雨の訪問者



 夕方。空は黒い雲に覆われ、雲から落ちてきた雨粒が地面を濡らす。普段は晴れているコントン都にしては珍しく、雨が降っていた。外を歩く人間たちは傘を指しながらそれぞれの自宅へと向かっていく。
 フューはこうもり傘を差しながら、ある場所へと歩いていた。目指しているのはレクスの自宅だ。
 遊びに行くと言うよりも夕食を食べにと言ったほうがいいだろう。彼女の家に行っては、フューは夕食を食べさせてもらっている。
 最初の頃はレクスも文句の一つを言っていたが、フューが来ることが当たり前になったのか何も言わなくなった。
 自宅前のドアにつき、人差し指でチャイムのボタンを押す。ピンポーンと音がなった。
 数秒後、家の中から足音が聞こえた。
 ドアが開けられると同時に、レクスが出てきた。いつものパトロールの服ではなく、半袖の部屋着姿だ。普段結っていた髪も下ろされている。

「フューか」
「やぁ、遊びに来たよ」
「ご苦労なこった。とりあえず、上がってくれ」
「おじゃましまーす」

 レクスに促され、フューは玄関で靴を脱ぎ、揃えた。
 中に入るとレクスがなにか思い出したかのように、振り向く。

「あぁ、そうだ。リビングに先客がいるけど気にしないでくれ」
「先客?」
「みればわかるさ」

 フューは首をかしげる。彼の想像する先客はアルスとクラスだった、レクスと親交の深い二人なら遊びに来てても違和感がない。しかし、玄関には二人の靴がなかった。
 なら誰がきているんだと、フューは疑問に思った。
 リビングに行き、ソファーに座ろうとする。

「ん?」

 ソファーの上にいる物体を見て、フューは驚いた表情をする。
 それは猫だ。
 大きさは中くらいで、ほっそりとしている。灰色で短い毛並みをしており、目の色は青色だった。人馴れしてるのか、フューの登場に驚く様子はなかった。尻尾の先を上下に動かしながら、のんびりと丸まっている。

「パトローラー君、この子は?」
「任務から帰って来たら、玄関先で雨宿りしてたんだよ。そのままにしてやるのも可哀想だと思って、中に入れてやったんだ」

 レクスは台所へ行き、冷蔵庫から食材を出していく。

「そいつ、首輪が付いてるから多分飼い猫だと思うんだ。雨が止んだら飼い主を探してやらなきゃな」

 フューはソファーに座り、猫の首元に視線を向ける。首元には革製の首輪が付けられていた。フューは首輪と毛並みを見て、どこかのお金持ちに飼われている猫なんだなとすぐにわかった。

 夕食を食べ終わり、二人はレクスの自室へと移動していた。二人はベッドの縁に座っていた。

「よしよし」
「……」

 レクスは自分の膝に乗っている猫の喉を、指先を使って優しくなでている。猫は気持ちよさそうに目を細め喉を鳴らしていた。フューはレクスの隣に座り、膝に肩肘をつきながら、もの言いたげな目で見つめていた。
 二人が部屋に入ろうとすると猫も一緒についてきた。ついてきたなら仕方ないと、レクスは部屋に入れることにした。
 フューは不満げな顔でレクスと猫を睨む。レクスが動物と触れ合ってる姿は可愛いと思うが、遊びに来た自分を放っておいて戯れているのが気に食わない。視線を向けても、レクスは気づく様子もなく猫の頭をなでている。その様子がますますフューを苛つかせた。
 フューはレクスとの距離を縮ませ、体重をかけてよりかかった。

「フュー?」

 重さで気づいたのか、レクスは視線だけをフューに向ける。フューは自分にも構えと言わんばかりに、レクスの髪に顔を擦り寄らせる。

「ふっ」

 空気を吹き出す音が聞こえた。フューが一旦離れると、手の甲で唇を押さえ笑いをたえようとするレクスの姿があった。

「何?」
「いや、でっかい猫だなーって思っただけさ」

 ふふっと微笑ましそうにしている。レクスの発言に、フューは険しい表情をする。自分が嫉妬している猫と同じ扱いなのが癪に障った。
 フューは数秒考えた後、何かを思いついたのかニヤリと口角を上げた。レクスの両肩を掴み、そのままベッドに押し倒した。

「うおっ!?」

 レクスの膝の上に居た猫は驚き、膝から床下へと降りる。
 軽くまばたきをしながら、レクスはフューを見つめる。目は何をするんだと言いたげだ。
 フューは悪い笑顔を浮かべながら、レクスへと顔を近づかせる。舌を出し、軽くレクスの頬を舐めた。

「んっ!?」

 片頬から首筋へと移動し、舌の存在を強調するかのようにゆっくりと舐め始める。レクスは体を震わせ、フューの両肩を掴み引き離そうとした。

「おいっ! いきなり何するんだ」
「猫みたいだって言ったのはパトローラーくんでしょ? だから猫みたいに甘えてみようと思ってね」
「猫は首筋なんて舐めなっ!」

 フューが顔を上げ、レクスの耳元へと移動する。軽く息を吹きかけ耳たぶを甘噛し始めた。歯を立てないよう、ゆっくりと唇を這わせていく。
 レクスの頬がりんごのように真っ赤になっていく。恥ずかしさのあまり、耳も同じ色に染まっている。フューの肩に手を添えて突っぱねた。

「わかった、猫扱いして悪かった。だから、耳を噛むのは止めっ」

 口を開いた瞬間、フューに唇を塞がれる。
 数回ほど軽いリップ音を鳴らし、離れた。フューは鼻先どうしをくっつける。

「うん、素直に謝ったから許してあげる」
「じゃあ今すぐに」
「でも」
「あ?」
「途中で止めるなんて言ってないからいいよね」
「あっ!? ちょ、流れ的にはやめる所……〜っ!」

 レクスの言葉はフューによって飲み込まれる。
 床からベッドの下に移動した猫は、つまらなさそうにあくびをしていた。






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