プライベート・キングダム


「あー! もう、最っっ悪! 賞金稼ぎなんだか犯罪(クライム)ハンターなんだか知らないけど、クロロのせいでとんだとばっちりに合ったもんだわ!」

 身体中が埃と土と血液まみれのどろどろだった。これでは、いくら素敵なお嬢さん代表であるミギーちゃんでも少しばかり分が悪い。
 こんな顛末が巻き起こった発端は、もちろんクロロ=ルシルフルの存在にあった。コイツと共にいるとロクな目に合わない。要するに、クロロは幸運を運んでくる青い鳥ならぬ不幸を呼び寄せる疫病神なのである。

 誰なんだか正体もよく分からない集団に追跡され(本当に誰なのか皆目見当もつかなかった)、仕方なしに一匹ずつ殺しながら逃走していたら、いつのまにか全身が砂埃に包まれてドブネズミのような薄汚い姿となっていた。せっかく昨日一日かけて全身エステを堪能してこの美貌に磨きをかけてきたというのに、くだらない逃走劇のせいで全て台無しになったじゃねえか。
 あたしのなけなしのエステ代を返せ。

「しかし、相手はお前のことも知っていただろう? オレではなくお前を追っていた可能性も考えられるな」
「あぁ!? んなわけあるか頭わいてんのかテメェ! あたしはテメーに巻き込まれただけだっつーの!」

 確かに、クロロの言うとおり不可思議な現象が起きたことは紛れもない事実だ。
 集団の一角から「あ、ミギー=ゾルディック……!」と名前を呼ばれたような気はしたし、正しくあたしの名前はミギー=ゾルディックであるし、顔を見て名前を呼ばれたからには、きっとどこの誰なのかも分からないあちらさんはあたしのことを知っていたのだろう。だが、あたしには謎の集団に追跡される謂れはまるでないし、有名税を支払うほどあたしに知名度があるとも思えない。
 つまり、どう考えたってテメーのせいだろファッキン・クロロ・ドグサレ野郎! テメーみたいな底辺野郎はゴミ溜めにでも落ちてくたばりやがれ! ということである。ひとまずエステ代を弁償しろや。

 足を伸ばすと、ちゃぷ、と浴槽の湯が跳ねた。
 あたしと対面するように浴槽に浸かっているクロロは、(ふち)にもたれていかにもリラックスした風情だ。その余裕たっぷりの態度にますます腹が立った。おまけに、コイツはあたしの神経を逆撫でするような台詞を平気で吐く。空気の読めない男ほどウザいものはないのだ。

「お前、いつもと顔が違うな」
「は? うっせーな黙れよ。ブチ殺すぞ」

 化粧前後のデッサンの食い違いを舐めんじゃねえ。こちとら盛ってなんぼの世界を常に渡り歩いてんだよ。死ね。
 あたしはこれでもかと言うぐらい怒っているのに、クロロはくつくつと平然と笑っている。こんな時、いよいよ死ねば良いのにと思う。

 始めは、ただ欲しかっただけなのに。こんな極悪非道な男だと分かっていたならば、始めから手を出そうなんて微塵も思わなかったはずだ。
 入浴して、身体を隅々まで洗って、身体中の埃と土と血液まみれのどろどろは綺麗に落ちたけど、クロロの心の汚さだけはどうやったって落ちそうにない。ヤツが綺麗なのはその顔の造りだけだ。
 しかし、クロロは不意打ちにあたしを惑わすので、大変始末が悪かった。

「けど、こっちの自然体な顔の方がオレ好みではあるな」
「は、…………は?」

 何を言っちゃってんの、この人。
 日々のあたしの努力を無駄にしようとする魂胆ってわけですか。あたしがクロロと会う前に、どのくらいオシャレに時間をかけているのか知っても同じことが言えるんですか。言っておくけど、こんなふうに埃と土と血液まみれのどろどろになるデートなんて、言語道断だからな。
 あぁ? くくく、じゃねえよ。あー、あー。もう、うるせえな。気持ち悪いから、そうやって面白そうにまじまじと見つめてくるんじゃねえよ。余裕綽々で笑ってられんのも今のうちだけだからせいぜい覚えておけよ。
 ファッキン・クロロ・愛を込めて死ね。

- 犬川/主催