親友がポメラニアンになった件について・後編



 フューを一旦家で留守番させて、仕事をこなした。
 仕事を全て終え、アルスと共にドラゴンボール探しを開始する。
 コントン都のドラゴンボールは願いを叶え終わると空に飛び散り、ランダムでタイムパトローラーの手元にやってくる。ご褒美であるドラゴンボールを収集しながら、体を鍛える修行にもなると時の界王神様が言っていた。
 運が良ければ順調に集められるが……。

「もー!! なんっすか! どうしてこういう時に限ってドラゴンボールが全然集まらないんっすか!!」

 こう言う時もある。
 オレの手元には七つのドラゴンボールが集合している。あと二個あったら神龍を呼び出せるが、全く手に入らない。
 どのタイムパトローラーが持っているか不明なまま、出現するクエストを手当たり次第で戦っていく。ドラゴンボールを所持しているタイムパトローラーと遭遇するのは、完全に運頼りだ。連戦が当たり前だが、肉体的にも精神的にもキツくなっていく。

「なかなか集まらないな」
「ソシャゲのガチャじゃねーんだから物欲センサー発動するなっす!」
「落ち着け」

 アルスは一通り叫んで落ち着きを取り戻したのか、大きく呼吸をした。

「どうします? これじゃあ、今日中にはドラゴンボール集めるのは無理っすよ」

 スカウターでコントン都の様子を確認する。コントン都は時間の流れに外れた場所にあるが朝、夕方、夜という大ざっぱな区分が存在する。昔は無かったらしいが、地球人タイムパトローラー達が日が沈まないのは落ち着かないという意見が多くて実装されたようだ。
 スカウターには夕方のマークが記されていた。これ以上戦ってたら、帰宅する頃には夜になっているかもしれない。それまでアルスを付き合わせるのも悪いから、フューには申し訳ないが一時撤退させてもらおう。

「仕方ない、今日一日は我慢してもらおう。アルス、明日も頼めるか?」
「もちろんっす! 明日もお手伝いするっすよ!」
「すまないな、今度飯を奢らせてくれ」
「わーい!」

 アルスは嬉しそうに両手を上げる。体や表情で喜んでる姿を見せるアルスの姿が、微笑ましかった。
 タイムマシンに乗り、コントン都へと帰還する。アルスと別れ、帰路を辿り、自宅へと到着した。
 ドアを開けると、勝手に電気が点る。
 玄関マットの上でフューが丸まった姿で待っていた。オレに気付いて起きあがり、白い尻尾を左右に振っている。
 視線が合うように腰を下ろした。

「ただいま。すまない、フュー。ドラゴンボールを集めきれなれなかったんだ」
「わふっ!?」
「悪いけど、今日は我慢してくれないか? 明日は必ず、元の姿に戻してやるから」

 フューはじっとオレの目を見つめた。構わないと言いたげに、足元に体を擦り付けてくる。
 怒ってはいないようだ。お礼の意味を兼ねて、フューの頭を撫でた。

「ありがとな。さて、夕食にしようか」

 立ちあがり、台所へと歩く。
 フューはポメラニアンなので、犬にとって毒であるタマネギなどを使わない夕飯を作る。皿に盛り付け、床にセットしたら抗議をするような目で睨まれた。机の上に乗るか尋ねると、渋々食べ始めた。人としてのプライドが勝ったらしい。
 夕食を終え、ソファーで寛ぐとフューが膝に上ってきた。まるで自分の定位置だと言いたげな態度に、やはりフューなんだなと改めて実感する。
 ふと、時計の針が風呂の時間を指していた。

「フュー。オレは風呂に入るから、テレビを見ながら待っててくれ」

 フューを抱き上げ、隣へと置く。
 リビングから自室へと移動し、箪笥から寝間着を取りだす。
 寝間着を持って歩いていると、テチテチという足音が聞こえた。無視して風呂場へと向かう。
 脱衣所の入り口付近で立ち止まり、振り返った。

「……なんで着いてきてるんだ」

 予想通り、フューがついて来ていた。
 フューは可愛らしく首を傾げる。

「誤魔化そうとするな。言っとくけど、お前と入浴する気は無いぞ。ほら、リビングに戻れ」

 オレに反抗するように、フューはその場に座り込む。何が何でも動かない姿勢に思えた。
 こうなったらテコでも動かないだろう。小さく息を吐く。

「じゃあ勝手にしろ」

 入ってこれないように脱衣所の扉を素早く閉める。出入り口が開けられなければ、リビングに帰るだろう。
 脱衣しようとすると。

「キューン……キューン……」

 フューがもの悲しそうな声を出しながら、爪でドアを引っ掻く音がする。
 ほんの少しだけ罪悪感をを感じたが、振り払うように頭を振った。
 切ない声に惑わされるな、あれはフューだ。普通のポメラニアンじゃなくて、こちらを振り回して傍迷惑な出来事を引き起こす奴だと自分に言い聞かせる。
 無茶な実験に付き合わされた記憶を思い出しながら、服を脱いでいく。

「クゥーン……」

 悲しげな鳴き声と共に、音が止んだ。諦めたのかと思ったが立ち去る足音が聞こえない。気配を探ると、まだ居るようだ。
 なんて頑固な親友だ。
 息を吐き出し、脱いでた服を洗濯用のバスケットの中へと放り込み、下着姿のまま扉へと向かった。
 扉を開けると、前で伏せをしているフューが顔を上げた。

「……今日だけだからな」
「アンっ!」

 フューが嬉しそうに返事をする。オレのこういう所が、アルスに『先輩はフューさんに甘いっす!』と注意される所なんだろうと感じた。
 風呂に入り終わり、髪と体をバスタオルで拭き、新しい下着と寝間着に着替えた。フューの毛並みをドライヤーで乾かすと、さっきよりも毛並みがより柔らかくなった。毛並みを堪能させてもらった。
 自室に行き、今日の報告書を記録する為、椅子に座り空中ディスプレイを展開した。
 打ち込みが終わり、壁のアナログ時計を見ると就寝時間になっていた。

「そろそろ寝るぞ」

 ベッドの上で寝そべっているフューに言う。
 椅子からベッドに近づき、上布団を体に掛けた。フューは上布団の中に体と顔を突っ込み、オレの隣へと移動してきた。
 布団から頭だけ出ている状態が、本物のポメラニアンのようだったので笑ってしまう。
 フューは不思議そうに首を傾げる。

「いや、その姿だとただのポメラニアンだなって」

 オレの発言にフューは眉間に皺を寄せ半目でこちらを睨んできた。犬じゃないと抗議したいが、言葉を発せられないから視線で伝えているんだろう。
 謝罪の意味を込めて頭を撫でる。

「明日はドラゴンボールで元に戻してやるからな。何時ものフューじゃないと……寂しいしな」

 ポメラニアンの姿は愛らしい。だが、声が聞けないのも、元の姿が見れなくなるのは嫌だ。オレが好きなのはポメラニアンになったフューではなくて、人間のフューだから。
 それに、フューが戻らないと困るのはオレだけじゃなく、他のパトローラーもだ。怪しい科学者と言われているが、なんだかんだこいつの力が必要だったりする。
 鼻先に触れる程度にキスをした。
 フューが驚いたように目を見開いている。

「おやすみ、フュー」

 目を閉じ、意識を闇の中に沈めていく。
 眠りに落ちる直前、唇に何かが当たったような気がした。

「……ス、レ……クス……、レクス」

 体を小刻みに揺さぶられている。不思議に思い、瞼をゆっくりと開ける。
 ぼんやりとした視界に映ったのは人間の姿だ。焦点があってないのか、滲んでいて誰か分からない。
 二・三回瞬きをすると人の姿が明確になっていく。紫色の肌に目元よりも長い前髪をした白髪、赤い瞳がオレを見下ろしている。

「フュー…………っ!?」

 意識が覚醒して、急いで飛び起きる。
 オレを起こしたのは、人間のフューだった。普段ならオールバックにしている髪が全て下ろされ、服を一切纏っていないので全裸だ。下半身は、上布団によって隠されている。
 フューは片手をひらひらと動かす。

「おはよう、レクス」
「……元に戻ったのか?」
「みたいだね。薬の効果が一日だけで良かったよ、今度からは慎重に扱うようにしなきゃ」

 両手で拳を作って広げたりと動作を繰り返す。
 どうやら薬だったから効力が持続しなかったようだ。ドラゴンボールを集めなきゃいけないかと案じていたが……何と人騒がせな奴だ。

「ねぇ、レクス」
「なんだ?」
「あの言葉はどういう意味? ボクが元に戻らないと寂しいって」

 一瞬何言ってんだと思ったが、昨夜の発言を思い出す。思わず口走ってしまった発言に、今更ながら気恥ずかしさが込み上げてくる。顔を逸らしながら追求から逃れようとする。

「元に戻れたからいいだろ」
「良くないよ。教えてくれなきゃ、てりゃっ」

 フューがオレの両手首を掴み、重みを加える。男の体重と力に敵わず、ベッドに押さえつけられた。手を動かしたくてもしっかりと握られているから動かせない。

「こうしちゃうよ?」

 フューは怪しく笑う。風呂の時と同じように、答えるまで意地でも退かないつもりらしい。
 仕方ないから、正直に話す。

「……お前と喋れなくなるのは困るし、お前の姿が見れなくなるのは悲しいって意味だよ」
「へ〜、そうなんだ〜」

 フューは嬉しそうにニヤついている。無性に腹が立ったので、手が離れた瞬間頭にゲンコツを落としてやろうと決めた。

「レクス」
 フューの顔が近づき、唇同士が触れ合う。
 鼻先にしたような一瞬だけくっついた。

「ボクも、キミとお喋りできないのは嫌だったよ」

 手首を解放し、両腕でオレの体を強く抱きしめてくる。パジャマ越しからフューの体温が伝わってくる。
 フューが元に戻ったんだと実感し、オレも両腕を背中に回した。

「……そうかよ」

 オレもだよという言葉の代わりに告げた。
 その後、フューに軽くゲンコツをし終えたのち、ラボから服を取りに行ったのであった。






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