分かりにくくて、彼女らしい



 三日月が雲の隙間から顔を除きだしている夜。
 フューはレクスの自宅のソファーに座っていた。家主であるレクスはまだ帰ってきていない。
 テレビを視聴していると、玄関のドアが開く音がした。フューは玄関に続く廊下へと顔を向ける。
 リビングにやってきたのは、レクスだった。いつもの無表情にタイムパトローラーロゴ入りジャケットを羽織り、両手には大きくて白い紙袋を三つづつ下げている。
 レクスはフューを見ると少しだけ眉間に皺を寄せた。フューはレクスの表情も気にせず、片手を振りながら挨拶をする。

「おかえり、親友。お邪魔してるよ」
「来るなら連絡ぐらい入れろ」

 レクスはもっていた紙袋をソファーの前にある、ガラスでできた透明な机の上に置いた。フューが座れるように隣に移動すると、レクスは腰を下ろした

「すごい量の紙袋だね。それは何?」
「お菓子だ」

 レクスが紙袋を傾けると、中から綺麗な紙紙で包装された箱や透明の袋でラッピングされた様々なお菓子が出てきた。フューはピンク色のリボンが閉じ口にまかれた、チョコのハートが乗っているカップケーキの入った袋に手をのばした。

「バレンタインはチョコを渡す日だって聞いたけど、こんなに貰えるんだね」
「知ってたのか?」
「チョコをくれた女の子に教えてもらったんだ」

 オレ・レイドの受け付けをしていると、タイムパトローラーたちが落ち着きがなかったり、色々なところからチョコの甘い香りが漂っていた。フューは首をかしげながら何かあったのだろうかと疑問を感じていた。
 受付をしていると、あるサイヤ人の女子パトローラーがフューにプレゼントボックスボックスを手渡してくる。フューは不思義に感じつつも箱を受け取り、なぜ自分に寄越したのかを尋ねた。
 彼女がいうには、今日はバレンタインだと答えられた。
 地球のイベントで、男女で贈り物をするのだと説明される。
 本来は親愛のある異性に渡す日なのだが、コントン都では性別や所属の垣根を越えて渡してもいいと、時の界王神は決めたらしい。提案したのは、トキトキ都の英雄とトランクスだと教えてくれた。
 説明を聞き、だからみんなそわそわしていたのかと納得した。それと同時に、とある期待が浮かび上がった。
 フューはレクスへと接近する。

「ねぇ親友。ボクには無いの?」
「何がだ?」
「チョコレート」
「無い」

 キッパリとした口調で断言された。
 フューは瞬きをしたのち、顔をしかめながら聞く。

「嘘でしょ?」
「忙しくて作れなかった」
「えー!? そんなのひどいよ〜! キミからもらえると思って楽しみにしてたのに!」

 フューは不満を露わにする。
 レクスはフューの藩王を気にせず、机の上に置かれた箱を手に取り包装紙をはがした。中に入っていたのは丸いトリュフだ。一粒だけ手につかみ、食べ始める。

「ほかのタイムパトローラーたちから貰ってんだろ? オレのがなくてもいいだろ」
「よくないよ。キミのが欲しかったのに」

 フューは少しだけ頬を膨らませる。目当てのおもちゃを貰えなくて、拗ねた子供のようだった。
 レクスはフューを見つめたのち、紙袋の中から何かを取り出した。

「ほれ」

 しクスがフューに差し出す。
 フューは差し出されたものを手に取った。それは黒色の包装紙につつまれた四角の箱。左上には金色のリボンがちょうちょ結びに巻かれていた。
 フューはキョトンてした顔をしたのち、目を輝かせる。

「これって」
「ちがう。お前に渡してくれってって頼まれたんだよ」
「なーんだ」

 期待していた答えとはちがう事に、フューは少しがっかりした表情をする。壁にかかっている時計に目をやり、箱を手にソファーから立ち上がった。

「じゃあ、そろそろ帰るよ」

 立ち去ろうとするフューの背中に、レクスは声をかけた。

「フュー」
「何?」
「それはお前のために作られたチョコだ。ちゃんと食べろよ」
「? ……分かった」

 レクスの言葉に、フューは首をかしげる。なぜ他人のチョコを食べろと念押しするのかわからなかった。疑問を感じたまま、フューはレクスの自宅を後にした。
 フューの自宅。
 研究室にはコントン都にいるのと同じタイプのロボが、部屋の掃除をしていた。ロボがフューに気づき声をかける。

「オ帰リナサイマセ、フュー様」
「ただいま」

 フューはまっすぐと研究用のデスクへと向かう、デスクの上には文字や図形が書かれた書類が沢山散らばっていた。持ち帰った箱を書類の上に置き、回転椅子に座る。両手を後頭部に組み、背もたれに体を預けた。

「はぁ、レクスからチョコは無しか。……期待してたのは本当なんだけどなぁ」

 確かに、オレ・レイドに来る女子タイムパトローラーから沢山チョコはもらった。
 いい訓練場所を作ってくれたお礼や、本命と思えるような豪勢なものやら様々だった。貰いすぎてロボの転送装置を使ったほどだ。
 しかし、フューにとって大切だったのは親友であるレクスからもらえる一個だけだった。イベント事をスルーしない彼女だから、きっと自分にくれるはずだと期待していた。結果は大外れ。貰えなかったことが、少しショックだった。
 フューの視界に先ほど渡されたチョコが目につく。他人に頼まれ贈り物をわざわざ届ける事が彼女らしいとも思った。しかも、ちゃんと食べろという念押し付きだ。
 フューは短息を吐く。

「仕方ないか」

 正直気が乗らないが、食べたと嘘をついても見抜かれて怒られる。小腹も空いているから、食べようとフューは箱を手に取った。
 フューはリボンを取り、包装紙をはがす。箱の上げ蓋を開けると、透明のナイロンが上におかれた、細長い茶色いケーキが四つほど入っている。このケーキはなんだと思い、フューはロボを呼びつけた。

「ロボ」
「何デショウカ?」
「これは何?」
「解析ヲ開始シマス……解析が完了シマシタ。コレハガトーショコラト言ウ、地球ノオ菓子デス。チョコレートケーキニ、部類サレマス」
「ふーん」

 フューはガトーショコラを一切れだけ掴む。口へと運び、頬張った。

「あ、美味しい」

 口の中でほろほろと崩れていく、苦すぎないちょうどよい甘さだった。隠し味に蜂蜜が使われているからか、はちみつの風味が少しだけする。ボクの好きな味だな、フューは感じた。
 これを食べながら研究の計画を練ろうと、フューは空中に液晶画面を出し、捜査をし始める。

 次の日。
 フューは、時の巣でレクスを待っていた。新しい研究を手伝ってもらう算段だ。そのついでに、昨日のガトーショコラの感想を言おうと考えていた。
 入り口のから誰かが出て来る。フューはレクスが来たと思い、顔を向けた。

「フューさん」

 そこに居たのはレクスではなく、アルスだった。
 フューはあからさまにがっかりした顔をする。

「なんだ、後輩ちゃんか」
「自分で悪かったですね。先輩が伝言をあずかってきました、今日は用事があるから時の巣に行けないすまん。ですって」
「え〜? 今日は付き合ってもらおうと思った実験があるのにー」
「残念でしたね。今日はアキラメロンっす」
「ちぇー。きのうからボクに冷めたいなぁ、バレンタインだっていうのにチョコをくれなかったし」
「え?」

 フューの発言にアルスが声を上げた。反応を不審に思ったフューは聞いてみる。

「なに、その反応」
「フュー、先輩からチョコ貰ってないんっすか?」
「そうだけど」

 アルスは両腕を組み、首をかしげる。不思議そうな表情で「えー? でも、あれ……」と何かブツブツ呟いている。
 様子から見て、何か知っているのだと感づき、フューはアルスへと近づく。

「何か知ってるの?」
「知ってますけど……」

 どうしようかと言いたげな顔をする。意地悪ではなく、迷っている雰囲気だった。先輩思いなアルスからしたら、レクスとフューの問題にレクスが居ないところでで話していいかどうか考えあぐねていた。
 だが、フューは追撃の手を緩めようとはしない。何か知っているのに遠慮して聞かないなんて選択肢は彼の中になかった。
 フューはアルスの肩をつかみ、ずいっと顔を近づける。

「教えてよ。教えてくれなきゃ離さないからね」
「必死さがすげぇっすね。……わかりました、話すっす。だから顔を近づけるのは止めろっす!」

 返答に満足したのかフューは顔を遠のかせ、肩から両手を外した。アルスは観念したかのように大きくため息をつき、話しはじめる。

「結論から言うっす。先輩はフューさんにあげるチョコを作ってたっす」
「……へぇ?」

 アルスが言うには、こうだ。
 バレンタインの前日、アルスはレクスにお菓子作りを学んでいた。
 理由は、普段から遊んでくれているギニュー特戦隊の面々と、先生であるセルにお礼をわたすためだ。レクスはアルスの分を手伝いながら、ほかの面々に渡すチョコ平行してを製作していた。その中にはフューの分も混ざっていた。
 あらましを聞き終わり、フューは脳内で混乱している。本人の口から無いとはっきり言われていたチョコが、実際は存在してたことに驚いていた。

「けど、ボクは貰ってないよ?」
「それがおかしいんっすよ。フューさんの発言を聞いて、先輩から貰ってないなんて変だなって思ったんっす」

 アルスは両腕を組み唸る。
 フューも顎に指を当て、思案する。
 ふと、昨日食べたガトーショコラの事を思い出す。
 あの時の収の言葉がフューの脳裏に再生された。

『それはお前のために作られたチョコだ。ちゃんと食べろよ』

 もしかしてと、ある予想が生まれる。フューは確認するように、唸っているアルスに聞き出す。

「後輩ちゃん。ボク用のチョコって、黒い包装紙で金色のリボンがまかれたのじゃない?」

 アルスはあっと口を開いた。

「それっす! ……って、あれ? なんで知ってるんっすか?」

 フューの予感は的中した。
 ガトーショコラの入った箱は、レクスのチョコだった。わざわざ他の人から頼まれたと嘘をついたのだ。レクスの事だ。当日に渡すのが恥ずかしくなり、無いといったんだろう。
 彼女らしい、だが……。

「分かりにくいにもほどがあるよ!」
「ふぁっ!?」

 フューの叫びにアルスは驚いた。
 今日の夜に家に行って、絶対追求してやると心に決めたフューであった。






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