月夜と交語の果て

 ――こんな夢を見た。

 拓けた丘の上で、ランギルスとナマエは空を見上げていた。
ベルベットの夜空に縫い付けられた無数の星が、ちかちかと瞬いている。

 こんなに星が美しい夜にも、戦ごとは絶えないらしい。
ランギルスは直接戦場を目にした訳では無いが、月が沈むと日が昇ることを目にせずとも真実だと言えるように、この世界は戦ごとを長く続けているということを知っていた。

 幸か不幸か定かではないが、ランギルスはまだ、戦ごとの場に招集されていない。
だがきっと、時間の問題なのだろうとも思っていた。

 どうやら、戦況は芳しくないらしい。
それでも戦ごとを止めるつもりが無いのなら、日増しに減っていく前線の兵士を補充するのは当然のことだ。
次か、次の次か、はたまたその次かはランギルスにも分からないが、直に前線へと呼ばれるのだろう。
減った兵士を補充し、降参の一声を少しでも延ばす為に。

「ランギルス先輩、月が綺麗ですね」
ナマエの言う通り、ベルベットの頂点には煌々と輝く月が、争いの絶えぬ世界を見下ろしていた。

 奇妙な話だが、月と星とが競い合うように、これほど明るく空を彩っているのだから、夜であってもナマエの顔がよく見えた。

「君は本当に、夜の空を見るのが好きだね」
「そうでもないですよ。もっと好きなものだって、あるんです」

 月明かりか、或いは星明かりだったかもしれない。
兎角、白々とした夜の光に淡く輪郭を輝かせ、ナマエは何より美しく苦笑した。

 初耳である。
ナマエはこの世界から見上げる月や星が一等好きで、何より好きだからこそ、ナマエはランギルスをこの丘に引っ張ってくるものだと、ランギルスはそう思い込んでいた。

「へえ……。ナマエに、この月や星よりも好きなものがあるなんてね。一体何が好きなんだか」
「……乙女の秘密を聞き出すなんて、野暮ですよ。ランギルス先輩」

 秘密だと言われれば、そのヴェールを剥がし秘密を暴き立ててみたくなるのは、人の性だ。
秘密を暴き立てようとするランギルスの好奇心が、唇から溢れて問いかけの形に変わらなかったのは、ナマエの微苦笑が、胸を締め付けるほどに切ない色を帯びていたからだ。
ナマエの笑みの前では、全ての問いが意味を成さないような気さえした。

「……そうかい」
興が削がれた。
きっとレオリは口を割らないだろう。
ランギルスは諦めを滲ませながら、短く呟いて、会話が終わった。

 だからきっと、ナマエは誰に向けて言った訳でも無かったのだろう。
「こんなにも月が綺麗だから、私、そろそろ行かなきゃ」
「何処に?」

 帰る、ではなく、行くと言ったナマエの真意が読めない。
緩慢な動きでナマエの方を振り返り、ランギルスは言葉を失った。

 ナマエが持っているのは、戦地に招集された証だ。
証が届けば、誰だって戦場に行かねばならない。
そういう証が、ナマエの手の中に収まっていた。

「一際戦いの激しい所に呼ばれてしまって。多分、もう帰れないと思います」
「もう、会えないのか」
「恐らくは、もう二度と」

 ランギルスが納得するより先に、ナマエはぱっと箒に跨って、深い紺青の空に舞い上がった。
深い深い夜の色をした空に、月と星とに祝福され、白く照らし出されたナマエの姿が鮮やかに浮かび上がる。

 その姿を見て、ランギルスはやっと、いつかに聞いた言葉を思い出した。
誰が言った言葉かも覚えていない。
だが、確かに記憶している。

 ――曰く、遠く海を隔てた日ノ国では、『愛している』という言葉の代わりに、『月が綺麗ですね』と言うのだ、と。

「ナマエッ!」
ランギルスは、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 ナマエはずっと、ランギルスに『愛している』と叫び続けていたのに。
あの月に想いを託して、ランギルスに寄せてくれていたというのに。
その全てに、気付いてやれなかった。

 ランギルスがナマエが寄せていた感情と同じ言葉を叫ぶよりも、夜空に解けるように、彼女の姿が見えなくなる方が早かった。
地に足をつけたままのランギルスでは、もう、ナマエには手が届かない。

 伝える宛も失った愛の言葉だけが、ランギルスの手元に寂しく残されていた。

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