パーティーの花

 慣れないハイヒールに、足元がぐらつく。
戦闘と鍛錬で培ったバランス感覚で何とか持ち直して、ナマエは内心ほっと息を吐いた。

 本当のことを言うなら、こんなパーティに来たくなどなかった。
肩口に大輪の花をあしらったドレスも、白いレースのボレロも脱ぎ捨てて駆け出してしまいたいほどに、耐え難い苦痛だ。
小さな村の小さな教会で育ったナマエは、華やかなパーティを好きになれそうになかった。

 頼みの綱のユノは、違法な魔導具である『原罪』の所有者との一戦により、女の子達に囲まれている。
少なくとも、あの中に飛び込んで行けるとは、ナマエには思えなかった。
アスタもアスタで、筋トレのこだわりを熱く力説しているし、そちらにも行けそうにない。

 結局ナマエはどうしようも無いまま、ワイン――ではなく、葡萄ジュースのグラスを揺らして、手持ち無沙汰に口をつけた。

 恐らく、美味しいのだと思う。
今のナマエに味を楽しむ余裕があったなら、きっととても美味しく感じたに違いない。
緊張で碌に働いていないナマエの味覚では、味なんてまともに感じられなかったのだが。

「お嬢さんも、魔法騎士団の一員かい?」
ちびちびと口をつけていた葡萄ジュースのグラスが、跳ねた。

「は、い。『金色の夜明け』の、ナマエといいます」
「あの『金色の夜明け』の! 凄いんだね」

 気さくに笑みを浮かべる男とは対照的に、ナマエは肩を強ばらせて、ただグラスを強く抱えることしか出来ない。
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。何も取って食おうとしてる訳じゃない。ただ君とお話がしたいだけなんだよ」

 ナマエがその『お話』とやらに怯えていることには、気付いているのかいないのか。
男は、柔らかく笑って、ナマエとの距離を一歩詰める。
その場の雰囲気や体裁を重んじたナマエは、反応が遅れた。

「そうだな……。少し別室でお茶するのはどうだろう? 君の話に興味があるんだ」

 ナマエが全身を固く縮こませる程に怯えていると、気付いているのかどうか。
男は上機嫌のまま、ナマエの肩に腕を乗せて、部屋を後にしようとする。

「ナマエ、すまない」

 逃げられないと悟り、鉛よりも重くなった足を動かすナマエの鼓膜を、小さく囁いた声が揺らした。
次いで、腰に手が回され、強く引き寄せられる感覚が、ナマエを襲う。

 あまりに唐突な衝撃に、ナマエの足元はぐらつき、持ち直せない程にバランスが崩れる。
だが、その身体が絨毯に叩きつけられることは無かった。

 よろめいたナマエの思考回路は、どうやら抱きとめられたらしい、と理解するまで、数秒の時間を要した。
そして数秒後、現状を理解したナマエの顔に、熱が集中する。

「ク、クラウス先輩! どうして……」
「後輩が、無理やり連れ出そうとされているのが見えたからな。ここは先輩として、助けない訳にはいかないだろう」

 その胸に凭れて赤面するナマエの髪を撫でて、クラウスの視線は男に移る。
唐突に現れ、目当ての少女を攫って行ったクラウスに睨まれれば、男も口の中で何かもごもごと繰り返しながら、すごすごと退散する他に無かった。

「大丈夫か、ナマエ」
「は、はい。クラウス先輩、ありがとうございます」

 男を追い払ったにも関わらず、ナマエの視線は床とクラウスの胸元より下を彷徨うばかりだ。
「ナマエ、どうかしたか」

 ナマエの様子に疑問を抱いたクラウスが問えば、ナマエは程無くして口を割った。

「あ、あの、クラウス先輩。……少し、近いです……」
「……!」

 きゅう、とボレロの裾を掴んだナマエは、いつもより少しだけ早口で答える。
確かに、クラウスはそれまで全く意識していなかったが、ナマエは今、クラウスの胸に抱き寄せられたまま、そこにいた。
その距離は必然的に、近い。

「す、すまないナマエ! すぐに離れる!」
ナマエの言葉の意味を理解すれば、クラウスの顔にも熱が集中する。
クラウスは慌てて身を離し、二人の間には、いつもと同じ距離が横たわる。

(……もう少し、近くに居たかったなんて、我儘だよね)
離れてしまったその距離が、少しだけ憎らしく思えるのは、きっと気の所為だ。