日向 ネジ
穏やかな風が吹く演習場には昨夜に降った雨が水溜まりを作っており、組み手の動きに合わせて水しぶきが飛んでいた。
一人は服のあちらこちらが汚れ、額に汗を滲ませながら肩で息をして構えているが、その傍らは対照的で、汚れひとつない服には皺すら無く、長く美しい黒髪をさらさらと風に靡かせ構えている。
二人の力の差は歴然で、それは大人と子供の組み手を髣髴させた。
「大丈夫か?」
「はぁ、はぁ……、大丈夫……」
泥に塗れだ衣服を纏い、ガクッと膝を付きそう答えたが、体の痛みを確認した彼女は大きく息を吐いた。
「ネジ……、もういいよ」
「何だ、もういいのか?」
白く透き通る目で彼女を見ては、些か不満そうにネジは眉根を寄せる。
「うん。もういいの」
俯き、乱れた服を整えながら、彼女はネジに気付かれない様に唇を噛む。
手合わせする度に押し潰される劣等感と、相手にならない自分との修業にいつも付き合わせてしまう罪悪感。ネジに近付きたい、一緒に居たいという思いが先行し、いつも修業に付き合ってくれるネジに甘えている自分。
そんな自分に嫌気がさしてきた彼女は、ネジにこう告げた。
「ネジ、明日から暫く一人で修業するよ」
「……俺が相手では不服か?」
「そうじゃないよ……」
ネジの眉間に刻まれた深い皺に微かに戸惑うも、彼女はそう言って背を向けた。
甘えているうちは絶対に追い付けない。そう解っていながらも甘え続けてきた今日までに、本気で立ち向かう決意を固める。
いつかあの瞳を真っ直ぐに見つめ、想いを告げられるようにと彼女は拳に力を込めた。
「待ってて。絶対に追い付くから」
風に乗せてそう呟く彼女の髪が揺れる。風がさらさらと通り抜けていく度に彼女は凛とした表情をみせる。ネジはそんな彼女の姿に目を細め、誘われるままに手を伸ばした。
彼女はそんなネジに一瞬だけ目を大きくしたが、黙ってネジの指先を追いかけた。ネジが彼女の頬にかかる髪を払った後も、その指が頬に触れたままになっているネジを、ただ真っ直ぐに見つめていた。
そのうち全てを見透かすような目が近付いてくる。それが鼻先が触れるか触れないかの距離まできた時、ネジはそっと囁いた。
「待たされるのは好きじゃない」
触れたと思った瞬間に離れていく唇。それに寂しさを感じたのは決して自分だけじゃない。再び重なった唇は、そう確かに教えてくれた。