温もり恋しく 「フュー」 名前を呼ばれ、フューは声の方へと振り向く。名前を呼んだのは、彼の親友であるレクスだった。フューは笑顔で対応をする。 「やぁ、親友。今日は実験に付き合ってくれるの?」 「……」 レクスはじっとフューの顔を見つめる。返答をしないレクスを、フューは不思議に思い首を傾げた。 「どうしたの?」 「……フュー、ちょっと両腕を広げてくれないか?」 「なんで?」 「いいから」 フューは疑問に思いながら両腕を軽く広げる。 すると、レクスがフューに抱きついた。腰に両腕を巻き付け、胸に顔を埋める。 フューは目を大きく見開きながら、固まる。普段はスキンシップしてこないレクスがいきなり抱きついてきたので、思考が追いつかない状態だった。 数秒後。今の現状が理解し、フューは頬を赤らめ狼狽する。 「ちょ、パトローラー君、どうしたの?」 「ん……」 レクスは答えずただフューを抱きしめる。 その姿を見て、フューは少しだけ自分の鼓動が早くなるのを感じた。抱きしめ返したいと思い、広げていた腕で抱き返そうとした。 「よし、サンキュ」 抱き返そうとした直前、レクスはフューから離れる。 「へ?」 「じゃあ、行ってくるわ」 ぽかんとしているフューをよそに、レクスは背中を向けて歩き出した。 レクスとすれ違うように、アルスがやってくる。不思議そうな顔でレクスを見た後、フューを見つけて近寄った。 「あ、フューさん。先輩となにかお話してたんっすか?」 「……後輩ちゃん」 「ん?」 「この行き場のない気持ちどうすればいいと思う……!!」 「実験し過ぎで頭が茹だったんっすか?」 何かを悔しがっている様子のフューを、アルス訝しげに見つめる。 立っているままじゃ疲れるからと、二人はトキペディアがある草原へと座りながら話す。フューから先程の出来事を聞き、アルスは納得したような表情としながら、腕を組んで頷いた。 「つまり要約すると、先輩からスキンシップしてくれたのにもかかわらず先輩が一方的にスッキリして自分はもやもやしっぱなしで腹立つ〜〜ってことっすか?」 「その言い方やめてくれない? すごくバカっぽいよ」 「は、腹立つ〜〜〜!! まぁ、フューさんは後で殴るとして、同じことされたんっすね」 「同じことって、もしかして」 「はい。だいぶ前だけど、自分もされたっすよ。名前呼ばれて、抱きしめられたっす。自分は先輩がスキンシップしてくれたのが嬉しくて、ハグし返しましたけどねー」 アルスはその時のことを思い出しながら、嬉しそうに顔をほころばせた。自分だけではなかったことに少しだけ腹が立ち、フューは少しだけムッとした表情でアルスを見つめていた。 「けど、先輩のあれって結局何でしょうね? 理由を聞こうとしたんっすけど、タイミングが合わなくて聞けずじまいで終わってるんっす」 「そこはちゃんと聞いといてよー。使えないなぁ」 「フューさん一発ぶん殴っていいっすか?」 額に青筋を浮かべながら、アルスは拳を握りしめる。フューはアルスの反応を無視し顎に指を当て考える。レクスがスキンシップに慣れていることは知っている、だが自分がしる限りではレクスからスキンシップを取ることなんてほぼなかった。フューの頭の中で浮かぶのは疑問だけだった。 「何話してんだ?」 フューの後ろから声がした。アルスとフューがど王子に声の方へと顔を向ける。 そこには、クラスが立っていた。 「大先輩!」 アルスは笑顔になりながらは立ち上がり、クラスへと近づく。クラスはアルスの頭を撫でる。 「遅くなって悪いな、後輩」 「お気になさらずっす!」 「……どうして先輩パトローラーくんが?」 「今日は二人でタイムパトロールに行く約束してたっす! 時の巣を待ち合わせ場所にしてたんっすよ」 「ふーん」 「それで、何の話をしてたんだ?」 「実はっすねぇ」 アルスが先程の話をクラスに説明した。 「ああ、レクスの癖が久々に出たのか」 「大先輩もされたことあるんですか?」 「あるぞ。ここにきて半年ぐらいたったときかな。いきなり抱きつかれてちょっと驚いたなー」 懐かしむようにクラスは笑みを浮かべる。「やっぱりなー」とアルスはつぶやいた。フューは半目になりながらクラスを睨むが、クラスはフューの視線を気にしていない様子で微笑んでいた。 「じゃあ、大先輩は先輩の癖の理由を知ってるんですか?」 「あぁ、本人から聞いたしな」 「どんな理由があるんですか?」 「う〜ん」 クラスはフューの方に目を向ける。そして、口角を上げた。 「アルスには後で教えてやろう」 「わ〜い!」 「ちょっと、ボクには?」 「フューは自分で聞けばいいだろ? レクスの親友なんだからさ」 フューの不満そうにクラスを見つめる。クラスはアルスへと顔を向けた。 「さて、アルス。そろそろ行こうか」 「了解っす! じゃあ、フューさん。自分たちはこれで!」 アルスがフューへと手を振り、先に歩くクラスの後ろをついていった。 あぐらをかき、頬杖を付きながら不愉快そうな表情をするフューだけが残された。 夜、フューはレクスの自宅へと遊びに来ている。抱きついた張本人は、昼間の出来事を気にする様子もなくフューの来訪を迎え入れた。 夜ご飯を食べ終わり、レクスは台所で食べ終わった食器を洗っていた。 フューはソファーに座りながらのんびりとテレビを見ていた。フューの脳裏に、クラスの言葉が脳内で再生される。 食器を洗い終わったレクスが、リビングにはいってきた。フューはレクスに話しかける。 「パトローラー君、ちょっとこっちに来て」 「なんで?」 「いいから」 レクスは眉をしかめながら、まっすぐフューに近づく。フューはレクスの手首を握り、自分の方へと引っ張った。 「うおっ」 引き寄せられるまま、レクスはフューの胸元へと倒れ込んだ。レクスが倒れ込んでくるのと同時に、フューはソファーに横になる。両腕を背中へと回し、昼間のうっぷんを晴らすようにきつく抱きしめた。 「おい、フュー。苦しいぞ」 「昼間の仕返しだよー」 「仕返し?」 「自分が何したのか忘れたの?」 フューは半目になりながらレクスを見つめる。レクスは視線を上に向けて黙り込み、口を開いた。 「あぁ、お前に抱きついたことか」 「そうだよ。ボクが抱きしめ返そうとしたら、何もなかったみたいな顔で去っていったじゃん」 「オレが満足したからいいかなって」 「パトローラー君そういう所あるよねぇ……!」 すまんすまんと言いながらレクスはフューの頭を軽くなでた。フューは不満げに頬を膨らませた後、気になっていたことを聞くことにした。 「ねぇ、パトローラー君。どうしていきなり抱きついたの? 普段のキミなら、そんな事しないでしょ」 「なんとなくじゃダメ??」 「何でなんとなくで誤魔化せると思ったのさ」 レクスはフューから視線をそらす。眉間に微かにシワを寄せ、思案するように口をつむぐ。フューは焦らせず、レクスが口を開くのを待った。 フューの視線に根負けしたのか、レクスはため息をつきながら口を割る。 「……前に、オレが孤児院育ちだって話ししたよな?」 「うん」 「そこの副院長だった人が、スキンシップ激しめでな。寝る前とか出かける前とかよく抱きしめられてたんだ」 「それは結構激しめだね」 「だろ? それで、うちの年少たちも真似し始めてよく寝る前とか抱きしめてってをねだられたんだよ。それが習慣化してったんだ。……まぁ、結局簡単に言うと――寂しさを紛らわしたかったんだろうな」 レクスは自嘲気味に微笑む。笑われても仕方ない、そんな雰囲気をまとっていた。 黙って聞いていたフューは軽くまばたきをする。 「何だ、そんなことだったんだ」 「そうだよ、そんな……ん?」 フューはレクスの両肩を持ち、起き上がらせた。フューも起き上がり、真正面からレクスに包容をする。レクスは面食らったような表情をし、フューの方へと視線だけを向けた。 「フュー?」 「寂しさならボクが埋めてあげる」 「え?」 「寂しいと思ったならボクに抱きつきなよ。寂しいって気持ちを吹き飛ばしてあげる、キミのそばに居てあげるからさ。ね?」 フューは一旦レクスから離れ、自分の額をレクスの額へとくっつけた。赤い瞳がまっすぐと青い瞳を射抜く。レクスは少しだけ驚いた表情を浮かばせていた。 「あ、でも、ボク以外の人を抱きしめちゃダメだよ?」 「……アルスやクラスさんは?」 「後輩ちゃんはまだいいけど、先輩パトローラーくんはダメ」 「何で?」 「異性だから」 「お前も異性だろ」 「ボクは親友だからいいの」 「――ふっ、なんだそれ」 レクスは吹き出し、くすぐったそうに笑う。レクスの笑う姿を見てフューは嬉しそうにほほ笑みを浮かべた。 ひとしきり笑い終え、レクスはフューに抱きつく。 「悪いけど、しばらくこうしてていいか?」 「もちろん。キミの気の済むまでどうぞ、ボクの親友」 背中に回した手を後ろ頭へと伸ばし、フューはレクスの髪をなで上げた。レクスは目を閉じフューの体温を感じ続けた。 |