英雄のぬいぐるみ



 とある日の午後。レクスとアルスは、様々な種族が賑わっている繁華街エリアへと足を運んでいる。二人は普段の仕事着ではなく、オシャレ着を着用していた。
 レクスは隣りにいるアルスに顔を向け、話しかける。

「アルス、そのぬいぐるみ屋ってのはどこなんだ?」
「もうすぐつきますよ〜」

 昨夜。レクスが自宅で過ごしていると、アルスから通信がはいった。内容は一緒にぬいぐるみの専門店に行ってほしいということだった。コントン都に新しくできた店で、歴史上有名な英雄から悪役まで全ての人形が揃っていると聞いた。一緒に行く予定だった友達は仕事が入ってしまったから、レクスを誘ったようだ。
 ちょうど明日の午後の予定を考えていたので、レクスは了承することにした。
 パトロールの仕事は午前で終わり、二人は一旦家に帰って私服に着替え、アルスの案内で向かうことになった。
 アルスが数メートル先を歩き出し、とある場所で足を止める。

「ここっすよー!」

 レクスはアルスの前で立ち止まる。そこはピンク色の屋根をしたカプセル型のショップだった、外装はコントン都にあるショップとと同じ形をしている。入り口の傍には縦長で緑色の黒板がイーゼルに飾られている。黒板には『ようこそ、スタッフトエニモルへ』と書かれた文字とクマのぬいぐるみの絵が描かれていた。
 アルスがドアを開けると、レクスも続いて中には言っていった。

「わーー!」
「おー」

 店内を見て、レクスとアルスは感嘆する。
 壁にはたくさんのぬいぐるみが並べられ、奥には木でできた机とレジがあった。ぬいぐるみは左右の壁に飾られた木の棚に座っており、有名な英雄から悪役までデフォルメされた様々なキャラクターの人形がおいてあった。大きさは両手に持てるぐらいのものだった。アルスは興奮気味に左に置いてあるギニューの人形に手を伸ばす。

「先輩! すっごく可愛いっす!」

 外見はギニューを模した二頭身の人形、特戦隊の服装も細かいところまできっちりと作り込まれている。レクスはぬいぐるみの頭を軽く触った。

「へぇ、触り心地がよくてふにふにしてるな」
「使っている布がすごくいいものっすね!」
「お気に召しましたか?」

 レクスとアルスに別の人物が声をかけた。
 左右に別れた薄黄色の髪に、ツルッとした髪と同じ色をした肌。白目の部分は黒で塗りつぶされ、薄紅色の瞳をしている。白い襟のついたピンク色のワンピースを着ている。その上からは白緑色のエプロンを着用し、エプロンの真ん中には店の名前が書かれていた。肌と髪が同色なところ見て、魔神族の女性だった。

「えっと?」
「失礼いたしました、私はここの店主をやっているコットンと申します。よろしくお願いいたします」
「ご丁寧にどうも。オレは」
「知っております。コントン都の英雄様ですよね、台座に映っている姿を拝見しています」
「……そうですか」

 レクスは頬を指でかき、視線だけを別の方向へと向ける。その様子をコットンは微笑みながら見つめていた。レクスが店内を見渡しながら口を開く。

「すごい数の人形っすね。有名なヒーローから悪役まで全部揃ってるんですか?」
「はい。棚に出してない子達も居ますが言ってくれたら、倉庫の方からお出ししますよ」
「先輩先輩! 悟空さんやベジータさんの人形見つけたっす!」

 アルスは二体の人形をレクスへと持っていった。亀仙人の道着を着た悟空とトレーニングスーツを着たベジータの人形だった、首から『sold out』と赤文字で書かれたプレートがかけられている。レクスは人形を受け取る。

「やっぱり、二人の人形もあるんっすね」
「入荷してもすぐ売り切れになっちゃうんです。このお二人はコントン都でも一、二位を争う人気ですね」
「だと思いますよ」

 悟空の人形の頬を軽く触りながら、レクスは同意する。
 レクスが通っていたパトロール養成スクールでも、二人の偉大さが語られている。セルや魔人ブウ、フリーザという強敵に立ち向かいながらも地球の危機を何度も救った英雄、孫悟空。最初は敵でありながらも、ライバルとし彼と戦い、支えつづけたベジータ。このコントン都で二人を尊敬してる人は大勢いるだろうと、レクスは考えた。

「先輩、先輩!」
「今度はな――おん?」

 アルスが持ってきた人形を見て、レクスは思わず変な声を出してしまった。
 目を輝かせているアルスの腕の中にいるのは、レクスとクラスの人形だった。服装、髪型、目つきともに二人にそっくりだ。クラスの方には悟空やベジータと同じ札が首から下げられていた。
 レクスはまじまじと、自分の姿を模した人形を見つめる。

「これって……」
「はい、コントン都とトキトキ都の英雄を模したぬいぐるみです。人気なんですよ」
「オレ、こんなの売るなんて聞いてないんっすけど」
「えっ!?」

 コットンは驚いた顔をする。アルスとレクスは疑問を感じながら顔を見合わせ、コットンへと視線を戻した。

「えって、どういうことっすか?」
「お二人の人形を作る時、時の界王神様に相談したんですが……」
『二人の人形を作りたい? もちろんオッケーよ! 私から二人に話を通しとくから、作ってあげて!』
「って言ってたんですけど」

 コットンはオロオロとした様子になる。アルスは苦笑を浮かべ、レクスは半目になり眉の片方が小さく痙攣していた。

「時の界王神様、絶対言うの忘れてるっすよね」
「あの人らしいなぁ」
「ごめんなさい! 駄目なら回収しますので……!!」
「いや、いいですよ。もう売ってしまってるし、全部回収するのも骨が折れると思います。気にしないでください」

 申し訳無さそうな表情で頭を下げるコットンをレクスは制止する。時の界王神様にあったら、そう言うことはちゃんと伝えてほしいと言っておこうと内心考える。

「大先輩の人形は売り切れてるけど、先輩の方はまだあるんっすよね? 一個売ってもらえないっすか?」
「あっ、すいません。レクスさんの方は一時間前に売れてしまったんです」
「え〜!! あったら部屋に飾ろうと思ったのに〜」
「やめてくれ。知り合いに自分の人形買われるとか恥ずかしすぎるだろ」

 拗ねるように頬をふくらませるアルスの頭を、レクスはポンポンと右手で触った。二人のやり取りをコットンは微笑ましそうに見守っていた。
 アルスの目的でもあるギニュー特戦隊の人形を購入し、二人は店を出た。
 上機嫌に鼻歌を歌いながら、アルスは右手に持っている白い紙袋を見る。

「先輩、今日は付き合ってくれてありがとうございました!」
「こっちもな。ああいう面白い店があるってことが知ることができた」
「今度は先輩たちの人形をゲットしますね!」
「やめろつってんだろうが」

 レクスの反応に、アルスはおどけて笑ってみせる。後輩の笑う姿を見て、レクスはため息を出す。
 ふいに疑問が浮かぶ。
 コットンは自分の人形は一時間前に売り切れになったと言っていた。誰が買っていったのかと、少し気になった。

「先輩、どうしたっすか?」

 我に返ると、先を歩いていたアルスが不思議そうな顔で覗き込んでいた。レクスは顔を横に振り「なんでもない」と言う。これについては気にしてもしょうがないことだと、深く考えないようにした。

 翌日、レクスは時の界王神に会うために刻蔵庫へと向かっていた。昨日の人形の件を話すためだ。許可するのはいいがちゃんとこっちにも連絡してくださいとお願いしようとしている。
 刻蔵庫の手前で、座りながら何かをしている見慣れた後ろ姿があった。レクスはひと目でフューだと分かり、彼に近づいた。
 後ろから覗き込みながら、声を掛ける。

「何して」

 不意に、フューの膝の上にある物体が司会に見えた瞬間、レクスは眉間にシワを寄せ思いっきり顔をしかめた。
 声に気づいたフューは、作業の手を止めレクスの方へと顔を向けた。

「あ、パトローラー君。変な顔してどうしたの?」
「……フュー、それどうした」

 レクスはフューの膝に乗っている物体――自分の人形を指差す。
 棚においてあるように、膝の上にこぢんまりと座っていた。フューは人形を両手に盛り、その場から立ち上がった。

「これ? 昨日コントン都を散歩をしていたら、この人形を持った女の子が出てきたんだ。気になって店の中に入ったらたまたま見つけたんだよ。店主さんが、最後の残り一個ですよーって言ってたんだ。ラッキだよねー」

 明るく話すフューとは対象的に、レクスの眉間のシワが深くなっていく。人形が売っていたことはともかく、それを自分の知り合いが買っているとは予想もしなかったからだ。
 レクスは右手で目元を覆い、大きくため息を出す。フューへと片手を伸ばした。

「その人形、こっちによこせ」
「え〜、やだよ」
「ダーブラに言った時と同じ発音してんじゃねぇよ。知り合いが自分の人形持ってるとかこっちが恥ずかしいんだよ、今すぐよこせ」
「ボクが買ったんだから別にいいじゃん」
「だったら倍の値段で買い取るからよこせ」
「や〜だ〜」
「あっ、テメ、自分の身長を生かすな……!」
 
 フューは人形を取られないように両手で高く掲げあげる。レクスがジャンプやつま先立ちをしたが、身長が十三センチ差あるせいか人形には手が届かなかった。舞空術を使えば簡単に取れるのだが、時の界王神との約束を破れないため使うことができなかった。
 しばらくして、レクスは人形を奪い取るのをやめた。ジャンプして体力が消耗したのかその場に座り込む。悔しげな表情を浮かばせていた。

「くっそ……」
「別に変なことに使う気なんてないからいいでしょ? この子の触り心地がいいから、手元においてるだけなんだから」

 そう言い、フューは人形の頭を撫でる。
 レクスはフューを軽く睨みつけ、盛大に溜息をついた。

「……本当に変なことには使わないんだな?」
「もちろん」
「ロボットとかに改造しないか?」
「……」
「その手があったかって表情するのやめろ、それするくらいならよこせ」
「しないよ〜! 冗談だよ、冗談」

 レクスは疑いの眼差しを向ける、フューはニコニコと笑っていた。
 このやり取りを経て、グッズ関連の話は全て自分に報告してくださいと伝えようとレクスは固く決心したのであった。






top