My PROFILE -- handicap


- 経緯 -

私は生まれつき二分脊椎という障害をもって生まれてきました。両下肢機能不全なため立つことも歩くことも出来ず、車椅子生活です。二分脊椎にはいくつもの合併症があり、私も水頭症、側弯症、膀胱障害があります。

膀胱は子どもサイズで我慢することがほぼできません。昼間の尿意は感じますが筋力が弱いため、すぐに漏れてしまいます。夜間は尿意も感じないので尿とりパットやオムツを常時つけています。

生まれてすぐに水頭症と側弯症、さらに背中の骨が1本無いことが分かり、救急車で大きな病院に搬送され、すぐに手術をしました。水頭症は頭に水がたまる病気で、頭に水がたまると脳圧が上がり頭痛や吐き気、首のこり…さらには放っておくと命に危険が生じます。すぐにシャントというチューブを頭からお腹にかけて入れ頭からお腹に水を流す手術を受けました。保育園を卒園するまでに6回の手術を受けています。

20歳の時、シャントが身長が伸びたことが原因でお腹から抜けていました。この原因が分かるまでに4週間近くかかってしまったため、全身の痛み、頭痛や吐き気、首のこりなどの症状が強く出ていて最終的には体に全く力が入らなくなってしまい寝たきりになっていました。さらに1日に何度も気絶をしたり、腕が勝手に動き出したり、末期時には幻覚などの症状もありました。

次第に嗅覚、味覚を感じなくなっていき目も見えなくなって両目とも失明状態までいきました。この時、眼科の主治医にはこのまま失明だろうと言われました。生死をさまようギリギリの状態で神経内科の主治医から脳圧検査を進められ検査をしたところ、通常10以下なところが70まで上がってしまっていて緊急手術をし、ギリギリの状態で命が助かりました。この時部長であった主治医に「こんな例は聞いたことがない、生きていることが不思議、奇跡だ」と言っていただきました。

術後の経過は驚くほどよく、2週間後には外泊許可が出たので久しぶりに家に帰ることに。この時はまだ目が見えていなかったのですが、その日の夕方、薄い光の中にピンクのものが動いてるのが分かりました。私はすぐに妹の服の色だと分かったのですが自信がなかったので母親に「今日○○(妹)、何着てる?」と聞くと「いつも良く着てるピンクのポロシャツ!」この瞬間に私は泣き崩れ、家族に事情を話したら家族も一緒に泣き崩れていました。この光景は今でも忘れられません。それから日が経つにつれ視野も少しですが、広がり今の状態まで回復しました。手術から2週間後の誕生日前日に退院することが出来ました。

それから半年は寝たきり状態でしたが、特にリハビリは受けずに動けていた頃を思い出しながら動く練習に家で励み動けるようになりました。視野はそれっきりですが、見渡すことで全体がわかるので家の中で動く分には問題ありません。ですが、外は太陽の明るさで見えづらいのと危険がいっぱいなので介助が必要です。体力や免疫力も落ち、体調を崩しやすい体になってしまいがちですが、命が助かっただけでも嬉しいです。

-- 精神 病気 --
せっかく働き始めた仕事も労働不能となり、辞めざるを得なくなり家にこもる日々が続いたので、精神的にも病んでしまいうつ病と診断されました。それから双極性障害、強迫性障害、対人恐怖症と診断され、今も治療中です。

トラウマを引きずるタイプです。フラッシュバックに悩まされる日々…。責められることにも弱く、否定的な意見に落ち込んでしまいます。気長に待ってもらえれば何事も無かったかのように戻り始めます。呟きの中には病み的な呟きもあるので(特にうつ期間) 興味のない方、または苦手な方はミュートお願いします。



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