あなたの場所で生きるだけ

 どれが一番強いものなんだろうと、ひとりで回らない頭を回していた。アイスコーナーの近く、パンコーナーのすぐそばにある酒類の前でうんうんと唸っているのは後にも先にもわたしだけだろうと思う。だってやってられないじゃないか。恋人と喧嘩して、謝ろうと思って彼の自宅に足を運べば、そこに知らない女性がいたのだから。「あなただれ?」と強気で言われたら、なにも言い返せないじゃないか。ああ、最近よく携帯を見ていたのはあの人と連絡を取るためで、もしかすると最初からわたしは二番目だったのかもって思って踵を返して、自宅近くのコンビニでお酒を選んでいる。勿論、やけ酒のための。
 かちっとプルタブを回して、飲みながら帰路につく。結局選んだのは梅酒で、全く度数なんて高くないものだ。第一、コンビニに度数の強いものなんて求めたのがいけなかったんだ。そんなものウイスキーくらいしか置いていないだろうに。まあ、そう気づいても後の祭りで「度数が強いのがないんだったら、数で稼げばいいじゃないか!」と単細胞じみた思考回路になり今に至る。お陰で両手は塞がっているし、玄関で荷物を置いた時の解放感は癖になりそうだった。

「ただいま〜」

 誰もいない家にそう言ってから入るのは昔からの癖だ。母親に不審者対策で教えられたもので、それがこの歳になっても消えていないのである。まあ、この癖は直さなくてもいいかなって思ったからそのまま放置していたのもあるけれど、この癖を恋人に知られたときに何とも言えないような顔をしていたっけ。眉をぎゅっと中心に寄せたような顔。苦いとか苦しいとかそういう顔じゃなくて、なんというかまあ、形容しがたい顔。

「ん?」

 ぱっと明るくなったスマホに目を向けると、そこに映っているのはさっき寄った恋人の名前だった。送信は一時間くらい前のもので、たまたまわたしがスマホを上に向けたから画面が明るくなって表示されただけのようだった。喧嘩してから連絡すらくれなかったくせに何を今更と、素直じゃない自分が顔を出す。きっと本命の子に「さっき知らない女の子来てたよ」とか言われたから、仕方なくわたしのところにメッセージを送っただけだろう。予想するに、書かれているのは「別れよう」か「話がある」などの類で、全部帰結は終わりを迎えるための序章のようなものだ。

「『今からそっち行く』…?」

 しかし予想と反したメッセージが送られてきていたため、目を見開く。さすがに今回は憔悴しきっていたから、酔いが回るのが早かったのかなと論理的ではないことを悶々と考えていると、ぴんぽんとチャイムが鳴った。犯人は、もちろん彼だ。そんなこと分かりきっているのに、扉を開けたくない。これは意地である。

「あけて」
「やだ」
「あけろって」
「いや」
「おれさむいんだけど」
「そう、自分の家に帰ったら?」
「…もういい」

 とうとう嫌われたかなと思いつつ、空っぽになった梅酒の缶を捨てて、缶ビールを片手にぐいっと飲み干すと、がちゃがちゃと玄関の方で音がした。しまった、そういえばこの間彼に合鍵を渡したんだった。
 
「初めて使うのがこういうときだって思ってなかったんですけど」
「…」
「なあ聞いてんの?」

 返事をせずソファの下でちびちびとお酒飲むわたしを見て、はあとため息をついてりょうすけは隣に座った。気まずくて少し空間をあけるようにわたしが座り直すと、すぐにその距離をゼロにした。

「……帰って」
「は?」
「今すぐ帰って、じゃないと嫌なこと言っちゃいそうだから」

 しんと静まり返った部屋から逃げ出したくなる。本当はこんなこと言いたいわけじゃないのに、思っていることとちがう言葉がぽろぽろとこぼれていって嫌になる。ぎゅっと爪の跡が残りそうなくらい手を握り締めてしまうのも嫌だ。りょうすけはこんなわたしを見てあきれているのだろう、隣に座ったまま何も言わない。そのせいか、どんどんとお酒が進んでしまう。

「にばんめならはやく言ってほしかった」
「…は?」
「最初からわたしは本命じゃないってわかっていた方が楽なのに。割り切れるし……たぶん」
「なに言ってんの?」
「わたしはりょうすけの二番目の女で、本命はさっき家の前にいたかわいい女の子だって話」

 ビールも飲み干してしまったため、レジ袋をがさがさと漁る。裂きイカとさっき飲んでいた物とは別のメーカーのビールを取り出し、プルタブを引っ張ろうとすると、その手を彼の右手に止められた。むっとしてりょうすけを見ると、射貫かれそうなほどの真剣な目がこちらを向いていた。

「ごめん」
「なにが」
「あれ、元カノ」
「……そう」
「より戻そうって言われてて、おれには彼女がいるからって言ってブロックしたら家まで来たらしい」
「……ふうん」
「おれもさっき家の前でびっくりしたし、もう来んなって、よりも戻さないし好きじゃないからって言ったから」
「……うん」
「だから二番目とかじゃない。おれがすきなのはおまえだけだよ」


 真っ直ぐな視線から逃げたくて、掴まれた手元を凝視しながら話を聞いた。ちがうんだって、勘違いなんだって言われても、わたしは自身がない。今はこうやってやけ酒をしているけれど、あのきれいな女性と会って二番目なんだと勘違いをしたとき、どこか納得してしまった自分がいたのは事実なのだ。彼の周りには綺麗な人が星の数ほどいて、わたしはそのひとたちの足元にも及ばないってことは重々承知しているから。だから、いつも不安だった。あんまりかわいくないわたしといて、このひとは本当に幸せなのだろうかと。
 
「………自信ない」
「ん?」
「りょうすけの隣にいる自信、ない」
「…なんで?」
「だって、わたしかわいくないし、頑固だし泣きたいわけじゃないのにすぐ泣いちゃうし本当にかわいくないし——」
「なあもう黙って」

 むにっとほっぺを片手で歪ませられる。普段でさえそんなにかわいくないのに、こんなことされたらもっとかわいくなくなるじゃんと思って悲しくなる。一方のりょうすけは、むっとしたような表情でわたしを見つめている。

「もっとぶさいくになるからやめて」
「かわいいよ」
「かわいくない」
「かわいいって」
「でも」
「でもじゃない。おれのすきなこをそんなふうに言うのやめてくんない?」

 それにと続けたりょうすけの顔が、とんでもなくあまいんだから困った。

「おれがかわいいって言ってんだからそれでよくない?」