#HSHカップル




 大学に入学してから数ヶ月後に付き合い始めた俺たちは大学最後の年である四年生に進級し、交際歴もついに三年を超えた。周りの友人からは三年は大台だな、とか長続きするなあ、とか憧れられたり羨ましがられたりするし、結婚式呼んでくれとかの茶化しが増えたようにも思う。結婚なんて、まだ俺は働いてもいないのに考えられるわけがない。俺は大学卒業してからも警察学校へ行く。やるべきことはたくさんあるんだ。それはもちろん名前だってそうだろう。だから、今を楽しむ。大学四年になった今、それが俺たちの大事にしていることだ。無闇に未来を意識するのではなくて、今を。その延長上で、これからも一緒にいることが出来たら良いなと曖昧に半透明に想像する。長続きの理由を教えてくれと言われた時、俺はいつもそう答えていた。まあ、本当の理由はそんな格好つけたものではなくて、純粋に俺がいつまで経っても名前にベタ惚れだし、独占欲が激しいからというものなんだけどな。

 そんなこんなで俺たちも付き合ってから四度目のクリスマスを迎えようとしていた。付き合って三年以上といえばあまり実感は湧かないけれど、クリスマスという行事を四度も一緒に迎えるというのはなんだか感慨深い気はする。それは名前も同じように思っていたらしくて、「大学時代の全てのクリスマスを一緒に過ごすって、凄いよね」と言っていた。
 初めてや二度目のクリスマスは、俺が全てのプランを決めてサプライズのような形でデートをしていた。けれど三度目のクリスマスからは二人で一緒に予定を考えることにして、去年は名前が行きたいといっていたテーマパークのクリスマスショーを見に行った。一人で名前の喜ぶ顔を思い浮かべながら計画をたてるのも楽しいけれど、名前と一緒にあそこへ行きたい、何をしたい、とクリスマスの予定を企てることは数倍も楽しかった。

 そして今年のクリスマスは、都内のイルミネーションを見てから夜ご飯を食べて、その後は俺の家でゆっくりするという計画になった。俺的にはもっとこう、女なら泊まり込みで遠出して県外のところへ行きたがらないのかと思ったりもしたが、名前曰く「私も零くんも今は大変なんだし、せっかく零くんと過ごすならゆっくりしたい」だそうだ。確かに、十二月に入りお互い卒論の提出期限もあと少しで迎えようとしているため普段から会える回数も減っていた。そこで、せめてクリスマスは一緒に過ごそうと言っていたから俺はそのプランに賛成したのだった。



「わあ、すごい!」
「綺麗だな」

 街の中には、煌めくイルミネーションを楽しそうに眺める恋人たちで溢れていた。この時期はきっと社会人も忙しい人は多いと思うが、やはり聖なる夜を恋人と過ごしたいと思うのが普通なのだろう。俺も働き出しても、こういう日はなるべく名前と過ごしたいと思っている気がする。イベント事のときの名前は普段と違って、いつも以上に可愛く見えるからだ。なぜだろう。理由は明確ではないけれど。

 名前が歩く度に揺れる、彼女が付けている首元のネックレスと耳元のピアスが目に入る。それはどちらも俺がプレゼントした品々だった。俺とデートをするとき、必ず俺のあげたものをこうして付けてくれるところもとても律儀で、愛しくなる。かくいう俺も、名前から貰ったマフラーやカバンを必ず使用している。

 冷たい風が音をたてて吹いた。指まで絡めながら手を繋いでいた俺たちは、あまりの寒さにお互い手にギュウ、と力が入る。同じことをする自分たちにどちらからともなく笑いながら、俺はその繋いでいる名前の手を俺のコートのポケットに入れた。その影響で名前と俺の距離がぴたりとくっ付く。「…ふふ、零くんあったかい」「なら良かった」そのとき、街の中心にあるクリスマスツリーのイルミネーションが点灯した。

「綺麗……」

 カラフルな眩い光に照らされながらそう口にした名前の横顔を見ながら、俺は心の中で名前と同じ台詞を呟いた。



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 いつもより贅沢に少し高めのレストランで夕食を食べてから、二人で俺の家へとそのまま帰った。俺はともかく、名前は普段飲まないようなワインを嗜んだせいか帰路の足取りが覚束ないわ、ふわふわしてるわで大変だった。無理して飲まなくても良かったのにといった俺に対し「私ももう二十二歳の大人なんだからね〜」と子供じみた答えが返ってきて思わず笑ってしまった。よく言うよ。

 ほろ酔いの名前を先に風呂へ行かせてから、その後に俺も風呂に入る。入浴した後、濡れた髪をタオルで拭きながら部屋へ戻ると、フェイスパックを終えた直後だったのか、名前は乳液を念入りに顔に広げていた。久しぶりに会った今日の名前は心なしかいつもより粧し込んでくれていて美人になっていたけど、今みたいに何の化粧もしていない彼女の方が俺は好きだったりする。童顔だから、すっぴんの時は高校生くらいに見えるけれど。

「あ、零くん、おかえり」
「ドライヤー、先に使うぞ」
「んー、りょうかい」

 頬に手を押しつけている名前の返事を聞いて、先にドライヤーを使って髪を乾かし始めた。何だかな、先ほどまで一応イルミネーションを見に行って細やかではあるがデートをしてきたのに、家ではこのまったりさ。俺はそれがとても心地良かった。名前と付き合ってからしみじみと感じるのが、俺は落ち着いた恋愛が一番向いているということ。名前といると心から落ち着けて、気が抜けるからかもしれないが。よく、一緒にいすぎると当たり前の存在になってドキドキを味わえなくなる、というけれど。俺は当たり前の存在になっても、名前がたまに出す甘えたなところだとか我儘なところを見るだけで可愛いなと思う。

 自分の髪の毛を乾かし終えると、名前がドライヤーを待っていた。そうだ、と俺はとある提案が頭の中に浮かんでドライヤーを手にしながら名前の背後へと回った。

「乾かしてやる」
「えー、いいの?」
「ああ」
「ふふ。じゃあお願いします」

 ソファーに座っていた名前は、床に座って代わりに俺をソファーに座らせるように促した。そのまま腰を下ろして、ドライヤーの電源をつける。名前の髪を風で揺らした瞬間、俺と同じシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐった。こんな小さなことだけで、俺は幸せと愛しさを感じる。

「零くんって」
「ん」
「乾かすの上手だよね…」
「そうか?」
「うん、なんていうんだろう、美容院で乾かしてもらってるみたい…」
「それはどうも」
「すごい、気持ちいいから……寝ちゃいそうになる………」
「おーい、寝ちゃ駄目だぞ」

 髪の毛を乾かし終え、ドライヤーの電源を切ってそう問いかけると、名前の頭がこてりと可愛らしく俺の足にもたれ掛かった。その後の反応はないものだから、本当に寝てしまったんじゃないかと焦る。何度も名前を呼んで頭を軽く叩いても応答はない。俺は急いで名前の肩を持って、振り向かせた。すると名前の目はぱっちりまではいかないけれど開いていて、上目遣いで俺を見上げた。

「ふふ、寝てないよ」

 目はとろんとさせて、ふにゃりと笑った名前は「乾かしてくれてありがとう」と一言口にしてから、床からソファーへとのぼって俺の足の間に座り込んだ。俺も足を開いて余分なスペースをあけて、名前を腕の中へ誘う。

「零くん」

 体制はそのままで、上半身だけこちらへ振り返った名前は、神妙そうな顔を浮かべていた。いきなりどうしたんだ。

「れいくん」
「ん?」
「クリスマスだね」
「ああ」
「クリスマスだねー…」
「?」
「えっと、あの、零くん」
「…どうした?」

 すると、突然申し訳なさそうに表情を暗くさせた名前に俺は何事だと心配を覚える。次に発せられる言葉にドギマギしていると、名前は眉尻を下げながら口を開いた。

「ごめんなさい。プレゼントね、まだ用意できてなくて…」

 ……なんだ、そんなことか。何かもっと大ごとなんじゃないかと想像していた俺は、ホッと胸を撫で下ろして名前の頭を優しく撫でた。

「いいさ、そんなの」
「…うん」
「こうして、今日一緒に過ごせてるだけで充分だよ」
「零、くん」
 
 俺の言葉に目を丸くさせた名前は、そのまま俺の首に腕を回した。ぐっと近くなったその距離。そしてそのまま名前の顔が近付いて、俺の唇に柔らかい感触が広がる。

「だいすき」
「…ん」
「もうね、すっごく好き」
「…」
「零くんは?」

 ぎゅうぎゅうと俺の首に抱きついて、何度もキスをしてくる名前が新鮮で俺は思わず目を見開く。しかも極め付けは、この怒涛の愛の言葉たちだ。まあどうして名前がこんなにも愛情表現してくれるのかは予想が出来るけれど。

「…かなり酔ってるな」
「ええー、…酔ってないよ」
「嘘つけ」
「ほんとだもん」

 飲んでも酎ハイだとかカクテルが基本の名前が珍しくワインを飲んだから、まあ酔うことは想定していた。けれど、店を出たときにもほろ酔い程度だったからここまでかと安心していたけれど。どうやら、名前はいつも時間差で酔いが回ってくるタイプのようだ。まったく、酒に強いのか弱いのか。目の前にいる名前は頬を赤らめ、目も潤っている。思わず生唾をごくりと飲み込んだ。
 俺の首に回していた腕を解いては前に向き直し、名前は俺の胸に背中を預けた。いつからか、俺のジャージを着ているそれはお泊まり時の名前用のものとなっていた。サイズも大きく異なっているから、肩口がずり落ちて首元がさらけ出ている。冷気が入ってきて寒くないのか、と思いながらも俺はその首筋に唇を寄せた。

「んっ……」

 名前の口から甘い声が漏れたのをいいことに、俺はそのまま首筋に這わせるみたいにキスをする。名前のお腹に手を回して、緩く抱きしめる。首筋に、耳元に、そして顔をこちらに向けさせて唇にキスを落とす。触れ合うだけのそれは、いつしか舌も絡み合う濃厚なものへと移ってゆく。度々漏れる彼女の息を感じながら顔を離すと、名前の熟された視線とかち合った。
 それが合図みたいに、俺は名前を抱き上げて近くのベッドへと押し倒した。名前の髪の毛が布団に散らばって、またシャンプーの匂いがふわりと香った。

「零くん」
「ん?」
「キスして」

 手を伸ばして可愛いおねだりをする名前に俺は苦笑をひとつ浮かべた。今日は随分と積極的だな。名前は酔っ払っても記憶は残っているタイプだから、きっと明日の朝に「恥ずかしすぎてしにそう」と言って蹲るのが容易に想像できる。まあそういうところも可愛いんだけれどな。そんなことを考えながら、俺は要望通り名前の唇にそっと己の唇を重ねた。



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 一糸纏わぬ姿のまま、心地良さそうに寝息をたてている名前の乱れた髪を整えるように撫でる。首元や胸元、背中のあちこちに散りばめられた赤い鬱血痕を見て俺はこの上なく満たされた。毎回キスマークをつけてしまう癖を一度彼女に謝ったことはあるけど、その名前が愛されているんだって思えるから嬉しいという風に言ってくれたから、この件に関しては俺はもう歯止めが効かないと思う。名前はよく「零くんはモテるから、不安になっちゃう」と言うけれどそれはこっちの台詞だと常々思う。でも、そんな彼女にとってこの赤い痕が安心剤ならいくらでもつけてやる。つけてやる…けれど。もっと名前には安心してほしい。分かって欲しい。俺は名前に夢中だってことを。名前しか考えられないってことを。

 俺はベッドの近くに置いてあったひとつの袋の中から小さな箱を取った。そして、その箱も開けて中でキラリと輝くそれを取り出した。そのまま夢の中にいる名前の手をとって、右手の薬指にそっとそれをはめた。ついでに自分も右手の薬指に全く同じものをはめると、思わず口角が上がった。クリスマスプレゼントとして買った、ペアリング。今まで指輪をあげたことはないから、名前は喜んでくれるだろうか。いや、きっと喜んでくれるだろう。

「……名前」

 朝目が覚めたとき、酔っていつもより大胆だったことを思い出す彼女と、そしてこのクリスマスプレゼントのペアリングに気付いた時の彼女を楽しみにしよう。

「おやすみ」

 そう口にしてから無垢な彼女の唇にひとつキスを落とす。俺はそっと幸せを感じながらゆっくりと目を閉じた。


//181224



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