有り得た未来の葬送
――こんな夢を見た。
空に大きく帆を張った船の群れが、港に帰港する。
漁には出られない女子供や老人達が、皆港に揃い、漁から帰ってきた男達を出迎えていた。
おかえり、無事で良かったと、帰ってきたばかりの男達を労う言葉が、あちらこちらから降り注ぐ。
しかし、港に帰ってきた男達の仕事は、まだ残っている。
降り注ぐ労いと歓喜の声を聞きながら、男達は大きな荷物を抱えて、久方振りの地面を踏みしめた。
その荷物の量に、港に集まる人々はわっと湧き立った。
船から降ろされ、ずらりと並んだそれらは、全て今回の漁の成果である。
大漁だった。
大きな街にでも売りに出れば、かなりの額になるのは、まず間違い無いだろう。
干物や漬け物といった保存食に加工したなら、きっと長い期間持つに違いない。
俄に浮き足立つ村人達を見渡して、ヤミは咥えたままになっていた煙草の煙を短く吐き出した。
海に出て漁をする、というその行為は、口で言うほど容易いものではない。
一度海へ繰り出してしまえば、命の保証など何処にも無いのだ。
生まれ育った故郷へ帰ってくることが出来ただけでも充分幸運なことであるというのに、海の恵みをたっぷりと持ち帰ることが出来たのは、筆舌に尽くしがたい幸福であった。
特にヤミは、十五にもならない時分に船で遭難しかかったことがあるのだから、その感動もひとしおというものである。
故郷の見知った顔が、嬉しそうに笑いかけながら、口々にヤミを労い、称える。
その全てにぶっきらぼうな相槌を返していたヤミは、しかしある一点に気がついた瞬間、そこから目が離せなくなった。
村の人々が集まるその先、立ち並ぶ家の物陰に隠れるようにして立ち尽くしていたのは、小柄な人影だ。
恐らくは、女なのだろう。
その顔は、今までに出会ったどの村人のものとも一致しない。
少なくとも、村では一度も見たことが無い顔だ。
それなのに、ヤミは、その女から目が離せなかった。
何か、ひどく大切な存在であった気がするのだ。
「……ナマエ」
ヤミの唇から、言葉がまろび出た。
そうだ、女の名はナマエだ。
村では見たことが無い女なのに、その名前を知っているなんて、おかしい話かもしれない。
だがヤミは、女の名がナマエであることを知っていた。
そして、ヤミにとって、彼女がひどく大切な女であったことも、知っていた。
その理由も、何処で知り合った女なのかも、分からぬままであるというのに。
名前を呼ばれたにも関わらず、ナマエは口を開かぬまま、ヤミをじっと見つめている。
その表情に宿る感情に、敢えて名前をつけるのなら。
それはきっと、『悲哀』や『悲嘆』といったものだろう。
男達がもたらした大漁に歓喜する人々の中で、ひとり悲しげに立ち尽くすナマエは、ひどく浮いて見えるというのに、村人達は誰ひとりとして彼女に気がつかない。
唇を引き結び、乾いた眼球に涙の気配だけを湛えて、ナマエはヤミを見つめていた。
涙は、一雫だって零れてはいない。
それなのに、どんな泣き顔よりも痛々しく、悲痛に、ナマエは悲しんでいた。
今日はめでたい大漁の日だというのに、ナマエは涙を流さず、しかし確かに泣いていた。
ヤミは、そんなナマエにかけるべき言葉を、ひとつも持ち合わせていなかった。
潮風に吹かれて、ナマエが羽織っている真黒いローブが、音も無く揺れる。
ナマエのローブに大きく描かれた牛の双眸が、ヤミを見据えているような気がした。
そうしてナマエと牛の双眸に見つめられている内に、ヤミは自分の双肩が物寂しく軽いような気がして、落ち着かなくなった。
もしかしたら、物寂しい両肩に乗るべきものがあったのではないか。
例えば、ナマエとヤミを繋ぐ、縁のようなもの。
出会うべき人と、居るべき場所が、此処ではない何処かに存在していたのではないか。
騒ぎ出す心臓は、しかしヤミに答えを教えてはくれない。
ナマエが悼むように目を伏せても、黒いローブに描かれた牛だけは、ヤミを捉えて離さなかった。
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