フューのお菓子な一日、或いはアルスの災難な一日(前編)



 二月十二日、バレンタインデーの二日前。
 コントン都は本来時間とは関係のない場所だが、 それでは無機質だからと地球のイベントや月日を採用している。
 今の時期は街の看板やポスターがバレンタイン一色に染まっている。建物の壁には赤やピンク色の背景に、四角い形のチョコの写真がのったポスターが連続して貼られている。ポスターには金色の文字でバレンタインデー書かれていた。

「〜♪」

 最近流れているバレンタインをモチーフにした曲を鼻歌交じりに街の中を歩く。
 自分は地球のイベントは好きだけど、中でもこのイベントが一番好きだ。
 何故か? それはもちろん、地球から輸入されたチョコ菓子を沢山食べられるからである!

 バレンタイン商法という奴のおかげで、お店には様々なチョコレートが並んでいる。色とりどりの綺麗に包装されたパッケージや、中に入っている宝石のようなチョコレートを見るだけでも楽しいし、それを親しい人と一緒にシェアするとより美味しく感じられる。まさにチョコの日と言っても過言ではない。ビバ、バレンタインデー!

 とても素晴らしい行事でもあるが、悩みどころもある。

(先輩達のチョコ、今年はどうしようかなー)

 バレンタインというのは毎年やってくる。その度に、何を渡すかで頭を抱えてしまうのだ。
 大概は既製品か手作りの二択だ。既製品でも手作りでも、どんなチョコを作成する、どれなら喜んでくれるかと考えるだけで時間が過ぎ去ってしまう。恐るべきバレンタインデー、正に時間泥棒だ。

(いつもと同じはマンネリンな気がするし、ここはチョコパーティーin女子会とか開催するっすか?)

 各々で材料を持ってきて、全員で作るチョコパーティー。
 チョコ菓子がテーブルに並べられている場面を想像する。陶器の皿に鎮座する粉雪のような砂糖がかけられたガトーショコラ、数切れだけ切った四角いチョコテリーヌ、きつね色に焼きあがったクッキーにチョコクリームを挟んだチョコサンドクッキーやマカロンなどなど。
 空想しただけで甘い匂いがして、口の中から涎が出てきそうだ。これは絶対に楽しいと思い、開催することを決定した。

(先輩やエオスさんはもちろんルイスさんも誘うとして、フォスはまぁ仕方ないけど呼んでやるか。キルスちゃんは……断りそうっすね)

 キルスちゃんは先輩のファンだと豪語しているのに、何故か本人には会いたがらない。理由は『推しと会話できる空間とかムリみ強し。緊張しすぎて昇天する』と言っていた。自分にはよく分かんない感覚だった。
 まぁそれはともかく、他の人達とのスケジュールを尋ねよう。というわけで早速先輩に提案してみよう。

 転移装置ロボを使い、時の巣へと繋がる門前に到着した。
 青白いウネウネと動く壁を潜ると、時の巣へと移動する。辺りを見回しながら先輩を探すが、どこにも見当たらない。

 ふと、刻蔵庫前に目をやるとフューさんが立っていた。
 顎に片手を添え、真剣な表情で軽く俯いている。フューさんが思考に耽っている時、ああいうポーズをする。研究のことか悪い実験を思案しているんだろう。
 とりあえず、声を掛けてみる。

「フューさん?」

 フューさんが私の声に気付いたのか、こっちへと顔を向ける。

「あぁ、後輩ちゃん」
「先輩は?」
「居ないよ。どこか散策してるんじゃない?」

 腕を組みながらここで待機するか、スカウターで連絡するかで迷う。ここで待ってても会えない可能性はある。だからと言って、通信をして何らかの邪魔をしたら申し訳ないような。

「ねぇ、後輩ちゃん」

 すると、今度はフューさんが話しかけてきた。

「何っすか?」
「逆チョコって何?」
「……へ?」

 思わず変な声が出てしまう。
 あんまりイベント事に興味のないこの人から逆チョコなんて単語が飛び出してくるとは思っていなかった。

「逆チョコ、っすか? どこでその単語を?」

 フューさんによると、街をぶらついていた時たまたま見かけたポスターに逆チョコという文字が書いてあったようだ。バレンタインは女から男に贈り物をする日だと知っているフューさんにとって、聞きなれない単語だったらしい。

「逆チョコって言うのは男性から女性にチョコを贈って感謝を伝えたりすることっす」
「えっ? それだったら、ホワイトデーの存在意義って何なの? バレンタインにチョコをあげて、ホワイトデーにもお返ししなきゃいけないの?」
「先輩曰く、ホワイトデーは先輩の生まれ故郷のイベントみたいっす。自分の国の独自文化だから無視してもいいんじゃないかって時様にも言ってたみたいですけど、ノリノリで実装されたみたいっすよ」

 ちなみに、地球では白は純潔のシンボルらしく、爽やかな愛の象徴ということでホワイトデーと名付けられたようだ。ホワイトデーはマシュマロやクッキー、キャンディなどが選ばれるらしい。ホワイトデーにも美味しいお菓子が食べられるとは、恐るべき先輩の生まれ故郷だ。
 フューさんは納得したのか腕を組んで頷いた。

「なるほどなぁ」

 どうしてそんな質問をしたのか疑問に感じ、質問してみた。

「なんっすか? フューさんも先輩に贈り物をしたくなったんすか?」
「そうだねー、これを機に親友に何か送ってみようかなって。何が良いんだろう」

 あっさりと返答されて少し拍子抜けする。しかし、フューさんにも一応感謝の心があることに感心した。いつも先輩を振り回したりしているから、贈り物をするというのは当然といえば当然だ。
 自分はとある思いつきを、茶化すように言ってみる。

「じゃあ、フューさんもチョコ系のお菓子を贈ってみたらどうっすか? まぁ、天才科学者であろうとお菓子なんて高等なもの作れねーって思うっすけどねー」

 この時、未来の自分が今の自分を殴りたくなるような出来事が起こるなんて思いもしなかった。
 フューさんがはっとしたような表情をすると左手を皿にし、右手で拳を握って叩いた。

「そっか、その手があったや!」
「……えっ?」

 自分が限りなく余計な発言をしたような気がした。


「お菓子を作っていくよ!」
「待てや」

 次の日、フューさんの研究所のキッチンに居た。上はガスではなく電気で温める平なコンロで、下にはでかいオーブンが付属している。汚れが一つもなく、表面はピカピカだ。恐らくお掃除ロボが毎日掃除をしているんだろう。

 どうしてこんな所で突っ立ってるのか、回想しよう。
 フューさんと別れてから他のメンバーの予定を聞いたら、チョコパーティーの開催は難しいと分かったので、それなら知り合いに渡す用のチョコを作成することにした。材料を買いにショップに向かおうと歩いていたら、フューさんに話しかけられて瞬間移動で拉致られた。
 あれよあれよとロボによって頭には布巾を、体にはオレンジ色のエプロンを着させられていた。
 
 隣には服と同じ色のエプロンを身に纏ったフューさんが立っている。エプロン姿なんてレア中のレアだから、写真を売ったら一部のTP女子が殺到しそう。
 何故連れてこられたのか理解できないから説明しろよこの野郎状態だ。

「何で自分がここにいるっんっすか」
「え? 僕のサポートをしてもらうためだけど」
「ロボに頼めや!! あんたが一度でも自分に何かしてくれたことがねぇだろ!」
「えー、オレ・レイドを使わせてあげてるじゃないか」
「そ、それは……」

 それに対してぐうの音もでない。
 オレ・レイドと言うのは力試しの実験場だ。暗黒魔界の結晶を使用すると一時的にかなりのパワーアップ状態へと変貌し、他のパトローラーと戦闘で実戦経験を積んでいく。しかも、パワーアップしなければ発動しない技もあり、強化状態の悪人と戦うときの対策としてパトローラーたちが参加している。
 自分の場合は腕試しと任務が無い時の暇つぶしに参戦させてもらっているが、それでも手伝わされるのに納得できない。

「それに、ロボじゃ毒……味見とかできないでしょ? 自分の味覚を信じてるけど、他の人の毒、味見が必要かなっって」
「味見じゃなくて毒味だよなぁ!?」

 こいつ二回も毒味を味見と言い換えやがった、人を実験台にする気満々に思える。

「お願いだから付き合ってよ、お礼にカプセルのセットを後輩ちゃんだけに作ってあげるからさぁ」

 片目を閉じながら両手を合わせておねだりのポーズをしてくる。そう言うポーズは美少女の自分がやってこそであって、イケメンは許されんだろ。先輩と大先輩は許す。
 カプセルは結構高い値段で売られてるので、正直欲しい。でも普段から先輩に馴れ馴れしいこの人の力になるなんて絶対嫌だし、自分だって先輩のチョコ作りをしなきゃいけないのにフューさんの手伝いなんてしている暇も義理もねぇのだ。

 しかし、よくよく考えてみる。
(こいつがもし先輩にとんでもないものを食べさせたら?)
 自分がここで拒否しても、フューさんは何食わぬ顔でお菓子作りを始めるだろう。もしも、ヤバイ薬を混入したチョコを先輩に渡したら?

 自分の脳内でフューさんが手渡したチョコを受け取り、それを口に入れ、顔色を青くしながら倒れる先輩の映像が浮かんだ。これは一大事だ。お菓子によってコントン都の英雄が撃沈したなんて噂が立ったら、現悪人の先生方が好機だとばかりコントン都で暴れかねない。

「……今回だけっすよ」

 フューさんはパァっと顔を明るくさせる。
 無論、フューさんに力を貸すんじゃない。全ては先輩とコントン都を守るのが目的だ。

 見ていてください、先輩。自分がコントン都と先輩の胃袋を守護するために頑張るっす!!
 決意をすると、脳内にいるイマジナリー先輩が無理しないようになと応援してくれている気がした。

 改めて、フューさんがどんなお菓子を作るかを尋ねてみた。

「で、何を作るんっすか?」
「チョコレートケーキだよ」
「調理経験皆無がケーキに挑戦すなダァホ!!」

 まさかの無謀な挑戦に口が悪くなってしまった。
 クッキーならまだ分かる。お菓子初心者御用達で、材料を混ぜて、型を抜いて焼けば完成する超絶簡単なお菓子だからだ。しかし、ケーキは違う。段取りを間違えてしまえば失敗してしまう。
 お菓子初心者の人間がケーキに手を出すなんて、コントン都に来たばかりの新人が悟空さんにケンカを売るぐらい無謀な挑戦だ。
 当の本人は不思議そうな顔をしながら首を傾げる。

「え? クッキーもケーキも一緒のような物じゃない」
「アホか! クッキーとケーキは別物だし、ケーキの方が難しいっすよ!」
「そこは天才科学者のボクにかかれば大丈夫だよ」
「その自信どこから湧き出てくるんっすか?」

 ポジティブ星人かこいつ??
 ツッコミたい所が色々あるが、時間の無駄だからとっとと作業へと移ろう。
 林料などはキッチンに並べられている。切り分けられた薄黄色のバター、新鮮そうで丸々とした二つの卵、既に振り分けられた小さい茶色の山のように積み上がったココアと白い雪山のような小麦粉など完璧に下準備ができていた。フューさんがしたのか聞いたところ、全てロボがやっていたようだ。ですよねーと心の中で返した。






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