倉持とカースト最下位女子




 私は自他共に認めるおとなしい性格だ。クラスの中でも位置付けは最下位レベルで、所謂最上位カースト女子の下の下の更に下の存在。そんな私は、クラス女子からは当然パシられなめられている。自覚している。でも怖いから何も言えない。

「ねーねー松原さん」
「は、はい、 どうしたの?」

 今日声をかけてきたのは学級委員さんだ。真面目な人がこのクラスにはいないからチャラそうな人がノリでやる〜みたいな流れで決まった人だ。故に真面目系の学級委員ではなう、権力凄まじい系の学級委員なのである。こ、怖い。何を言われるんだろう。


「あのねぇ、担任に教科書を職員室まで持って来てって言われたんだ。今日の五時間目使うから、出来れば昼休み始まってすぐに、って」
「…」
「それで申し訳ないんだけど、松原さん代わりに行ってくれるかなー? 私、今日食堂行く予定だったんだけど、職員室なんか行ったら混んじゃうからさー」

 髪の毛をくるくるといじりながら学級委員さんはそう言った。……私も、今日はたまたまお弁当がないから食堂でパンかおにぎりを買うつもりだったんだけどな。ちょっと出遅れたらパンはすぐに売り切れてしまうから一刻も争う状況だというのに。うう、でも……仕方ない……。諦めて了承しようと口を開いたその瞬間だった。

「うん、分か」
「お前が頼まれたんなら自分で行けよ」

 私の後ろの席から学級委員さんに向かって、そんな言葉が投げかけられた。

 ヒーローが現れた。

 なぜかいつも私がパシられているところを見つけるとこっそり助けてくれるヒーロー。いや、私が勝手にヒーローって呼んでいるだけなんだけど。それが後ろの席の倉持くん。

「はあー? 嫌だから苗字さんに頼んでるんでしょうがー」
「こいつだって嫌がってるだろ」
「それじゃあ倉持が行ってよ! 学級委員命令ー!」
「あぁ?」

 って、なんだか良からぬ雰囲気で喧嘩勃発しかけている…! 私は慌てて両手をぶんふんと振った。

「わ、私、行くよ!」
「ほんと!? ありがとう苗字さん! それじゃあよろしくね〜!」

 言われたかが勝ちかのように、学級委員さんは上機嫌で私たちの前を去った。恐る恐る、ちらりと振り返ってみると腑に落ちていないような倉持くんの顔がそこにはあった。

「お前は食堂行かなくて良かったのかよ」
「…えっと、まあ……その。行くことは行くけど。でも!パンとかおにぎりじゃなくて、ラーメンとかうどんがあるし大丈夫…です」
「……そうかよ」

 倉持くんはやっぱり納得いってないようにむすっとした顔で窓の外をそっぽ向いた。せっかく助け舟を出してくれたり庇ってくれていたのに、私ってば失礼な態度を取ってしまったのかな。倉持くんを怒らせてしまったのかな。そうだとしたら、すごく申し訳ないな……。けれど、大して仲が良いという訳でもないし本当にただのクラスメイト、ただの席が前後っていう間柄でしかないから今更弁解するのも緊張するというか。でもいつもこうやって、何かと私を助けてくれている……。って、もう倉持くんは私に完全に背を向けているし。私が彼を呼ぶのも、彼の肩を叩くことも出来る訳ない。私はため息が出そうになるのをのんとかこらえながら、もう一度心の中で倉持くんに謝った。








 昼休み。かなり憂鬱な気分になりながら職員室へ向かう。春とはいえ、もう気温も高くなってきている。そんな中ラーメンやうどんなんて、しかも食が細い私からすれば……。食堂でそれらを食べている男の子は凄いなあ。暑くないのかな。今日は日替わりのデザート用で売られているお菓子にしようかな。お昼ご飯がお菓子なんて不健康だけど仕方がないんだもん。はあ。さっきは我慢出来ていたため息が思わず漏れた。

「あれ? 松原。どうしたんだ」
「…えっと。学級委員さんの代わりに、五時間目に使う教科書を取りに来ました」
「代わりに!?」
「……え?」

 担任の先生が、こっちがびっくりするくらいに顔をギョッとさせた。そしてモゴモゴと何か申し訳なさそうにしている。

「いや……その、来てくれた松原には本当に申し訳ないんだがな。」
「…?」

 先生は、本当に申し訳なさそうにこう説明した。実は五時間目に書類は使わないし、そもそも取りに来る書類なんてものもない。最近あいつ(学級委員)が無断欠席を多くしたりピアスやらを色んな先生が没収していると聞いてね、と。

「……」
「指導だと呼び出してもなかなか来ないから、仕方なしに騙して職員室へ来させようと思ったんだが……」

 思わず、あっけらかんとしてしまう。

「あ…あはは。そ、そうだったんですね。それはその…こちらこそ、なんだか申し訳ないです」
「いや、お前に非は全くないんだ。すまんな、松原」
「いえ! とんでもないです。それじゃあ…失礼します」
「ああ、申し訳なかった」

 仮面としかいえないような笑顔を作って、私はそのまま職員室を出た。そしてふつふつと湧き上がったのは怒りしかなかった。

 どういうことなの? そもそも、どれだけ問題児だと思っていても生徒を騙すなんて信じられない。それに、私ってば本当についてない。人のためと思って学級委員さんの頼みも聞いたのに。これならいっそ書類を教室に持って行った方が気持ちはスッキリしてたよ。職員室に来たのが馬鹿馬鹿しくなる。
 職員室の扉の前、たった数秒の間で私は心の中で思いを爆発させた。けれどその後すぐに、そうは言っても何にもできない私が結局一番惨めなのだときつく、そう、私は本当に…。みじめだ。そう思うと、だんだんと怒りは萎んでどうしようもない悲しみが溢れだす。

「……はぁ」

 職員室の前の窓から食堂を見下ろすと、既に中には収まりきれずに外まで続いてる行列が確認できる。これはもう、おにぎりやパンどころかデザートまで売り切れてるのではないだろうか。そうなればここは腹をくくって、暑い中うどんかラーメンを食べるしかない。冷やし中華があればなあ。夏にもなってほしくないけれど。
 そんなことを考えながら、すぐ近くの階段を下りようとしたそのときだった。

「松原」

 突然声をかけられて驚き振り返ってみると、そこにいたのは。

「く、倉持くん……?」

 なんと倉持くんが階段前の壁にもたれていた。その立ち姿がサマになっていてかっこいいな、と密かに思ってしまった……って、それどころじゃない気がする。

「ど、どうしてここに…?」
「あ?」
「ひっ」

 い、いや違うよね。別に倉持くんだってここにいてもいいよね。なんでって、おかしいよね。倉持くんだって何か用事があったに違いない。それなのに私、なんか怪訝そうに。やだもう私ってば本当に倉持くんに失礼な態度ばかり取ってる。怒ってる、倉持くん絶対に怒ってる……。

「お前、学級委員の奴にパシられてたろーがよ」

 はい、そうです。ああ、もうやっぱり顔と声色も雰囲気も全て怒ってる……。

「四十人分の教科書なんかお前一人で持てねえだろ」

 はい、そうです。怒って………る?

「だから、手伝いにきたんだよ」
「……」
「……」
「怒って…ない?」
「ああ?」
「ひっ! ごめんなさい! あの、えっと、その」

 思わず口から出てしまったようで、私の言葉に倉持くんは目つきを悪くさせた(ように見えた)。また失礼な態度を取ってしまった。倉持くん、私を手伝ってくれようとわざわざきてくれたのに。すごく、優しいのに。なんとかしてその心遣いを取り戻さないと。

「手伝いにきてくれて、ありがとう。ただ…」
「ただ?」
「その、教科書……無い、っていうか」
「……無い?」

 不思議そうに目を丸くさせた倉持くんに、私はつい数分前の職員室での担任との会話を思い出す。そして、簡潔に目の前の彼へと説明した。倉持くんは話を聞くにつれ、だんだんとこめかみには青筋が出て、目つきもまた悪くなって、歯を食いしばり始めた。うわ、うわわ、どうしよう。怒ってる。私、また怒らせた? 怒らせちゃった? 来て損したって思われたよね? そうだよね? 私ってば、どこまで倉持くんに……。話し終えたと同時に肩を下げ、目の前の顔を見るのが怖くて逃げ出したくてたまらなかったけど、堪えながら私は彼のつま先に目線を落とした。私なりの精一杯。

「おい」
「……は、はい」
「……っはぁーーーああ。ったく…」

 何を言われるんだろうと身構えていたけれど、頭から降ってきたのは倉持くんらしくない声だった。びっくりして思わず顔を上げると、倉持くんはなんともいえない顔をしていた。呆れているような、でもほんの少し気に食わなさそうな、でも諦めているような。そんな表情にどう反応すればいいのか分からなくて、彼の顔をじーっと見つめてしまう。

「お前、昼飯ないんだよな」
「えっと……今から食堂に行こうと思ってて」
「ラーメンかうどん食べに?」
「……さすがに、パンとおにぎりはもう売り切れてると思うから」

 頭の中で思い出したのは、先ほど見た食堂の行列。うん、絶対にあれは売り切れてる。改めて、この暑さの中うどんやラーメンを食べることに気が乗れずにいたそのとき。

「ほらよ」

 倉持くんは近くにおいてあったビニール袋を私に差し出した。中には食堂のさまざまな種類のパンが入っている。あ、私の大好きなカレーパンもある……。すると、倉持くんはまた促すようにそのビニール袋を私に差し出した。

「……?」
「だから。やる」
「え、ええ!」
「うどんやラーメンよりパンかおにぎりを食いたかったんだろ」
「ど、どうして分かったの…?」
「教室でお前がパシられた後に、俺は聞いてもねーのにそんな風なこと言ってただろ。うどんとラーメンがあるし、って明らかに作り笑いしながら」

 ええ、そんなおこがましいこと言ったっけ、と少し前の倉持くんとのやり取りを必死に思い出す。

「パンとかおにぎりじゃなくて、ラーメンとかうどんがあるし大丈夫…だよ」

 ……い、言った……気がする……。

「でも! これ、倉持くんが買ったんだよね?」
「ん、おー」
「こんなの、申し訳ないよ。私、」

 と、私はそう言っているにも関わらず「やるっつってんだから、有り難く受け取れって」って倉持くんがグイグイと私にそれを押し付けてくるので受け取る他ない。

「……どうして」
「あ?」
「ど、どうして倉持くんは、そんなにも私に優しくしてくれるの?」

 ずっと思っていたことを、倉持くん本人にこぼす。すると、彼は目をまんまるにしてからフっと笑った。

「ま、好きになったもんは仕方ねーからよ」

 そういって倉持くんはじゃあな、と一言だけいってその場を後にした。倉持くんの言葉がずっと頭の中で木霊して、しばらく私は思考が停止したまま突っ立っていることしかできなかった。


@没
もしかすると加筆修正して本ネタの方に載せるかもしれませぬ…倉持パイセンかっこよい

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