春
目を閉じれば、あの夏が顔を出す。見るものすべてがきらめいていて、泥を含む水溜まりさえも光を放っていたその季節は、わたしのこころで今までも、そしてこれからも、そのやわらかい場所で暮らしていくのだろう。
下校中、気温は35℃。じりじりと焼く太陽に若干の鬱憤を覚えるほど大人になったわたしは、下敷きを仰ぎながら幼馴染と一緒に歩いていた。時折すれ違う車の排気ガスはとても臭いし、なにより車が横を通るだけで一気に周辺気温が上がるような感じがして、余計に暑さを感じてしまう。こんなことならいっそのこと迎えを頼めばよかったと考えていると、隣で幼馴染がわたしを呼ぶ声がした。
「なーあって!」
「なに?」
「帰りにアイス買って帰ろ」
「はあ?この間おばちゃんにお小遣い無駄にするなって言われたばっかりじゃない」
「いーんだよ、細かいことは」
口では否定しつつも、わたしも彼と同じように帰り道にある駄菓子屋に入って、アイスの陳列棚に身を屈めながら今日の目当てを探す。彼は雪見大福、わたしはピノ。今日の気分で探すと言っても、結局は毎日同じラインナップである。財布の中身が10円玉だらけになった彼の姿を見て、やれやれと肩を竦めた。
買ったアイスを食べ歩くことはせずに、駄菓子屋のアイスケースの横にあるベンチで、風鈴の音色を聴きながらアイスを頬張っていると、隣に座る彼に自分のアイスを食べられて思わず大きな声をあげた。
「あ、ちょっと!」
「へへっもーらい」
わたしが一歩引いても彼にぱくりと食べられてしまうので、仕返しにわたしも彼の1/2の大福を食べようと容器を見ると、そこにはもう目当ての物はなくて眉尻がぴくりと上がる。それを見て駆けていく彼の背中を慌てて追いかけ、蝉時雨が足音と呼応して、やがてわたしたちに追いつけなくなる。あの時だけは暑さなんて感じなくて、ただ夢中に走っていた。
無我夢中に走って、ゼェゼェと呼吸をして台所で水を飲めば、口を揃えて生き返ったと言う。そうして少し前の出来事なんて忘れたかのように笑い合って、冷凍庫から最中を出して半分に割って食べる。そうしてお腹を満たしてしまったせいで夕飯が食べられなくなったことが親にバレて両者ともに叱咤されるも、同じことをまた次の日からしてしまう。そんな夏がわたしは好きだった。そして今も透き通って離れないそれは、まるで初恋のように。
これから沢山の日々を心の中に足していくとしても、この春には誰も叶わないだろうなと思う。長い人生において一瞬の出来事だったあの日々を繰り返し思い出すのなら、それは永遠より永いのだ。