予知夢



 白い空間、何もない景色が目の前に広がっていた。これが夢だと自覚している。先ほどまでベッドの部屋で寝ていたことを記憶しているからだ。

「親友」

 聞き覚えの声に振り返る。オレを親友なんて呼んでくるのは、ただ一人しかいない。
 フューだ。いつもの余裕そうな微笑みを浮かべながら立っている。
 夢の中にフューが出てくるのは予想外だ。夢は人間の記憶を反映して見れるものだと聞いたことがある、実験の手伝いをしてるから出てきたのかもしれない。しかし、なんでアルスやクラスさんじゃなくてフューなのか。
 考えていると、フューがオレに近づいてきた。

「フュー?」

 何をするんだと、じっと見つめているとフューが両腕でオレの体を拘束する。
 突然の出来事に体が固まる。はっと我に帰り急いで脱出しようと体を暴れさせた。

「何すんだ、離せっ」

 必死で腕の中でもがくが、太い二本の腕は離さないと言いたげにしっかりと固定されている。夢の中だから気を使うことができないし、朝起きた時部屋の一部が破壊されてましたなんてことになったら困る。
 睨みつけるために顔を上げると、ルビー色の瞳と目があった。いつもの笑みではなく、挑発的な笑みでオレを見下ろしていた。フューの表情に、オレの胸が少しだけ動きを激しくさせた。

「親友」

 フューの顔が近づいてくる。金縛りにあったかのように、体が動かない。

「フュ」

 唇が触れるまであと少し。
 そこで目が覚めた。

「……」

 アラーム音が部屋で鳴り響いている。鳥の鳴く声と窓から差し込む朝日。見慣れた天井が目に映った。ゆっくりと体を起こし、片手を両目に当てる。

「……なんっつー夢見てんだよ」

 ただあるのは恥ずかしいという感情だけだ。確かにオレとフューは思いを伝えあって、そういう仲にはなっている。だが、いきなりキスする夢を見るこたねぇだろ。ただでさえ、今日はあいつに付き合う約束してるのに顔を合わせづらくなってしまう。
 深呼吸をして思考を落ち着かせる。
 あくまで夢だ、現実に起こることじゃない。オレさえ気にしなければどうにでもなる。そもそも、あの研究大好きなフューが同じ行動をするはずがないと結論づけた。

 フューと会う時間になり、時の巣に向かう。
 時の巣では、刻蔵庫の前でフューが立っていた。オレに気づき、手を振ってくる。

「やぁ、親友。約束通り来てくれたんだね」
「約束したしな。今日は何をやるんだ?」
「今日は、親友にエネルギー集めを手伝ってもらおうと思って」

 いつも通りのフューだ、オレの夢に出てきたやつじゃない。不意にフューの唇が目に入る。夢のことを思い出してしまいかけたので、頭を左右に軽く振って振り解く。今思い出すことでもないし、フューの話に集中すべきだろ。

「親友?」

 ふと、顔を上げるとフューの顔がかなり近くにあった。

「っ!?」

 とっさに距離をとる。フューは不思議そうな表情でオレを見つめている。

「話聞いてた?」
「……あぁ。エネルギー集めに行くんだろ? さっさと行こうぜ」

 話を逸らすかのように、フューに背中を向けて時の裂け目へと歩いた。
 内心でしくじったと少し後悔する。側から見て、様子がおかしいと思われるような態度をとってしまった。いくらなんでも動揺しすぎだろうと自分に叱責する。これ以上ボロを出す前にとっとと実験を終わらせたほうがいい。早く終わらせることを決意し、フューと共に時の裂け目に入った。
 エネルギー集めと言っても、要は歴史をねじ曲げるだけだ。時の界王神様曰く、時の裂け目で行われた歴史改変は外にはなんの影響も及ぼさないらしい。裂け目で起こっている歴史をどんな風に結末を変えようとも、解決してしまえば消えて無くなる。だから安心して暴れていいんだよとフューは言うが、念のために最小限の改変に収めている。

「はぁっ!」

 セルに向かって小さい元気玉を放つ。元気玉がセルにあたり、地面に倒れ伏せた。
 これでこの歴史の改変は終わりだ。フューに連れてこられた未来世界の十七号たちがどこかへと旅立つ。

「これで終わりだな」
「おつかれ! エネルギーがいい感じにたまったよ。手伝ってくれてありがとう」

 そう言ってフューはオレの肩に手を置き、体を接近させてくる。

「そりゃどーも。終わったんだし、エネルギー回収して帰るぞ」

 フューの胸をおし、なるべく距離を取る。心臓の音が少しうるさいから、フューに聞こえないように一定の距離を保つ。いつも近いと言って離れるから不自然ではないだろう。
 最後にフューがエネルギーを回収すれば終わりだ。全てがなかったことになり、オレたちは時の巣に戻れる。戻ったら適当に理由をつけて離れよう。家に帰れば万事解決だ。

「ねぇ、親友」
「ん? どうし」

 振り返ると、腕を引っ張られ視界が黒に塗りつぶされた。柔らかくもふっとした何かが顔に当たる。

「むぐっ」

 背中と両腕に硬い何かが回される。苦しくて顔を上に上げると、不機嫌そうに眉をしかめながらオレを見下ろすフューと目線があった。
よく考えると、今朝見た夢と同じ状況だ。急いでフューから離れようと両腕を動かそうとするが、がっしりと固定されている。

「いきなり何すんだ。離せっ」
「さっきからボクの事避けてない?」

 体が少し強張る。バレてることを認めたくなくて、思わず否定してしまう。

「避けてない。いつも通りだ」
「じゃあさ」

 フューの右手がオレの顎をさわり、ぐいっと上向きにさせられる。

「ボクの目を見ていってよ」

 怒りを混えた赤い瞳に、じっと凝視される。違うと口を開いて言いたかったが、夢の内容が頭をよぎってしまい思わず視線だけをそらしてしまった。

「ほら、視線を逸らした。ボクが何かした?」

 フューが眉をハの字にし、少しだけ悲しそうな顔をする。捨てられた子犬のような顔に罪悪感が湧いてしまう。顔が良い分余計にだ。正直に話すべきか悩む。話したら夢のことでしばらくいじられ続ける気がしてならないからだ。だからと言ってごまかそうとしたら絶対話してくれないだろう。
 考えあぐねた結果、決心する。

「お前が悪いんじゃない。悪いのはオレだ」
「どういう事?」
「……今朝見た夢に、お前が出てきたんだ。それでなんとなく顔が合わせづらくなって避けてたんだ、本当に悪い」

 嘘はついてない、夢にフューが出てきたのは事実だ。キスをされたことについてはいう必要はないだろう、フューのことだから夢の中に出てきたなんて聞いてニヤつきながらこっちを見ているだろう。
 フューに視線を戻すと、ニヤついた笑みではなく真面目な顔を向けていた。

「それだけじゃないでしょ」
「……え?」
「夢に出てきただけなら、顔を逸らしたりボクと距離を置いたりなんてしないよね。他に何か隠してない?」

 数秒でバレた。無表情を保ちつつ、内心めちゃくちゃテンパる。そんなあからさまに態度に出てたのか。オレそこまでわかりやすい人間だったかと、自分でも混乱しているのが明白だ。気を使ってフューを吹き飛ばして逃げることを考えたが、こいつの性格を考えるときっと。

「言っとくけど、逃げるなんて考えたら絶対追いかけるからね」

 ですよねーと心の中で叫んだ。
 顔を下に向けて、大きなため息をつく。もう隠し通すのは無理だ。観念して言おう。

「――してきたんだよ」
「何を?」
「お前が、夢の中でキスしてきたんだよ。お前が近づいてくるとその光景を思い出して、恥ずかしく、なったんだ」

 言ってしまった。完全に笑われるか引かれるかの、どっちかだろう。今すぐにでも穴を掘って埋まりたい。今朝の記憶を消せてしまえたらどれだけ幸せだっただろうか。恥ずかしさに顔に熱が集中して行くのがわかる。
 フューの反応を見るのが怖いが、さっきから何も喋ってこないのがおかしい。
 恐る恐るフューの顔を見ると、少しだけ不機嫌そうな表情をしていた。

「フュー?」
「ずるいよ」
「へ……っ!?」

 後頭部に手を回され、引き寄せられる。
 唇を、湿った柔らかいもので塞がれた。目蓋を閉じているフューの顔が間近に見える。時が止まったかのように体を動かすことができなかった。何をされているのか、頭が追いつかない。
 柔らかな感触とフューの顔が離れる。フューの瞳には、呆然と口を開け、間抜けな顔をしたオレが映っていた。
 後頭部に添えていたフューの手が顔に回り、親指でオレの唇を撫でる。

「現実にいるボクが先に、キミにキスしたかったのに」

 ズルイなぁと言いながら不満そうにしている。まるでおもちゃを撮られて拗ねた子供のようだった。
 何をされたか、ようやく頭が追いついてくる。
 キスをされた。
 夢の中だけではなく、現実のフューと唇を重ねた。
 じわじわ実感していき、体が震える。

「まぁ夢は所詮夢だからノーカン……親友?」

 羞恥心のままに、オレは気を爆発させた。

「うわっ!」

 フューが少しだけ吹っ飛ばされる。拘束が解かれたことに気づき、オレは瞬時に瞬間移動で自分の家へと移動した。
 靴を脱ぎ、自室のベッドに倒れ込み、クッションで頭を抑える。

「あぁぁぁ……!!」

 とても人には聞かせられないような叫びをあげてしまう。まさか本当にするなんて思ってなかった、そういう事には興味を示さないと勝手に思い込んでた。不意打ちでされるなんて、考えてもいなかった。
 叫んだおかげか、冷静さを取り戻してくる。フューのことだし、家にきっとやってくるだろう。入るなと言ったところで、あいつも瞬間移動を使えるから侵入してくる事が予想できる。
 どんな顔して会えば良いんだよと、少しだけ頭を抱えた。






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