花言葉の意味



 満月が天高く昇る夜、木が生い茂る森に半球体型の施設が立っている。
 施設内部の一室、丸い球体型のコンピュータの中空にはたくさんの液晶画面が浮上している。
 空中に浮かんでいる椅子に、胡座をかきながらフューが座っていた。両手を頭の後ろにやり、背もたれに体重を掛けながら天井を見つめている。

「……どうしようかな?」

 右上の液晶へと目を向ける。液晶には今日の日付である二月十三日と表示されていた。
 頭の切れる科学者である彼は、とある出来事に頭を悩ませていた。
 それはお気に入りの研究対象であり自身の恋人である、レクスへのプレゼントについてだ。

 去年も翌年もチョコ菓子を渡した。今年もチョコ菓子をプレゼントしようと考えたが、正直に言うと同じような繰り返しは退屈だと思った。レクスは受け取ってくれるが、フューは別の何かをあげたいと感じていた。
 しかし、これと言えるアイディアが思い浮かばないまま数時間が経っていた。

 埒があかないと思い、液晶キーボードを起動してバレンタインと贈り物と入力する。
 検索結果が次々と出てくる中、一つの液晶がフューの興味を引いた。
 そこには、バレンタインはチョコの代替に薔薇を送る地域もあると記されていた。ハート型のチョコの隣に、真っ赤な薔薇が添えられている画像も載っていた。

「薔薇、かぁ」

 フューはレクスに花を贈ったことがない。大概レクスにあげるものは、強くなるためのトレーニングスーツやホイポイカプセルという実用的な物ばかり。研究者のフューとしては、役立つ品を与えた方が自分にとっても相手にとってもメリットになるという考え方があったからだ。
 ふと、レクスの家に足を運んだ時、玄関に設置されている靴箱の上に花の入った白い花瓶が飾っていたのを思い出す。置いているところをみると、花が嫌いではないだろうと予想した。

「うん、決めた」

 今年は趣向を変え、チョコの代わりに花を渡そうと決定した。喜ぶかどうかは未確定だが断ったりはしないだろう。
 花を差し出され驚くであろうレクスの反応を想像し、フューは少しだけワクワクした。

 そうと決まれば、早速準備に取り掛かる。
 何色の薔薇か、本数はどれくらいにするかなど液晶画面と向き合いながら熟考した。


 バレンタインデーの夜。
 フューはレクスの家の前に瞬間移動する。利き手に持っているのは、透明なフィルムに包まれた三本の真紅の薔薇だ。下部分は空色のリボンが蝶々結びで纏められていた。
 赤にしたのは派手な色なら玄関で目立つし、三本なら世話をしやすいと思考したからだ。

 薔薇の花束が見つからないように片手を後ろへと回し、空いている手の人差し指で家のチャイムを押した。音が鳴って数秒後、玄関のドアが開く音がする。
 中からレクスが出てきた。

「こんばんは、親友。遊びにきたよ」
「ん。どうぞ」

 レクスに促され、フューは家の中に入っていく。靴を脱ぎ、リビングへと繋がるリビングを歩いていく。

「チョコを取ってくる。待っててくれ」

 そう言い、レクスはキッチンへと向かう。
 フューは立ったまま待機をする。
 レクスが戻ってくる、手には茶色の包装紙に梱包された四角い箱を持っている。それをフューへと差し出した。

「ほら。今年は生チョコを挟んだクッキーサンドを作ってみたんだ」
「わー! ありがとう!」

 フューは片手で箱を受け取る。レクスの手作りお菓子は美味しいので、帰ったら早速食べようと心を躍らせた。

「なぁ。さっきから気になってたけど、さっきから座らずに立っているんだ? あと、片手を後ろに回してるのは?」

 後ろに隠している腕にレクスの視線が注がれる。フューへと視線を戻し、一体何を企んでると言いたげな目線を向けた。

「ふふっ、ジャーン!」

 掛け声とともに、フューはレクスの目の前に薔薇の花束を目の前へと移動させた。
 レクスは二・三度瞬きをし、フューと薔薇を忙しなく交互に視線を移す。

「いつもチョコレートだと飽きるかなと思ってさ。今回は趣向を変えて花を用意したんだ、綺麗でしょ?」

 フューは得意げな表情で話し、レクスの顔を見る。
 いつものポーカーフェイスが少しだけ崩れ、目を見開き呆気に取られたようなレクスは薔薇の花束を凝視している。

(あれ?)

 予想外の反応にフューが驚かされた。フューの想像では花を送ってくるなんて珍しいな、と意外そうな顔をすると踏んでいた。

「貰っていいのか?」
「え? あ、勿論だよ」

 レクスは手を伸ばしフューから薔薇の花束を受け取った。大事そうに抱きかかえ、空いた手でそっと花弁を指先で優しく撫でている。
 その様子に、フューは何となく面映い気持ちになる。顔はいつも通りになのに、行動から嬉しさを滲み出しているのが分かるからだ。照れくささから目線を合わせることができなかった。
 花も渡せたし、帰宅しようとフューは考える。

「それじゃあ、そろそろ僕は帰るね。チョコクッキーサンド、ありがとう」

 レクスに背を向け、玄関に向かおうとすると。

「フュー」

 唐突に、レクスが声をかけた。
 フューは振り返る。

「何?」
「薔薇の花言葉と、本数の意味って知ってるか?」

 レクスの言葉にフューは首を傾げる。
 聞き慣れない単語と新しい情報を鸚鵡返しのように返答した。

「ハナコトバ? それと本数に何か関係性があるの?」
「……気が向いた時に調べてみろ」

 フューは疑問に思ったが、それ以上は追求せずにレクスの家を出て自宅へと戻った。


 自宅の研究室、一体のお掃除ロボが掃除機を持って研究室を掃除している。
 机には生チョコが挟んであるココア色のクッキーが白い皿の上に置かれていた。フューは椅子に座りながら手を伸ばし、クッキーサンドを掴んで口元へと運んだ。
 口を動かしながら、レクスの言葉を脳内で反復する。

『薔薇の花言葉と、本数の意味って知ってるか?』
『……気が向いた時に調べてみろ』
(どういう意味だろ、あれ)

 フューは腕を組み体を軽く傾ける。
 ハナコトバという単語は初めて聞いたし、本数もただ世話がしやすいように少量にしただけだ。
 薔薇を渡した瞬間のレクスの態度や言葉の意味がどうにも引っかかる。地球では花を贈呈するのは何か重大な意味があるのかもしれない。
 では、なぜレクスはそれを直接教えてくれなかったのか。世話焼きの彼女の性格を考えると自分の知らない知識などは口頭で伝えてくれるはずだからだ。

 蛇口を捻った水のように疑問が頭に広がっていく。
 気になったフューはレクスのいう通り調べてみることにした。
 液晶キーボードを起動し、画面に【花言葉】と入力する。検索結果を出した液晶画面が次々と表示されていく。その中でより詳しく書いてある画面を選択した。

 花言葉とは、花など植物に対して象徴的な意味を持たせる言葉のようだ。花だけじゃなくて草や木、果てには花なんて付かないキノコなどにも存在する。起源は不明だが、地球のある国では恋人への贈り物は文字や言葉ではなく花に想いを託して贈るという風習が存在しているようだ。それが別の国に伝わり、世界中で花言葉というものが流行ったらしい。

「なるほど、花に意味があったのか。……じゃあ、薔薇の花言葉って何だろう?」

 検索バーから文字を削除し、新たに【薔薇 花言葉 本数】と数分で打ち出し、検索のボタンを押す。
 検索結果の記事を読み進めていくと、フューは徐々に目を大きく見開いていく。
 自分の机に顔面を打ちつけると、バンッという大きな音がなった。
 音を聞きつけたロボが、足の役割をしている車輪を動かしてフューへと近づく。

「フュー様、如何なさいました? すごい音が鳴りましたよ」
「…………何でもない。悪いけど、キミはこの部屋以外の掃除に行って」
「了解いたしました」

 ロボは命令通りに掃除を続けようと研究室を出ていった。
 機械音が遠くにいったのを聞き届け、フューは顔を上げる。
 紫色の頬に血が集中し真っ赤に染め、頬だけではなく耳まで同じ色になっている。半目になりながら困ったように眉を寄せていた。
 目の前の画面にはバラの花言葉と本数の意味が記されている。

『赤い薔薇の花言葉は愛情、美、情熱、熱烈な恋、美貌。薔薇を三本渡された時の花言葉は、貴方を愛しています』

 文章を読み、フューは思わず机に突っ伏して呻き声を出す。

「あ゛〜〜っ、だから親友は言わなかったのかぁ??……」

 言葉の意味が理解できたと同時に、彼女に直接聞かなくてよかったとすぐに帰宅した自分を褒める。こんな顔が熱くなるような言葉を口で伝えらたら、顔を真っ赤にした自分の醜態を晒していたところだ。

「……明日からどんな顔で話せばいいのかな」

 レクスは花言葉も意味も把握しているんだろう。そうじゃなきゃ、受け取ってお礼を言ってで終わっていたからだ。今彼女が何を考えているのか非常に気になるが、尋ねるのは憚られた。
 重いため息を出し、明日どうしようかと頭を抱えるフューであった。






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