親友がポメラニアンになった件ついて・前編 ピピピと電子音が聞こえる。一向に鳴り止まない音に目が覚め、ゆっくりと体を起こした。辺りを見渡すと窓からは月明かりが差し込み、空は青空ではなく黒一色で染められている。ベッドの物置き場にあるデジタル時計を見ると、まだ深夜だ。 電子音はデジタル時計からではなく、普段から身に付けているサングラス型の青いスカウターから鳴っている。 スカウターを手に取り、夜遅くから連絡をしてきたのは誰か確認する。そこにはフューという文字が浮かび上がっていた。 こんな時間に何の用なのか疑問に思いつつ、通信ボタンを押す。 「もしもし?」 「レクス様デスカ?」 フューの声ではなく、聞こえてきたのは普段からフューの世話をしているロボの声だった。 「ロボか? フューはどうした?」 「フュー様ニトラブルガ発生シマシタ。親友デアル、レクス様ノ力ヲ貸シテイタダキタイノデス」 「トラブル?」 「スグニ来テクダサイ」 「……分かった」 拒否したかったが、大事件を引き起こす可能性が否めなかったから承諾した。何のトラブルか知らないが、これでもし下らない理由だったら、人の安眠を邪魔した代償としてゲンコツをしよう。 パジャマから私服へと着替え、フューのラボにつながる時空転送機能があるお掃除ロボを起動する。何故お掃除ロボにそんな機能が備わってるのかと問われると、フューが勝手に改造したからだ。行き来が便利だよと言ってたが、そう言うのは相談してからやれと注意はした。 指紋や声帯確認を終えると、フューの居るラボへと転送される。 入り口にはロボが待っていた。 ロボはオレに気付き、お辞儀をする。 「コンバンハ。夜分遅クニ呼ビ出シテ申シ訳ゴザイマセン」 「構わない。それより、フューは?」 「コチラデス」 ロボが足の代わりである車輪で移動する。フュー本人が出てこないのかと疑問を感じたが、大人しくロボの後ろを歩く。 連れて行かれたのは実験室だ。 フューのラボには実験室と研究室が存在している。 研究室は部屋の中央に空中ディスプレイが浮かぶパソコンが鎮座し、周りにはわけの分からない機械が設置している。パソコンの前にはパソコンの周りを長机が囲っていて、そこには数字が書かれている紙が散らばってたり、フューが寝落ちしてたりする。 実験室がどういう場所かは知らない。オレは一度も入室していないからだ。フューが居るのは研究室の方だし、実験室のドアには暗証番号を入れる機械が備え付けられていて、侵入を許さない仕組みになっている。 ロボが相性番号を入力すると、実験室の自動ドアが開かれた。 中に入ると、ステンレス製の机が幾つか並んでいる。机の上にノートパソコンや試験管立て、様々な色の液体入りの試験管やトラップ瓶などの道具が乱雑に設けられている。棚には蓋付きのガラス瓶が綺麗に整列していた。外側に何かの数字が書いたラベルが貼ってある。 ふと机の足元に視線を移動させると、白衣が落ちてあった。詰め寄ると、黄色の丸いサングラスや、黒い七分袖の上着と黄色いズボンも一緒だった。 フューの服だ。個性的な服だし見慣れた物だから、間違うはずが無い。 あいつに一体何が起こったんだ。もしかしたら、オレの予想よりも大変な事態なのかもしれない。 ロボに尋ねようとした。 「わふっ」 瞬間、何処からか犬の鳴き声がする。 オレの気のせいかと思い、聞こえた方に顔を向ける。 そこにはわたあめ――ではなく、ポメラニアンが居た。 「……ぽめ、らにあん?」 オレはポメラニアンを凝視する。白くてふわふわとした毛並みに、くりくりと丸くて、熟されたリンゴのように赤い両目。大きさは子犬サイズだ。アルスとエオスさんがこの場に居たら、可愛いと連呼するほどの愛らしさだ。 ポメラニアンがこちらに接近してくる。小さな前足を、しゃがんでいるオレの膝に乗せ、じっと見つめてくる。 頭を撫でようとしている自分に気づき、意識を元に戻す。 今はポメラニアンに和んでいる場合じゃない。 「ロボ、なんでフューの服だけが地面に落ちてるんだ。あいつは今何処に?」 「ソノ犬ガフュー様デス」 ロボが耳を疑うような発言をした。 「……なんだって?」 「ですから、ソノ犬ガフュー様デス」 一瞬、オレの思考が宇宙の彼方に吹き飛んだ。脳みそが理解を拒否し、二回ほどポメラニアンとロボを交互に目配せをする。 深呼吸をして、自分を落ち着かせる。 半信半疑のままポメラニアンに話しかけた。 「フュー、なのか?」 「アンッ!」 ポメラニアンが鳴く。 偶然かもしれないと考え、一つだけお願いをする。 「オレの言葉を理解しているなら、二回返事をしてくれ」 「アンアン!」 指示道理に二回吠えた。 これで確定した。 つまり、目を全力でそむけたくなるがこのポメラニアンの子犬は――フューという事だ。 予想もしなかった出来事に、片手で両目を覆いながら頭を抱えた。現実を受けとめなければならないが、脳みそが全力で拒否を示している。 どんな実験をしたらポメラニアンになるんだとか色んな疑問が湧いて出てきて止まらない。 話を整理する為に、ロボに話しかける。 「ロボ。改めて聞くが、フューに何があった」 「映像ガアリマスノデ、ゴ確認下サイ」 ロボは瞳の役割をしている中央のレンズから光を出して、空中で映像をマッピングする。 そこには白衣を着て実験をするフューの姿が映し出されてる。ステンレスの机には紫と赤の二種類の液体入りの三角フラスコが並んでいた。フューが何かを取ろうとすると、腕が液体の入った瓶に当たり、反動で隣の瓶と一緒に床へと落下する。瓶が割れた瞬間、ポンッという音と共に鼠色の煙が周囲に立ち込めた。フューが煙に巻き込まれて、見えなくなる。 数分後、煙が消えた。 画面が下へと降りていき、地面に衣服が重なるように落ちていた。盛り上がっていた一部が動き出し、服の隙間から白いポメラニアンが出てきた。 映像が終了し、空中マッピングが消失する。 「実験の失敗でそう言う姿になったのか?」 「アン!」 「その通りって言いたげに鳴くんじゃない」 状況を理解してないのか、暢気に尻尾を振っている。多分、フューにとってこの予想してなかった出来事が面白いのかもしれない。 原因は把握した。問題は、どうやって人の姿に戻すかだ。都合良く、犬化を解ける薬なんて無いだろう。途方に暮れるあまり、ロボに問う。 「どうすればいいんだ?」 「私ニモサッパリデス」 「だよな……仕方ない。一旦こいつを持って帰るぞ」 ここで考えていても埒があかないし、正直眠い。家に持ち帰って、明日の自分に悩んでもらおう。 オレはフューを両手で抱き抱える。子犬だから簡単に持ち上げられた。ふわふわとした柔らかな毛並みを感じて、孤児院にあった犬のぬいぐるみを思い出す。ぬいぐるみと混じっても違和感が無いなと現実逃避をした。 その夜はフューと共に自宅で一晩を過ごした。 太陽が昇り、朝。 朝食を食べ終わり、アルスに連絡を取り、時の巣で待ち合わせをする約束をした。 フューを連れて時の巣に向かい、先にきていたアルスに事情を説明した。 最初は子犬の姿に瞳を輝かせたアルスだったが、話していくとどんどん輝きが失われていき、最終的には顔を顰めた。 「意味わっかんねぇっす」 「当然の反応だな」 オレだって最初信じられなかったからだ。もし他の人間から聞いたら、意味が分からんと言ってしまうだろう。 アルスはマジマジとフューを眺め、馬鹿にしたように半笑いをする。 「いやはや、天才科学者とあろう者が失敗して犬になるとかマジ間抜けっすね。まぁ、この姿は可愛いとおも」 アルスがフューに手を伸ばした瞬間、フューはアルスの人差し指に噛み付いた。 「あいたー!!」 「ヴ〜!」 フューはうなり声を上げながらしっかりとアルスの指を咥えている。どうやら先ほどのアルスの発言に怒りを感じてたようだ。 「こらっ、止めろ」 フューが口を開けると同時に、アルスは指を引っ込めた。手袋をしているおかげか、血は出ていなかった。 抱えているフューに目を向ける。 「フュー、アルスを噛んじゃダメだろ」 「キュ〜ン」 フューは甘えるような声を出して、オレの首筋に擦り付いてくる。暖かな犬毛がこそばゆくて、気持ちがいい。 「んっ、首元に擦り寄るな。くすぐったいぞ」 「先輩惑わされちゃダメっす!! それはエネルギーと血液大好きなサイコパス科学者フューさんっすよ!」 「もふもふに抗うのが難しくてな……」 「共感はするっす!! って、そうじゃなくてどうして自分が呼ばれたんっすか?」 フューをわずかに離し、アルスに呼んだ理由を説明する。 「仕事が終わったら、ドラゴンボールを集めるのを手伝ってくれないか? こんな異常事態、あれじゃなきゃ元に戻らないと思うんだ」 朝食を食べながら思案した結果、コントン都のドラゴンボールを思い出した。 コントン都のドラゴンボールは、第七宇宙のドラゴンボールのコピーだ。本物とは違い、人を蘇生させる願い以外は叶えてくれる。きっと、ポメラニアンに変化したフューを人間に戻せるだろう。 アルスは腕を組みながら、半目でフューを見つめる。 「事情はともかく、本当に戻していいんっすか?」 「?」 「だって、このままの方が変な実験とか出来ないし、先輩も無茶な実験に付き合わなくてすむと思うっす」 アルスの言葉に、少し考える。 「そうだな」 「キャワン!? キャンキャンキャン!!」 半分冗談で同意すると、フューが抗議をするように鳴き、オレの顎に頭突きをしてきた。まったく痛くはないし、毛並みが顎と唇をくすぐっている。 「うぷっ、冗談だ冗談。冗談だから顎に頭突きするのは止めてくれ」 「自分はわりかし本気っす」 「ヴーっ!!」 フューはアルスに威嚇をする。アルスは片目の涙袋を伸ばしながら、舌を出して挑発するように応戦した。相変わらず喧嘩の絶えない二人だ。アルスの発言も、さっき噛まれた仕返しからだろう。 「まぁまぁ。フューが元に戻らないとオレ・レイドを使えなくなるぞ、それでもいいのか?」 オレ・レイドというのは、フューがコントン都で作りだした大規模な修行場だ。 暗黒魔界の結晶というアイテムを使用し、パトローラーと他のパトローラー達が戦ったりする。結晶を使ったパトローラーは強大な力を得られる代わりに、暴走状態となってしまう。平和が続いて強敵との戦闘が減ったから、多くのタイムパトローラーが活用している。アルスのような戦闘を好むパトローラーにとっては、うってつけの場所だ。 結晶を作れるのはフューだけだ。もし暗黒魔界の結晶がなくなったら、オレ・レイドが使用不可になるだろう。 「それは……困るっすね」 「だろ? 中止されたら他のパトローラーも困ると思うんだ、だから頼めないか?」 アルスはう〜んと数分ほど悩み、やれやれと言いたげにため息を吐いた。 「……仕方ないっすねぇ。先輩の頼みだから手伝うっす」 返答を聞いて、安堵する。断わられたら一人で集めるつもりだったが、助力してくれるのは助かる。アルスには色々と手伝ってもらってばかりだから、この件が片付いたら飯を奢ろう。 アルスはフューへと間合いを詰め、人差し指を向ける。 「いいっすか、今回は先輩の頼みだから助けてやるんっすよ。少しは感謝」 話の途中でフューはアルスにまた噛み付いた。 「やっぱりこいつ可愛くないっすあいたー!!」 アルスの叫びが時の巣にこだまする。その後、ちゃんとフューを叱った。 |