紫龍
1.皆さんおそろいで-黄龍-
「おお」
ユンがジェハの仕留めた獲物を見て感心した。
「小鹿だ。よく捕まえたね」
「抱えて飛ぶのがちょっと大変だったけどね」
「ジェハの脚って本当にすごいわ」
三人目の四龍ジェハを加えて、ヨナの一行は山中を進んでいるところだった。
ジェハは腕を組んで昔を思い出した。
「まぁ少年時代はこの力を駆使して高華国中を飛び回っていたからね」
「そういえばそなた、緑龍の里より逃げたそうだな。一体なぜだ?」
「なぜ?」
キジャの問いは真っすぐだ。彼の言葉は、白龍の里から逃げる理由など一片もなかったと物語っていた。
「両手両足を鎖で繋がれたら、君はそれを是として受け入れるのかい?」
「鎖!?」
「
いたいけな美少年の僕を鎖で縛りつけ、その白くしなやかな身体は大人達の好奇の目にさらされ、僕は檻の中めくるめく凌辱の日々……」
ジェハは真剣なまなざしで過去を語るが、周囲の反応は冷ややかだ。唯一キジャが困惑している。白龍の鱗という怪しい代物の一件を経て、ジェハのいる旅路にヨナとハク、ユンも馴れてきているらしい。「妄想が入ってんぞ」とハクが分かったような風に言う。嬉しいね、ハクは僕を理解者であるべく修行を積んでくれているらしい、と思いながらジェハはしれっと続きを話した。
「代々生まれてくる緑龍はそうなる運命なんだよ」
「代々!?」
キジャはまたしても信じられないという顔をする。本当に純粋な子だ。
「まああれだろ? 飛ばすにはおれない性なんだろ。緑龍ってヤツは」
「ま、実はそうなんだよね! ほっとくとすぐ空に消えていくんだよね緑龍は」
ハクの言う通りだった。龍の脚を鎮めておくことは非常に苦痛なのだ。ただジェハは、先代が空へ消えていく姿を見ることはできなかったのだが。
「でもジェハがこんなに速いなら黄龍と紫龍がどこかにいてもすぐに追いかけてみつけられそうね」
「ああそういえば、あとは黄龍と紫龍のふたりなんだっけ? ここまで来たら二龍の顔を拝むのも悪くないか。探してあげよう」
「いやその役目は私がっ」
緑龍と白龍と青龍は、いや僕が、私が、……と顔を突き合わせている間にユン達は肉の用意を始めてくれる。
顔を合わせながら、「ん……?」とジェハは思った。おかしいなと。
ジェハは白龍のようすを伺った。
彼は口を閉じて青龍のお面をじっと見ていた。しかしその神経は別の方向へ研ぎ澄まされているのが感じられる。
青龍のシンアは……お面でまったく表情が分からないけれど、同じく正面の白龍でも、隣の緑龍でもない方向へ意識を向けているのが分かった。
三人はゆっくりと背後を振り向いた。
そこには、なぜか増えている、美味しそうにもっしゃもっしゃと肉の串焼きを食べている金髪の少年。
「……そなた、どう思う……?」
「ん――……かなり、間違いなく」
ジェハ達の様子にユンが不思議そうにするが、ジェハ達も不思議でたまらない気持ちだった。
にわかに信じがたい。しかし、白龍も青龍も緑龍も、そろいもそろって感じているのだから――
「いや……なんていうか。さっきからそこで肉を食べてる子……なんだけど」
ジェハは意を決して言葉を紡ぐ。
「黄龍……だと思うよ」
時間が止まった。
皆は少年を注視して言葉を失くしてしまう。少年は顔を上げ、はたしてあっけからんと口を開き言葉にするのは、
「ん? 呼んだ? あれ。よく見ると白龍、青龍、緑龍までいる。これはこれは皆さんおそろいで」
気の抜けた挨拶であった。
ぺこりと頭を下げた少年へ、全員の「ええええええええ」という悲鳴が降り注いだのも当然だ。この気の抜けた少年こそが、黄龍・ゼノであるという。いや近くにいすぎだ。近すぎて疑ってしまいすぐにわからなかったのも仕方がないだろう。困惑しきりである一行の中で、少年は一切動じず肉を食べながらぐだぐだな自己紹介まで澄ませてしまう強者であった。
黄龍は、他の龍のことも気にせず、かなり前に里を出てのんびり一人で旅をしているらしい。
ジェハも龍の里を飛び出した身だが、他の龍のことは過敏に意識していた。黄龍の言う『一人旅』が、ジェハともまた違う旅であることは明白であった。
本当に数千年に渡る枷である五龍の血を受け継ぐ人物なのだろうか。あまりに何物にも囚われないという風情だ。何物にも……とはいえ、五龍であるならば避けられない経験があるはずだ。
「そうだ、主……! そなた、ヨナ様を見て何も感じぬのか!?」
「主?」
「ヨナ姫様だ! 我々五龍の主であらせられる!」
キジャがシュピーンと大げさに示した先のヨナを、ゼノは「姫様、主……」と呟いて見上げた。そうだ、感じるべき衝動があるはずだ。ジェハが注視している先で、ゼノはほんわかと春の日差しを纏ったような雰囲気のまま、笑った。
「何も感じないなんて失礼な。娘さんは超可愛いから! ドキドキだから!」
「そんなことは知っている!! そうではなくて……」
キジャは言葉に詰まってしまう。ゼノが相変わらずほわほわとした空気を醸し出しているのだ。三人の龍にピシャーンと衝撃が走る。
「まさか……あの洗礼を感じなかったのか……?」
「…………」
「このボクでさえ『
もう煮るなり抱くなり好きにしてっ』となったあの洗礼を……」
信じられない。
「どんな洗礼だよ」
五龍の戦士よ。これよりお前たちは我々の分身
緋龍王を主とし
命の限りこれを守り、これを愛し
決して裏切るな
ってやつだがハクにはわかるまい。
肉を頬張る金髪がとんでもない存在に見えてくる。大物かよっぽどの単細胞なのか。
「仲間になってほしいってお願いは難しいかな。私達、五龍を探して力を貸してもらってるんだけど、あなたも……」
「いいよ」
「え……?」
黄龍ゼノは、ヨナの仲間への勧誘を即答で了承した。早すぎる。ふらふらとやってきて最速で仲間になってしまった。いや、良いことなんだけれど。大物かよっぽど飢えていたのか……。
なんともつかみどころのない人物だ。
『頑丈な体を持つ者』と伝わる黄龍だが、体が特別硬いわけでもなく肌も柔らかい。ハクの体の方が筋肉でよほど硬い。ハクが殴れば普通の人のように吹っ飛んでしまうのに、ジェハ達の龍の血は金髪の少年こそが黄龍だと訴えている。ますます謎の深まる龍だ。
ハクのほうが龍に相応しいのではないかとまで言われてしまい、生真面目なキジャは頬を赤くして黄龍に詰め寄った。
「龍の誇りを思い出せ! そなた、体の修練を怠っていたのではないか? 五龍たるもの常に主のために己の力を磨かねばならぬぞ」
「こらこら」
ジェハはさすがにキジャの説教を咎めた。
キジャが好青年であり純粋であり悪気がないことはジェハもすでに承知している。純粋で真っすぐゆえに、『人形のようだ』と初対面で思わせた義務感を、他者と共有すべきものだと思い込んでしまうのだ。キジャのその気質はやはりジェハには受け入れがたいものだった。悪気がないのなら、少し視野を広げれば変わってくれるだろう。
「黄龍君には黄龍君の人生がある。自分の価値観を他人に押しつけるのは君のよくない所だよ」
キジャはもどかしそうな顔をした。
「だがっ、ようやく五龍のうち四人の龍まで集まったのだ。古からの兄弟の邂逅が、あと一人でようやく、我らの代で叶うのだぞ……!」
彼の言葉にはただならぬ重みがあった。龍の里を出て龍の運命を拒否していたジェハには抱けない感慨だ。
キジャに悪気はない。その証拠にキジャは感極まって目に涙を浮かべて今にも泣き出しそうになってしまった。
「私は……っそなたらと再会できたこと……っ本当に……っ」
「あーわかったわかった。まだ泣くには早くないかい。紫龍がまだ残っているよ、キジャ君」
「うむ……わかっておる……っ」
くっとキジャが唇をかみしめて耐えた。
ひと段落したところで、ユンは腕を組んで改めて考えた。
「伝説の五龍が四人も揃った。考えてみればすごい事なんだろうけど、あっさりしすぎて拍子抜けだよ。ジェハが来てやっと折り返し地点って感じだったからさ」
「それもそうね……。最後は紫龍なのよね。紫龍の気配って――」
ヨナは黄龍に視線を向けて、なんだか暖かい気持ちになった。黄龍がとても優しい眼差しでヨナ達を見ていたからだ。
黄龍が優しい表情のまま、両腕を上にあげた。
「紫龍は困難!」
「えっどうして?」
「高華国にいないから〜」
ピシャーンと再び皆に落雷が落ちた。
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