そろそろなくなりそうだから、と伸ばしかけた手を下ろす。一口に歯磨き粉と言ってもその種類は豊富で、フレーバーや効能といった僅かな差を見つけてはどれにしようか迷ってしまう。どうせ結局同じ物を買うのだろうと頭の片隅では認めているのだが、優柔不断なせいでやっぱり迷ってしまう。
「あるじぃー、洗剤あったぜ」
 人の世界が気になるのか、毎回護衛について来てくれる獅子王が大容量の洗剤を片手に帰ってきた。鵺をお留守番させたから、華奢なのがよく目立つ。それでも一般男性でも鍛えてなければ辛いだろう重さを悠々と持ち運ぶ姿に、刀剣男士ってすごいと感心しながら笑顔で迎える。
「ありがとう。重くない?大丈夫?」
「このくらい何ともねぇって。それより何見てたんだ?」
「歯磨き粉を、ちょっとね。気になるのある?」
 今更な質問だなと自分にツッコミにつつ、んー、と顔を近づけて吟味する獅子王を見守る。
 私が人見知りなせいで、刀剣男士とはあまり会話できていない。唯一の例外は何かと護衛に選ばれる獅子王くらいなものだ。その辺は任せているから刀剣男士がどうやって護衛を選んでいるのか知らないが、私の性格を考慮して人懐っこい獅子王が選ばれるのだろう。打ち解けたいと思っているのだが、なかなか難しい。
「コレとかどーよ」
 そう言って手に取ったのは子供用の歯磨き粉だった。ラベルには低刺激で優しいと書かれていて、フレーバーも甘めのいちご味。特に誰も言及しないから買い続けていたが、獅子王は辛いのを我慢していたんだろうかと不安がよぎる。
「この前、鵺の牙を磨こうとしたら逃げられちまってさ。でもこれなら大丈夫だろ。いちご味だし!」
「いちごに対する信頼度高いね……」
「ちがっ、主の方が信頼してるからな!」
「え、あ、ありがとう……」
 たじたじになりながら感謝を返す。獅子王に褒められるのは苦手だ。カッコよく受け流したいのに、隙あらばストレートに褒めてくるから照れてしまう。やめてほしいような、やめてほしくないような……でもそんな私を見て満足そうに笑うのは心臓に悪いからやめてほしい。
「あ、でも間違って飲み込んじまうかな」
「賢いから、話せば注意してくれるよ。少しなら体に害はないと思うし……」
 鵺と人間を一緒にしていいのかはわからないけど、人間が平気なら鵺も平気なはず。そもそも鵺に弱点はあるのだろうか。辛い歯磨き粉?……そうだ、鵺が嫌がるなら刀剣男士だって、合わなくてもおかしくない……。
「どうしたんだ?顔が青いぜ、主」
「あの、いつも使ってるやつ辛くない?短刀のみんなも普通に使ってるけど、二つ用意した方がいいのかなって思って……」
 獅子王に慣れた証拠だろうか。すんなりと出てきた言葉に、自分で驚いた。
「今のでいいんじゃね?ていうか、気になるのってそういうことか」
「とりあえず、二つ買おうか。鵺が嫌がるなら五虎退の虎も使うかもしれないし……」
 最初からこうして聞いておけば良かった。そしたら結局いつもの歯磨き粉を選ぶのかと思うこともなかったし、今まで悩んでいた時間が無に還された気分になることも……と下向きになる思考を停止し、人見知りめ、と口の内で悪態をつく。
 そんな私を見透かしたように、獅子王が優しい声で言った。
「主は色んなことで悩むけどさ、全部俺たちのためだって、みんな知ってるぜ」
「……え?」
「ま、教えたのは俺なんだけどな。主の良いところたくさん知ってるし、みんなにも知ってほしいし」
 こんな私を支えてくれてるというのか。嬉しいような申し訳ないような感情が詰まって言葉が出ないでいると、獅子王は刀を抜いた時のような真剣な目をした。
「もし他の奴らと仲良くなっても、主のことは俺に守らせてくれよな」
「ありが、え、こちらこそ……?」
「よし!こういう時は指切りだよな」
 約束だぜ、と自信満々に笑って小指を差し出す獅子王。その眩しい笑顔を直視できなくて、私は小指を絡めることに集中した。