【短編】inzmとらまる 「名前さん」 「んー?」 「今週の金曜の夜、予定入っていますか」 「今のところはないかなぁ」 「俺も、金曜は出張から直帰なんです」 「あ、そうなんだ」 「はい。だから、名前さんが良ければ一緒に飲みにいきませんか?」 「おっ! いいね、行きたいー!」 「はい、行きましょう!」 「楽しみー。飲みに行くの初めてだよね?」 「初めてです。あの、名前さん」 「ん、どうしたの?」 「名前さんがよかったら、飲みに行った後なんですけど」 「うん?」 「……俺の家、来ませんか?」 ・ ・ ・ どうしよう。多分、恋愛してきた人生の中で一、二を争えるくらいに私は今頭を抱えている。忙しなく慌ただしい気持ちを宥めるために、とにかく生ビールをグイっと飲み干した。ぷはあ、美味しい。 大学時代の女友達数人と久々に飲みに来て、女子会といえば発展するのはやっぱり恋愛トークだった。同棲してる彼氏とはどうなのとか結婚間近なんじゃないのとか、みんなの恋愛近況で散々盛り上がっていると一人の友人がターゲットを私に定め変えたかのように「名前こそどうなのよ、最近彼氏できたんでしょ」と心底面白そうにニヤリと笑いながらそう尋ねて来た。よくぞ聞いてくれましたな。いるよ。最近出来たよ。絶賛それが今の悩みのタネだよ。 「へえ! 明日付き合って初お泊り? いいじゃーん」 「やっぱり誰しもハジメテの夜は燃えちゃうよねぇ」 自分からこの話題を吹っかけてなんだけど、いつから私たちはこんな下品な話を平然とした表情で話すようになってしまったのだろうか。大学時代こそまだ恥じらいは持っていたんだけどな、社会人になればそれはさっぱり。私が今話しているのは言うまでもなく、ついこの間の彼氏――虎丸くんからのお誘いである。飲みに行くというだけならまだしも、その次に続いたのが家に、来ないか、と。宅飲みという訳でもなく外で飲んでから、その後に虎丸くんのお家にお邪魔させてもらうということはつまり、お泊りをしませんかというお誘いなのだろうと私はそのとき瞬時に悟った。社会人になってからお付き合い経験のない私にとって、仕事帰りに飲みに行ってから彼氏の家へGOなんてシチュエーションは人生初。とはいえ、虎丸くんは純粋に家でまた飲み直しませんか、ゆっくりしませんかと思って誘ってくれたのかもしれないのに、私が甚だしい勘違いオチは嫌なので念のために「……それって、お泊りってことかな?」と、やんわり聞いてみたらしっかりとした眼をこちらへ向けながら虎丸くんは頷いたのだ。心臓があんなにギュウ、と締め付けられたのは久しぶりだった。そんなことを思い出しながらもう一度ビールを喉に通して「それがまぁ、聞いてよ」と友人へ食い気味に話し始めることにした。うわ駄目だ、まだ飲みはじめて一時間しか経ってないのに既にテンションが高くなっている自覚を持つ。 「彼、多分やったことないんだよね」 「は? え、まさか童貞?」 「……イエス」 そのワードだけで友人たちは「やばーい!」とテンションが上がっている。 「なんかもう、エッチどころか。彼曰く、私と付き合ってその日にしたちゅーがファーストキスだったらしくて」 「えっ? それってやばすぎない? てことは彼氏、名前が人生初カノってこと?」 「……らしい」 「ええ、なに。てことは顔あんまりなの? それともコミュ障? 性格難ありなの? ねえ写真は?」 顔があんまりという訳では断じてないし、コミュ障どころかフレンドリー過ぎるし性格は良いし。まあ、ちょっと頑固なところはあるけどさ。写真をねだられ、つい最近に高校生のようなノリで携帯の内カメラで撮った(というより私の変なテンションに付き合ってくれた)虎丸くんとのツーショットを披露した。すると「は? 超イケメンじゃん!」「ちょっと格好良すぎない!?」と友人たちの興奮は更に高まる。確かに、この写真の虎丸くんはもうアワワって困るくらいイケメンだ。キリッとした眉毛だとか、筋の通った綺麗な鼻だとか、大きくてくりっとした目だとか、形のいい唇だとか。もうひたすら見惚れる。しかも私の肩にさらりと腕を回しているし、私の身長に合わせて屈んでくれてるからちょっと上目遣いになってて破壊力は抜群だ。小学生のイメージが強すぎて実感なかったけど、やっぱり改めて見ても虎丸くん格好良すぎる。もはや隣にいる私がなんだこの精神年齢低そうな女は状態になっている。 「こんなイケメンなのに彼女も出来たことない、しかも童貞ってやばくない?」 「この人、何歳なのよ」 「……四コ下、なんだけどさ」 「てことは、二十歳?」 「若っ!」 興奮冷めやらぬといった友人に私は虎丸くんとの馴れ初めを語った。バイト先で出逢って、彼が小学生の頃、中学生の頃、高校生の頃、そして社会人になってからと四度も私に告白をしてくれて今回ついに私がオーケーを出したということを説明すると友人は興味津々な様子だった。友人Bなんか日本酒を頼んでる。 「つまり、名前のことがずっと好きだったから彼女も作ったことないしキスもしたことなけりゃセックスもしたことないと」 「一途な子じゃん、良かったね」 「そう! すごく良い子なの。その、ちゅーの時にも言われたんだけど。ファーストキスは名前さんがよかったんですって」 「きゃ、やばい!」 「だから、なんかその……夜の方も、ね、やったことないっぽくて」 「彼、すごくない? 本当に名前以外の子とやりたくなかったんじゃん」 どうやら友人たちは虎丸くんの私への一途さに自分のことのようにきゃっきゃと喜んでいる。いや、そうなんだよ。虎丸くんくらいなら、キスだとかえっちだとか、別に付き合ってなくてもお相手はいたと思うよ。寄ってくる女の子なんて少なくなかっただろうし、虎丸くんとしたい子なんていっぱいだろうし。思春期なら特に。まぁ、虎丸くんは彼女でもない子とやっちゃうような子ではないって分かってるけど。そう、だからね。すごく嬉しいんだよ。そんなにも私のことを好きで居てくれてたんだって。嬉しいし、とても有り難いことなんだけど。だからこそ、悩むことが一つあった。 「私も、その……初めてだったらいいよ?」 「処女ってこと?」 うん。そうだけども。オブラートに包んだ私の気遣いを返しやがれ。 「まぁその、私もそれなりに経験がある訳じゃないですか……。それで、経験した相手はみんな私より経験値が高かったり同じくらいだった訳ですよ」 「うんうん」 「だから! 私は男性側にエスコートされ、身を任せていた!」 「そうだね」 「でも! 今回は虎丸くんが初めて!私が経験者! つまりは、私がエスコートしなくちゃいけないってことなの!?」 音をたてそうなくらいの勢いでジョッキを机に置いて私は魂からの叫びを解き放つように言った。どうしようとウジウジ悩んでいたことを言葉にするだけで、こんなにも肩の力が抜けるものなのか。口にするって大事だ。勢いの激しい私を見て友人はポカン、と口を開いて唖然にしていた。そして、しばらくしてから私の問いに呆れたような表情で応えた。 「……それって、アンタがそんなに悩むこと?」 「え?」 「そんなの、名前より彼氏の方が気にしてるに決まってるじゃん」 @没 といいつつこれは続き書きそうな気がする…大人虎丸かっこいいもん…10年後組でも一番お顔がえちえちだと思ってます。不健全でごめんなさい! back |