Blue Moon

 変わることを、疎ましく思っていた。

 魔力の制御が上手くなることや、強く強くと伸ばした手が今までよりも高くまで届くようになることや、そういった『成長』と称される変化ならば、まだ良い。
積み上げられた成長の足元を見れば、そこには揺らがない『自分』が居るはずだから。

 だが、その揺らがない『自分』の根底を引っ掻き回し、ひっくり返す変化は、疎ましいという感情しか無かった。
ノゼル・シルヴァという人間が生きてきたそれまでを、すっかり塗り替えてしまう何かなど、好ましいはずが無い。

 ――そう、思っていたのに。

 柔らかなソファの隣、手を伸ばせば届く距離に、彼女が居る。
その人は、何が挟まる隙間も無い距離の先に収まって、幸せそうに微笑んでいる。

「……ナマエ」
名前を呼ぶ。
それだけの声に、今までの自分には無かった甘やかな色が滲んでいる。
これ程までに愛おしいと思う感情など、ノゼルは知らなかった。

 それを教えてくれたのは、他でも無い。
ノゼルの傍らで、幸福を頬に浮かべて笑うナマエだ。

 それまでの『自分』が容易に塗り替えられ、ひっくり返される感覚を、ノゼルはあれ程疎ましいと思っていたはずだった。
だが、その変化でさえ、もう疎ましいものではない。
いつの間にか、過去の頑なだった自分を振り返ることが出来るくらいに、ノゼルは変わっていた。

 そんな変化のきっかけをもたらしたのは、きっと、認めたくないが、あの異邦人と、彼の元で活躍している下民だろう。
彼らと出会わなければ、自分は何も変わらなかったのではないかという、漠然とした確信めいたものが、ノゼルの胸中に引っかかっている。
認めたくない話では、あるのだが。

 そして、もうひとつの変化のきっかけは、恐らく。
「ノゼル様」
柔らかく澄んだ声が、隣からノゼルの顔を覗き込み、応える。
ナマエもまた、ノゼルに変化をもたらした人物のひとりなのだろう。

 これもまた、ひとつの成長ならば良いと、ノゼルは思う。
この成長が、いつか国を、民を、その全てを守る力へと繋がる糧になれば良い。
守るべきものを守ることは、魔法騎士団の団長を務め上げるノゼルの義務にして、意思そのものだ。

 そして、ナマエもまた、ノゼルの守るべきものだ。
ナマエの肩を抱き寄せて、その温もりを噛み締める。

 初めこそ、目を白黒とさせていたナマエは、その意図こそ分からないだろうが、何も言わずにノゼルの腕にその身を委ねた。
触れるだけの口付けから、言葉には収まりきらない愛恋の感情を流し込んで、ノゼルはふと口元を緩ませる。

 全てを塗り替えるような変化も、きっとそう悪いものでは無いのだろうと、今ならば確信出来た。


ブルームーンのカクテル言葉:奇跡の予感