悪い夢



 フューが瞼を開けると、時の巣で立っていた。正面には雑多に置かれた機械、左に視線を向けると刻蔵庫が見える。いつもと変わりない光景だが、違うのは辺りに誰も居ないことだ。(これは夢か)フューは今の状況を夢だと思う。
 まぶたを開ける前に、彼はレクスとベッドで横になった記憶を思い出す。これは夢で、今の自分は眠りについているんだなと理解できた。

「フュー」

 名前を呼ばれ、左を向く。フューは隣りにいる人物を見て、少しだけ目を見開いた。
 レクスが居たのだ。気配も足音もなく、いつの間にか存在している。いつもとは違う、優しいほほ笑みを携えていた。(やっぱり夢だね)フューは知っている、彼女が最初から微笑むような人間ではないと。微笑むを向ける彼女は本物のレクスではない。
 しかし、無視することもできないと思い返答をすることにした。

「なに? パトローラー君」
「もし、オレが遠くに行ったらどうする?」
「……へ?」

 唐突な質問にフューはポカンとする。レクスの質問の意図がわからなかったので、尋ねてみる。

「どういう意味?」
「そのまんまの意味さ、どうする?」

 レクスは微笑みながら首を傾げる。フューは顎の指を当て考える。これは自分が見ている夢だ、実際のレクスが投げかけている質問ではない。だが、もし実験対象である彼女がすべてを研究し終える前に消えてしまったら自分はどうするか。フューは思案しながら答えを探す。
 数分後、フューは口を開いた。

「そうなったらキミを追いかけるよ。ボクはいっぱい、キミで実験したいからね」
「……それは研究対象としてか?」
「それもあるね」
「そっか。なぁ、フュー」
「なに?」
「オレはお前を愛してる」

 レクスの言葉にフューは思わず自分の耳を疑う。愛の言葉なんてめったに言わない彼女が、サラリと口にした。レクスが自分の方へと近づいてくる、二人の距離が一気に縮まった。レクスは微笑みを携えている。
 フューは違和感を覚えた。夢は、一瞬の観念や心象だ。記憶や物事を整理するためのメカニズムだ。自分はレクスを知っている。彼女が親しい人の前でしか微笑まないことも、笑みをそこまで長時間浮かべないことも知っているはずだ。
 なのに、レクスはほほ笑みを浮かべ続けている。夢だとわかっているのに、言葉に出来ない不安が渦巻く。フューの頬に汗が伝う。
 喉から彼女の名前を絞り出した。

「レクス?」
「誰よりも大事だし、誰よりも大切だし、幸せになってほしい。だから」

「だから――手放すよ」

 レクスは片手で軽く、フューを突き飛ばした。
 そこに地面があるはずなのに、フューの体が落下する。
 辺りが黒く染まっていく。
 景色がガラスのようにひび割れ、崩れていく。彼女をおいて全てが崩れていく。
 フューはレクスに手を伸ばした、。距離は離れ、伸ばされた手は空を切る。
 レクスはフューを見下ろしながら口を動かした。

「バイバイ、フュー」






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