苦労したさ」
「……じゃあ、私も最後まで頑張る」
「おう、その意気だ」


 応援されたからには、おいしいものを作りたい。その一心で没頭した私は、肉じゃがの完成と同時に終始無言だったことに気づいた。
「うまそうな匂いだな」
「見苦しいものをお見せした……」
「いや、結構面白かったぜ?戦場とはまた違う緊張感があったしな」
「それ褒めてない!」
「でもいい感じに仕上がったじゃねぇか」
「うん……でもまだまだだよ」
 皮剥きだけで相当時間がかかったし、調味料の分量も丁寧にやりすぎて煮込み過ぎてしまった。そんな私が作ったものと厨房に立つサーヴァントが作ったもの、どっちがよりおいしいかなんて聞くまでもない。せめて今すぐに味見という名のつまみ食いをして出来を確かめたいが、見られていると思うとやりにくい。食い意地張ってる女だと思われたくない。
 しかし今後悔しても仕方ない。いかに自然な流れで味見するかは後でキャットに聞くとして、いよいよ器によそった肉じゃがをアーラシュの前に置いた。人が少ない時間を選んで良かった。せめて公開処刑は免れる。
「不味かったら正直に言ってね?」
「酷なことを頼むなぁ……」
 匂いは大丈夫でも芯まで火が通ってないとか、逆に煮崩れして箸でつかめない、なんて可能性も十分ある。アーラシュの口に運ばれる瞬間をドキドキしながら見守った。
「うん、よくできてると思うぜ」
「ほ、本当に?もっと濃い方がいいとか甘い方がいいとかない?」
「うまいから自信持て。強いて言うなら包丁捌きに難ありってとこだけどな」
「そ、そっか……へへ」
 嬉しくて顔が緩んでしまう。作り甲斐って多分こういうことなんだろうな。アーラシュ的にも高評価っぽいし、これは胃袋を掴む日も近いかもしれない。
「で、誰に食わせるんだ?」
「え?」
 予想外の質問に体が固まる。あなたですとは言えないし、他の人の名前を出して誤解されるのも困る。となると女性で食べてくれそうな人だ。うまいこと口裏合わせしてくれる要素も見逃せない。
「んー、セイバーのアルトリア・オルタに家庭料理の良さもわかってほしくてさ!」
「あの王様かぁ。そりゃ大変そうだな」
 一応ジャンクフード生活は健康によくないと思ってたし、嘘ではない。アーラシュは何か考えているようだったが、大盛りにすればよかったと思うくらい綺麗に完食してくれた。
「ごちそーさん。また何かあったら呼んでくれや」
「じゃあ、次もお願いしていい?」
「俺でよければ遠慮なく言ってくれ」
 や、優しい……!爽やかに笑うアーラシュに思わず見惚れる。胃袋を掴む前に私の心臓が耐えきれなくなりそうだが、まだ挑戦は始まったばかり。協力してくれたタマモキャットにグッと親指を突き立てると、なぜか猫のポーズが返って来た。いいってことよ、と言っているのだろうか。
「そうだ、次はアーラシュが食べたい物作るよ。何かリクエストある?好きな食べ物とか」
「一つに決められないからなぁ……」
「じゃあキャットに三択に絞ってもらおう!」
 男心の扱いも心得てそうなタマモキャットに意見を仰ごうとさっそく厨房に向かおうとすると、アーラシュが「あ、一つあったな」と思い出したように言った。
「料理じゃないんだが、リクエストしていいか?」
「もちろん!」
「ちょっと耳貸してくれ」
 周囲に聞かれたくないのか口の横に手を当てたアーラシュ。料理じゃない料理の筆頭といえばカップ麺だが、手を抜くつもりはない。アーラシュが食べたいと言うなら極上の湯加減と注ぎ方を習得するつもりだ。というかカップ麺をすする大英雄を見てみたい。
 と、どんなリクエストが来るのかちょっとワクワクしながら近づいた私に、アーラシュは楽しそうに言った。
「次は隠し味もよろしくな」