いつもと違う明日

はたけ カカシ


まだ鳥の囀りさえ聴こえる早朝に、私は待機所へと急いでいた。


連日に及ぶハードな任務の疲れからか、心なしか足元をふらつかせながらも、一刻も早くあの場所で休みたい一心で。


誰にも奪われたくない、私の特等席。待機所のドアを開けた正面、大きな窓の前にあるソファー。

まだ誰も居ないうちにそこへ座り、私は一眠りするんだ。

そして人が集まり出してザワザワしてくる頃に目を開ければ、隣にはきっと、大好きなあの人が座っているはず……と、いつものように眠りにつく前から夢心地な私は、日頃の疲れも手伝いすぐさま眠りに落ちていったが、今日はいつもと違う事が起きてしまった。

レム睡眠とノンレム睡眠が切り替わった時、いつものように隣には彼が居たけれど、自分の頬にいつもと違う感触があり、それが何か理解した瞬間にハッとして飛び起きた。


「わっ!!ごめん!!」


そう叫んで飛び退いた私に、隣でいつもの愛読書を片手にしていた彼が目を丸くする。


「とても寝起きとは思えないほどの大声だネ」

「……ごめん」


嬉しいやら恥ずかしいやら、ソファーの後ろの窓から差し込む朝日と彼に俯くと、不意に彼の手が私の頬をなぞった。


「えっ、な、なに……?」


突然の事に緊張よりも驚きが勝ってしまった私は、きっと今、すごく間の抜けた顔をしていると思う。
しかし、そんな私の頬をなぜかぐるぐるとなぞっている彼は少し笑いを堪えている。

日頃から抱いている感情もこの時ばかりは少しだけ影を潜め、彼の不可解な行動に眉根が寄った。


「……だから、なに?」


怪訝な顔をして再度尋ねると、円を描いていた彼の指が止まり、その指は待機所に備え付けてある鏡を指す。


「見てみなヨ」


何を言っているのやらと、渋々鏡の前に歩いて行くと、鏡の前には彼の行動の全てを理解した私が映っていた。


「どう?見事にクッキリじゃない?」


そう言っては空で円を描く彼は、いつの間にか私の後ろから鏡の中の私を覗いている。その彼の指の動きにつられ、私自身が目を回してしまいそうだ。


──忍服の上腕部。そこに立体的に浮き出た赤い渦巻き模様。それが、私はそれほどまでに頬を押し付けて眠っていたのかと疑いたくなるほどはっきりと私の頬に形を成していたのだ。


「ちょっと、どうしよう!消えない」


もうすぐこの待機所にも続々と人がやって来るであろうこの時に、この頬についた跡は消えそうもない。

この際笑われるのは仕方ない。しかし忍であるにもかかわらず、人に、ましてやあの彼に寄り掛かっているのにも気付かず眠ってしまうとは、なんとも情けない話である。


「……最悪だぁ」


明日からはここで眠れないかもしれない。そんな事を思いながら懲りずに鏡を覗き込むと、まだ背後に立っていた彼と視線が合った。


「こんな所で熟睡してるようじゃまだまだだーネ」


からかうような口ぶりで鏡の中の私を見る彼は、なんとも意地悪そうな顔をして私の頭をぐしゃっと撫でる。

おかげで鏡に映った私は、顔には渦巻きの跡とぐしゃぐしゃヘアという有様だ。
しかし、彼はそんな私に構いもせず、待機所のドアへと歩いて行く。そしてそのドアに手を掛けた所で、『あ、そうそう』と、何かを思い出したのか口を開いた。


「今度は俺の腕枕で寝てみる?きっとその方が寝心地いいヨ?……ま、朝の待機所ってのがちょっと不本意だけどネ」


本気とも冗談とも取れるその台詞はいつもの彼のご愛嬌だけれど、そう言って振り返った彼は、私を真っ直ぐに見つめていた。


「明日は待ってるヨ」


小さな音を立てて閉じたドア。そこを開ければ、いつもと違う明日に出るかもしれない。

どんなに疲れていても譲りたくない私の特等席に、明日は彼が待っている。


はたけカカシという男が。


- END -

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