喪失の痕に触れる
――こんな夢を見た。
金色の夜明けの本拠地は、今日も晴れている。
青く澄んだ空が何処までも広がるような、そんな日であるから、中庭に出て、めいめいに非番を満喫している団員も少なくない。
ユノとナマエも、その内のひとりだった。
「ユノ、今日も良い天気だね」
麗らかな陽射しにも負けぬ笑顔を輝かせて、ナマエはその場から動けずに立ち尽くすユノへと笑いかける。
懐かしい声が耳朶を打ち、ユノは胸が詰まって何も言えなくなった。
「……ユノ、どうしたの? そんなに暗い顔をして……」
くるくるとよく変わるその表情すら、あまりに久しい気がして、息が苦しくなる。
痛む胸を押さえるように、ローブの袷を強く握りしめて、ユノは必死に平静を装った。
「……悪い。大丈夫だ」
絞り出したその声は、ナマエの声色とはかけ離れた温度をしていたが、当のナマエ本人は一切気にする素振りも見せず、良かったと笑った。
懐かしさに息すら出来なくなるなど、ユノには初めての経験だった。
「私ね、もう少ししたら任務に行かなくちゃいけないんだよね。すごく急な任務で、びっくりしちゃった」
ユノの心臓が、嫌な音を立てた。
忘れることさえ出来なかったあの日の記憶が、目の前の景色に重なる。
ナマエは確か、急に命じられた任務に向かい、命を落としているはずだ。
誰も疑いを挟む余地が無い、完全な事故だったと、ユノも後になって聞いた。
任務中、捕縛するはずだったターゲットが、追い詰められたことにより形振り構わなくなったのだろう。
ナマエと共に任務に出ていた団員達の話も、現場や遺体の状況も、全てがぴたりと噛み合っていて、誰も嘘など吐いていないと確認されていた。
だが、事故であったか故意であったかなど、ユノにとってみれば大した差では無かった。
ナマエは死んで、もうユノに笑いかけてはくれない。
もう、金色の夜明けに帰って来ることは無い。
それだけが、確かな現実だった。
それを知っているから、ユノは、ナマエを行かせてはならないと思った。
ここでナマエを任務に向かわせてしまえば、きっと彼女は死んでしまう。
行ってくるねと笑って出て行ったきり、もう二度と帰らぬ人となった、あの日のように。
訃報を聞いて、悲しみのあまり涙を流すことさえ忘れて立ち尽くすなどという経験は、もう二度としたくない。
「その任務、オレが代わりに行くんじゃダメなのか」
「どうだろう。ヴァンジャンス団長に聞いてみないと分からないけど……。でも、多分難しいんじゃないかな。もう出発の時間が近いし……」
どうすれば、ナマエを任務に向かわせずに済むのか。
ユノの思考は冷えて急速に動いているというのに、肝心の答えだけが浮かばない。
どうすれば良い。その言葉だけが、ユノの脳裏で無意味な螺旋を描いていた。
「……ごめん、ユノ。そろそろ準備しなくちゃ」
ナマエの形の良い眉が、申し訳なさそうな曲線を描く。
駄目だ、だって、その先にあるのは――。
「行ってくるね、ユノ」
藻掻くように手を伸ばす。
限界を超えて伸ばした指先ですらも、ナマエには届かない。
ナマエは、ユノに向かってひらひらと手を振ると、未来に何の憂いも無いのだと如実に語る明るい表情のまま、行ってしまった。
雲が出てきた中庭で、ユノは無力に立ち尽くす。
厚い雲が垂れ込めて、中庭に滝のような雨が降り注いでも、ユノはその場から動けなかった。
やがて、金色の夜明けの本拠地は、ナマエの訃報がもたらされたことにより、俄に騒がしくなった。
また、失ってしまった。
生きていて欲しいと、言えなかった。
手のひらから零れ落ちてしまった大切を悔いて、ユノは慟哭した。
しかしその声も、降りしきる雨にかき消され、誰に届くことも無いまま地に落ちた。
BACK TOP