先輩と後輩の成り立ち



 時の巣にて、フューは芝生に座りながらトキペディアのメンテナンスを行っていた。本来、時の巣に入っていいのは一部の人間だけだが、彼は特殊な魔術を使っているから他者からは姿が見えなくなっている。そのため、時の巣内で自由に動いていた。
 メンテナンスを終え、機材を地面に置く。

「フューさん」

 声の聞こえる方に顔を向ける、そこにはアルスの姿があった。フューは地面から立ち上がり、近づいてきたアルスに挨拶をした。

「やぁ、後輩ちゃん」

 アルスは誰かをさがすように辺りを見回す。

「先輩を見ていませんか?」
「親友ならまだ来てないよ」
「そうっすか。じゃあここでまたせてもらうっす」

 下手に動いて入れちがうのも嫌ですしとアルスはつけ加え、軽く背伸びをした。
 フューはじっとアルスを見つめる。フューの視線に気づき、アルスは首をかしげながら尋ねた。

「なんすか?」
「前々から気になってたんだけどさ、後輩ちゃんは何で親友と仲が良いの?」

 アルスはキョトンとした顔でフューをみつめる。

「何でまた?」
「いや、親友の性格を考えると、君みたいなタイプに自分から接することはないからどうして仲良しなんだろうなって思ってさ」
「知りたいっすか?」
「やっぱりいいや」
「自分から話を振っといていて、やっぱりいいやとかないわー」

 どんだけ自由気ままなんだよと突っ込みながら、アルスはフューをにらみつけた。

「興味なくてもかってに語らせてもらいますよーだ。先輩と出会ったのは、一年前の話ですね。そのとき、自分は別の惑星ベジータからコントン都にやってきて、先輩と同じ養成スクールに通ってたんっす」
「後輩ちゃんって別の世界からきてたんだ」
「色々ありまして、そこらへんは省略するっす。で、私の世界では悟空さんの歴史自体なかったから通ってたんすよ」

 別世界から来た種族や孫悟空の歴史を知らない者は、スクールに通学するのを義務づけられている。 歴史を知らないものが、大きな歴史改変を行わないようにするためだ。一度は養成スクールに通いタイムパトローラーとなることが通例となっている。
 スクールにきてから勉強や他の生徒と実枝をしたりと、アルスは元の世界よりも充実した毎日をおくっていた。
 ある日、他の生徒から噂を耳にする。
 それは、アルスが廊下を歩いている時だった。

「そういえば知ってるか? 例の先輩の話」

 目を向けると、窓際で長身のナメック星人と彼よりも少し身長の低いフリーザー一族が話をしていた。

「ああ、実枝と学業で一番良い成績をとってるエリートな先輩だろ? あの英雄に拾われた人なんだから、知らない奴なんていないだろ」
「何でもその人、地球人らしいぞ」

 アルスは瞬きをする。地球人は、アルスの世界でも存在していた種族だ。他の宇宙人達より寿命が短くて、能力的にも平均的で気の扱いだけが上手いと揶揄されていた。
 そんな地球人で他の種族より優秀な人がいる。アルスは内心ワクワクしつつ、 噂を話しているナメック星人に声をかけた。

「すいません。その話、詳しく教えてくれませんか?」

 彼らから話を聞き、アルスは上学年の教室へと向かった。
 話によれば、先輩の名前はレクスというらしい。自分よりも一年早く入学したので、上学生の教室にいけば会えるだろうと教えてもらった。
 アルスはドアの前に立ち 入り口を勢いよく開けた。目的の人物に聞こえるように大きな声を出す。

「すいません! ここにレクス先輩って人はいますか!」

 騒がしかった教室がしんっと静まりかえる。全ての人間の視線がアルスに集中していた。
 アルスは周りを見渡す。彼女の予想では、レクス先輩が反応を返してくれると想像していたが応えなかった。
 聞こえなかったのかなと思い、アルスは繰り返す。

「もう一度聞きます、レクス先輩って人はいますか!」

 アルスをみていたクラスメイトの目が、別の場所へとうつる。
 クラスメイトの目線の先には、中性的な人物が座っていた。
 明るいコバルト・ブルーをした前髪は小さいM字を作る用の左右に分けられ、もみあげは耳を覆うくらい長かった。肩まである後ろ髪を一つにしばっている。
 どこか気怠げで、目鼻筋が通った凜々しい顔立は少しだけ男性的に見えた。半目から覗く薄紫色の瞳は、読んでいる本へと集中している。
 アルスは視線の先にいる人物が噂のレクス先輩だと分かり、足を進め接近していく。階段を上り、レクスの座っている場所まで移動して話しかけた。

「レクス先輩っすか?」

 アルスの声を無視するかのように、レクスは本から顔を上げる気配がない。
 聞こえていなかったのだろうかと思い、アルスはもう一度声をかけた。

「あのー、もしもし? きいてますか?」
「……そうだけど」

 間が開いた後、レクスはぽつりと返した。
 ちゃんと聞いていたのかとアルスは安堵し、キリッとした目つきでレクスにお願いをする。

「よかった。自分、先輩にお願いがあって参りました! ぜひ、自分と手合わせ」
「断る。帰れ」

 言葉を言い終わる前に、レクスははっきりとした口調で即答した。
 アルスは目を軽くまばたかせる。数秒ほど沈黙し、撥ね付けられた事実に気づいてレクスに詰め寄った。

「なんでっすか!?」
「嫌だから」
「そんな事いわずに、一回、一回だけでいいっすから !」

 レクスは無視を続けながら本を読んでいた。しかし、アルスは立ち去る気配を見せずお願いしますと言いたげに横で騒いでいる。
 レクスは軽く息を漏らした後、椅子から立ち上がった。アルスは自分と戦ってくれると思い、期待に満ちた目をする。
 アルスの後ろへと回り込み、襟首を右手で掴んだ。
 襟首をつかまれ、引きずられながら出入り口のドアへと移動し、アルスは外へと放り出された。
 ドアを静かに閉められ、アルスは廊下に取り残された。

「それが出会いっすね!」
「第一印象が最悪だってのは分かったよ」
「むろん、そんな塩対応されても自分は諦めませんでした。根気強く先輩にお願いし続けましたよ!」
「ストーカー行為はよくないと思うよ」
「現ストーカーには言われたかねーっすね」

 アルスは何度断られても、レクスに手合わせしてほしいと頼み続けた。幸い、レクスは一人で行動することが多く、ご飯を食べているときや読書をしている時を狙っていた。
 その日も、アルスはレクスに会うために探していた。教室にいなかったので、校庭へと足を運ぶ。校庭に生えている木の下で本を読んでいるレクスの姿を見つけた。今日こそはと気合いを入れながら、アルスはレクスへと歩み寄る。
 レクスはアルスに気づくと、持っていた本を閉じた。

「レクス先輩! 今日こそは」
「わかったよ」
「へ?」

 いつもと違う反応に驚いた。いつもならアルスが言い終わる前にさっさと立ち去るか、帰れの一言を投げつけられていたからだ。
 レクスはやる気のなさそうな半目をアルスへと向けた。

「お前と手合わせしてやるよ。それでいいんだろ」

 レクスの返答に、アルスは呆気にとられた顔をする。手合わせを受けてもらえるとわかり、顔を輝かせた。

「本当っすか!?」
「ああ。だが、今じゃない。二日後、スクールが終わったら荒野に来い。それでいいか?」
「わかりました! 二日後を楽しみにしてますね!」

 レクスから了承をもらえたことが嬉しかったのか、アルスは走って行く。
 どんな手合わせをするのか、レクスがどれだけ強いのかとワクワクしながら二日後を迎える。

「で、結果は?」
「惨敗でしたね!」

 二日後、アルスはレクスの指定どおりにポッドで荒野へ行き、レクスと戦う事ができた。
 手合わせが始まったが、アルスはレクスに一撃も与える事ができなかった。
 レクスはアルスの攻撃パターンを読んでいるかのように避け、気弾で近づけないよう牽制し、ひたすらスタミナを削って動きを鈍らせていった。
 アルスの顔と体はレクスに一方的に攻撃され、ボロボロになっている。
 なんとか一撃を与えようと、拳を振りかぶる。

「こんのっ!」

 しかし、レクスはタイミングよくアルスの拳をガードし、弾いた。

「あっ!」

 拳が弾かれ体が後ろへと仰け反った。大きくできた隙をレクスは見逃さず、アルスへと一気に近づき腹に掌底を打ち込んだ。

「うぐっ!!」

 掌底を打ち込まれた反動で、アルスの体が宙に浮き、地面へと倒れ伏せる。
 起き上がる力もないのか、その場で大の字になって荒く呼吸をした。

「はぁ……はぁ……まいりました、自分の負けっす」

 アルスは負けを宣言する。悔しい気持ちがあったが、どこかすっきりとした気持ちが大きかった。噂の先輩と手合わせできたことや、戦っていて楽しい気持ちが勝っていたからだ。
 レクスはアルスに近づき、目を合わせるように腰をかがめる。

「あのさ、言っていいか?」
「なんっすか?」
「お前、攻撃が単調すぎるぞ」
「…………え?」

 変な声を出してしまう。てっきりつきまとっている時の文句を言われるかと想像していたからだ。
 アルスの反応を気にせず、レクスは戦闘中の悪い点を話し始める。攻撃に対してガードをしていない、攻撃する事に夢中で相手が瞬間移動を使ったあとの行動をまったく予測していない所などを上げていた。
 レクスの指摘に身に覚えが多かったのか、アルスは座り込み頭をかかえる。

「あと、瞬間移動するのはいいけど、そのまま殴ってくるから背面攻撃しやすいんだよ。背面攻撃の対策を考えないとまた殴られるぞ」
「ぐぬぬ……!!」

 何も言い返す事ができず、アルスは歯がみをする。

「けど、さっきあげた悪い点を克服したらオレより強くなれると思うぞ」

 レクスはアルスに手をのばす。アルスは不思議そうな顔でレクスと手を見比べ、手をつかむ。
 レクスはアルスをひっぱり起き上がらせた。

「打撃技で戦いたいならせめて背面攻撃の対策とかをちゃんと考えろ、じゃあな」
「ま、待ってください!」

 立ち去ろうとするレクスを、アルスは慌てて呼び止める。
 レクスは上半身をすこしひねり、視線だけをアルスに向けた。

「なんだ」
「どうして、アドバイスしてくれるんっすか? 自分はあなたに負けたんっすよ」
「だからなんだよ」

 アルスは虚を突かれたような顔をする。
  レクスは会った時とは変わらない無表情のまま淡々と言葉を紡いでいった。

「負けた相手にアドバイスしちゃいけないルールなんてないだろ。欠点をおぎなえば次は勝てるかもしれないし、お前は強くなると思ったから。それだけだ」

 レクスは話は終わったと言いたげに、背中を向けて歩いて行った。
 アルスはレクスの背中をみつめ、口元に笑みをうかべた。

「その手合わせをきっかけに先輩の事をもっと知りたくなって、次の日も話しかけに行きました」
「負けてくやしいとか考えなかったの?」
「まったく。むしろ、自分にアドバイスをしてくれた先輩に対する興味の方が大きかったっす」

 サイヤ人よりも体がもろく、力も弱いはずの地球人に負けた。ここがアルスの居た惑星ベジータなら笑われていただろう。が、他の人に話しても笑われることはなかった。
 レクスのおかげで、コントン都には自分よりも強い人間がいる事を再認識できたし、アドバイスのおかげで自分の弱点をどうにかする事ができた。
 だから、彼女を先輩と呼び慕うようになったのだ。

「これが自分と先輩が知り合った経緯っす」
「親友はよく後輩ちゃんと仲良くしようと思ったなぁ」
「どういう意味っすか、それ」

 フューの言葉に皮肉を感じ、アルスは目をつり上げて睨み付ける。フューはどこ吹く風といった感じに口笛を吹いた。
 ふと、何か思いついたのかアルスは勝ち誇った笑みをうかべる。

「まぁ、自分の方が長いこと先輩と一緒にいるんで、後からきたフューさんに何を言われようと気にしませんよ」

 アルスの言葉にフューはムッとした顔をする。

「聞き捨てならないなぁ。ボクの方が親友の事をよくわかってるし、キミの先輩はボクの親友だよ」
「ははっ。フューさんの親友である前に、自分の先輩なんですけどね」

 二人の間に火花がとびちる。レクスのことに関しては一歩も譲る気がないのか、お互い、相手から視線を反らそうとしない。

「アルス」

 聞き慣れた声がアルス達の耳に届く。
 声の方向を見ると、話の中心であるレクスがやってきていた。

「先輩!」

 レクスはフューとアルスのいる場所へ歩き、近づいた。

「フューと一緒なんてめずらしいな。何を話してたんだ?」
「昔話を少しだけ。それより先輩、パラレルクエストに行きましょう!」
「まってよ、今日はボクの実験に付き合ってもらうんだよ」
「フューさんの実験なんていつでもできるじゃないですか!」
「後輩ちゃんのクエストだってそうでしょー」

 レクスの目の前で二人は言い争いを始める。
 二人の顔を交互に見つめた後、レクスは腕を組んでつぶやいた。

「お前ら、仲がいいよな」
「よくないよ」
「よくねぇっす!」

 二人の声が同時に重なった。
 何分たっても争いが収まらないので、しびれを切らしたレクスは二人にじゃんけんに勝った方と行動すると言った。
 じゃんけんの結果、フューはグーを出し、アルスはパーを出していた。

「よっしゃぁ! それじゃ、先輩はもらっていきますね!」

 アルスはレクスの腕をとり、連れて行く。背中からフューの不満そうな視線を感じたが知ったことではなかった。
 受付所への道を歩いていると、不意に疑問がわいて出てきた。アルスはその場で立ち止まった。

「先輩、聞いていいっすか?」
「なんだ?」
「出会ったときの話なんですけど、なんで手合わせしようと思ってくれたんですか?」

 自分がしつこくしたからだと思っていたが、交流を始めて、レクスは一度嫌だと決めたら断り続けるタイプだと認識している。もしも、本気でアルスと手合わせしたくなかったらずっと断り続けていただろう。
 レクスはアルスの質問に少しだけ目を見開く。数秒間を置いた後、口を動かす。

「じつはな、おまえ以外の奴にも何度か乞われた事があるんだよ」
「え!? ……あ、でも、それもそうか」

 アルスは驚いた声を出したが、納得したかのように頷く。トキトキ都の英雄――クラスに拾われ、鍛えられた人物を学生たちが放っておくはずがない。自分以外の人に手合わせを申し出られてもおかしくないと結論づけた。

「まぁ、お前が来る前からも断り続けてたけどな。一回聞いてみたんだよ、どうしてオレと手合わせしたいのかって。どんな理由だったと思う?」
「そりゃあ、先輩がどれだけ強いか実力を測りたいからじゃないっすか」
「違うぜ。オレに勝ったらトキトキ都の英雄に鍛えてもらえるってな、ようはクラスさんに会うために挑まれ続けてたんだよ」
「……なんっすか、それ」

 アルスは嫌悪を露わにする。
 確かにトキトキ都の英雄と接する機会なんてほぼ無いといった方がいい。英雄には英雄の仕事があり、コントン都で遭遇することなんて自体滅多にない。そんな中、クラスに鍛えてもらえたレクスが現れたことで英雄と会えたりもしかしたら鍛えてもらえるかもしれないと淡い期待を持ったんだろう。
 クラスに会うため、レクスを利用している周りに腹が立った。誰がそんな無責任な噂を流したかは知らないが、気分が悪くなる。
 レクスはアルスの頭に手を置き、怒りを収めるように撫でる。

「全員が全員そういう人じゃないと頭では理解できても、いい気分はしなかったから断り続けたんだよ。お前もその一人じゃないかって疑ってたんだ、すまん」

 澄まし顔だが、どこか申し訳なさそうな雰囲気でレクスは謝罪した。アルスは慌てて首を振る。

「やっ、そんなこと言われたら疑いたくもなりますよ。それなのに、どうして?」
「大概は一回か二回お願いしてくるけど、断ったら去って行ったんだ。けど、おまえは何回も断ったにも関わらずしつこく食い下がってきただろ? よっぽどのクラスさんのファンか、純粋にオレと手合わせしたいかのどっちかって思ったんだ。だから、手合わせした後のお前の反応を見ようと思ったんだよ」

 もしアルスがクラス目当ての人間だったら、レクスに接触してクラスに合わせてくれということを予想されていたのだろうとアルスは考えた。

「けど、おまえの口から予想外な言葉が出てきて驚いたんだぜ」
「予想外な言葉?」

 何のことだとアルスは首をかしげる。何か変なことをいった覚えはないかと不思議そうな顔をした。
 アルスの様子を見ながらレクスは話を続けた。

「オレがまた手合わせを申し込みに来たのかっていったら、こう言っただろ」
『違うっす! 自分は手合わせをして、先輩と仲良くなりたいって思ったんです。だから先輩のことを教えてくださいっす! あと、アドバイスしてくれてありがとうございました!』
「ってな」
「あー、そんなこと言ってましたね」

 アルスは思い出した表情をする。よくよく考えたら、恥ずかしいことをいっているなぁと羞恥心を感じた。

「クラスさんが目的じゃなかったことに驚いたんだぜ」
「ははっ、自分の発言が少し恥ずかしいっす」

 アルスは頬を赤色に染め、眉をハの字にしながら照れた笑みを浮かばせる。

「正直さ――仲良くなりたいっていってくれたこと、結構嬉しかったんだぜ」

 アルスは目を大きく見開いた。顔を上げると、レクスは一瞬だけ、優しい目つきで口元をほんの少しだけ緩ませていた。すぐに元の無表情へと戻り、アルスの頭をポンポンと叩いた。

「さて、早く受付所にいくぞ」

 レクスはアルスから離れ、先に歩いて行く。
 アルスは口をぽかんと開かせた後、頬を緩め赤く染めた。他人から見てもにやけた顔をしているなと自覚があった。

「アルス」
「はい!」

 名前を呼ばれ、アルスは大きく返事をする。
 アルスはレクスの元へ走り寄り、機嫌良く受付所に向かうのであった。






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