待ち受けを見る


 冬休みが終わってしまった。御幸とのお泊まりデート除けば、ほとんどバイトかこたつでぬくぬくしていたかの冬休みが終わってしまった。切ない。悲しい。
 とはいえ、実は言うほど学校が始まるのは苦じゃなかった。そういえば夏休みが終わったときも同じことを考えていた気がするな。まあ、これもあれもあいつのお陰だろう。

「はよ、みずき」

 机に伏していた私の頭をぽんっと優しく叩いてそう声をかけてきたのは言わずもがな私の彼氏様である。

「おはよー御幸。お久」
「つっても1週間ぶりか?」
「そうだねえ」

 彼の言う通り、久々とはいえど1週間ぶりなので特に緊張感もなかった。夏休みが終わったときは会わない期間が長すぎたから休み明けに緊張した記憶が蘇るけど、あれは付き合って3ヶ月くらいの頃だったからなあ。そう思ったらあの時は初々しかったなあ。それに夏って、御幸にとって3年の先輩が引退したり新チームでキャプテンに選ばれたりと本当ドタバタだったからなあ。こやつも、だいぶキャプテンみたいな面構えにもなったんじゃなかろうか。知らんけど。
 なんて考えている最中、御幸の顔を見てとあることを思い出した。

「そういや総スカンどうなったの?」

 思わずにひっと小さい子供のような笑い方をしてしまいながら御幸に尋ねる。すると彼は思い出すなり「ああー」と首の後ろをぽりぽりと掻き始めた。

「まじで面倒だった」
「まあ待ち受けにしたらそうなるでしょねぇ」
「そう?」
「うん」
「へえ」
「……うん、で?」
「は?」
「は、じゃないから! 見せろ! 見せやがれ!!」

 何を、なんて言わなくても分かるだろう。もはや命令として御幸に向かって私は手を差し出した。携帯早よ貸せ。その暗黙の訴えが通じたのか、御幸はすんなりと鞄から携帯を取り出した。いつも御幸は学校に携帯なんて持ってこないけど、始業式の今日、絶対、絶対に携帯持ってこいと私が言っておいたのだ。ガラケーのくせにキーホルダーも何もつけていない、いかにも質素な携帯。なんか、御幸らしい携帯だなーなんて思う。でもそんな質素の携帯の待ち受けは私なんだろ? そうなんだろ? 私はウキウキ楽しみな気持ちととんでもない不細工な寝顔が間違えているかもしれない恐怖に襲われながらパカリと懐かしい音を立てながらガラゲーを開いた。………。

「………」
「ん?」
「………」
「おーい」
「………」
「みずきチャーン」
「………」
「どうしたんだよ。別にお前が心配するほど事故ってもねぇだろ? てか割といい写真撮れたと思うんだけど……って、あれ?」
「………」
「面白いくらい顔真っ赤なんですけど……」

 御幸がそう言って私の顔を本格的に覗き込もうとした瞬間、私はついにお頭の方がギブアップし、おでこからガンっ!!!と机に落ちていった。いや洒落ならんくらい痛いな。でもそれくらいでいい。今の私にはこれくらいがちょうどいい。「おーいみずきさーん、今けっこう凄い音したぞー」上から降りかかってくる御幸の声、私の頭をまたやさしくぽんぽんと叩く御幸の手、手、

「手ーーーーーーーーーー!!!」
「うぉわっうるせっ!!!」

 御幸の携帯の待ち受け。そこには確かに私の寝顔がでかでかと映っていた。顔はそこまで事故ってなかった。口開いてよだれ垂れてるわけでもないし、スヤァって心地よさそうに寝ている感じの顔をしていた。だが、それだけではなかった。なんと、なんと。

 写真の撮り手側から伸びている男らしいゴツゴツとした片手。その手を寝ている私が両手で握り締めている。更に極め付けはこの大きな手を夢の中に居ながらも離さまいといわんばかりに、自分の口元に持ってきているのだ。手は間違いなく御幸のものだろう。御幸しかいない。いないじゃん。そしてこの乙女全開すぎる女は私じゃん。

「いつの間にこんなポージングやらせてんだおまっ、みゆき……!!」
「いやいや、言っとくけどお前から握ってきたんだぞ」
「そんな馬鹿な!」
「可愛いだろ? だから記念に写真撮っとくかーって携帯取ろうとしたら、俺が離れてくように勘違いしたんだろな」

 こうやって自分の近くにもっとぎゅーって寄せてくんだぜ。御幸が楽しげに再現する様子を私はジト目で見るしかできなかった。やばい。さっきまで外寒い冬嫌いぴえーんとか泣きながら凍えてたのに汗かいてきた。

「ちょっと待って?これを野球部に見られたんだよね?」
「おう」
「待って無理無理無理これは無理無理!死んじゃう!私のイメージ!私のイメージが駄目!これなら口開いたブッサイクな寝顔の方がマジだった…!」
「可愛いからいーじゃん。俺超癒される。練習終わり効果凄い。昨日も疲れ30%くらい吹き飛んだ」
「いやもはや慣れてきて効果微妙になってきてんじゃん……」
「はっはっは、バレた?」
「なんだよ30%って中途半端な……くっ!こんなの倉持とかに絶対馬鹿にされ…」
「俺がなんだよ」
「……倉持……」
「おいお前いつからそこにいたんだみたいな目すんなよ。こいつと一緒に教室入ってきたっつの」

 倉持は自分の存在に気付かれていなかったことが寂しかったのか面白くなさそうな顔をしていたけど、御幸の携帯の待ち受けを視界に入れるとにんまり笑った。くっそ、腹立つ以上に恥ずかしい。私は急いで御幸の携帯をクローズした。

「今更隠しても遅ぇだろ、野球部ほぼ全員見たんだからよ」
「無理死にたい」
「いんじゃね? そこの眼鏡キャプテンの疲れ取ってるらしいし」
「まあ……いやでも聞いてよ倉持!! 御幸のやつ私の寝顔に慣れてきて疲れ30%くらいしか吹き飛ばないらしいよ!?」

 当の本人がいる前で倉持にそう文句を言うと、倉持はああん?とヤンキーやチンピラも顔負けレベルにメンチを切った。私にではなく御幸に対してだけど。こっわ。何この隠しきれぬヤンキー臭。とか心の中でボロクソ言ってたわけだけど、倉持がこの後明かした衝撃の事実に私は目を丸くするのだ。

「お前、昨日も待ち受け見てずっとニヤけてんの知ってんだからな。同室の木村から聞いてんだよこっちは」
「えっ」
「あー小便いこ」
「えっ待て逃げるな御幸っ、えっ、……」

 つまり……それって、全然まだまだ見慣れてないじゃん? 今もばりばり私の待ち受け寝顔の効果抜群ってことじゃん? しかもずっとニヤけてるとかなにそれ可愛すぎない? しかも今照れてトイレ逃げるの可愛すぎない? ……。

「倉持」
「ヒャハッ、なんだよ。あいつガチ照れじゃねーか。顔赤……」
「やばい…御幸のやつ…めっちゃ私のこと好きじゃん…ありがと超有力情報くれて…」
「……最近こいつら思うようにイジれねーな腹立つ」

▽200116

   

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