叶わない恋だってことは、好きになる前からずっとずっと分かりきっていたことだし、もちろん私だってそれ以上は何も望んでいなかった。望む価値さえなかった。
私には好きな人がいた。その好きな人には、他に好きな人がいた。ただそれだけのこと。
「―――好きなんだ」
なのに、そのはずなのに。彼はいつも私に向かって、その言葉を口にする。
「…またそうやって人をからかうでしょ」
「からかってねぇよ!」
「はいはい」
「オメーが好きなんだ、名前」
彼に捕まっていた私の左手首が痛みを訴える。そんなに強く握らなくてもいいのに、意地でも彼は私がその事実を認めるまでは離してくれないようだ。嗚呼、もう。
「分かったから、新一くん」
痛いよ、と告げれば 彼はハッと我に返ったかのように 私の左手首を離した。でも、そのままこの場から立ち去ることは許してくれないようで 射るような視線が私の目を捕らえる。心の奥底まで貫かれるようなその力強さに、思わず生唾を飲み込んだ。ああ、そういえば、私が彼のことを好きになった理由は、こんな風にキリッと引き締めた表情に一目惚れしたからだったなあ、なんてぼんやりと考える。
「分かってねえから、何回も言うんだろ」
心底悔しそうな表情を浮かべる新一くんに、思わず顔を歪めそうになった。
予鈴が鳴る。早く教室に戻らないと。
新一くんにわざと返事を返さないまま、私は背中を見せて教室へと足を進めた。廊下を走ることに抵抗はあったけど、足は言うことを聞かずに加速していく。新一くんの私の名前を呼ぶ声が聞こえたけど、何が何でも聞こえないふりをした。
その日を境に、彼は忽然と姿を消した。
私が分かってない?
ちがう、新一くんが分かってない。
新一くんが本当に好きな人はあの幼馴染の女の子で、新一くんとお似合いなのもあの幼馴染の女の子で、新一くんは何かの間違いで私が好きだと錯覚しているだけで。
知っている。新一くんは、あの幼馴染の女の子とデートもたくさんしてるってこと。当たり前でしょ、新一くんは私の好きな人だもん。どんな情報でもどんな噂でも、新一くんのことなら拾い上げてしまう。
そう、新一くんのことなら何でもわかるの。だから、彼が私のことを好きじゃないなんて一目で分かる。
「……そんなの、あんまりだよ」
「どうして?」
「もし、新一お兄ちゃんが本当に名前姉ちゃんのことが好きだったらどうするの?蘭姉ちゃんは本当にただの幼馴染で、」
「あはは、コナンくん。あり得ないよ」
私を好きだと錯覚している新一くんに好きだといわれても信じれなくて、たとえ私を愛してると言ってくれても信じれない。
だって、彼が本当に好きなのはあの幼馴染の女の子なんだから。
「ずっと一緒にいるからこそ、気付けれていないだけだよ。新一くんの場合、きっとあの子が近過ぎて好きだということにも気付いてないだけ」
「……」
「それで、たまたまあの子とタイプも何もかも違う私が新鮮に映って、好きと勘違いしてるだけ」
「でも!」
「でもね、コナンくん」
「…」
「何度彼に好きだっていわれても、本当は意味も何も篭っていない愛してるをいわれても、私は信じれない。信じちゃあ新一くんにもあの子にも迷惑だから。……だけどね、」
いつも泣きそうになるくらい、嬉しいんだよ。
「だってね、」
「私は新一くんのことが、一番大好きだから」
なーんて、小学1年生にこんな難しい話はまだ早すぎたよね、と どこか苦しくて辛そうでやりきれないような表情を浮かべているコナンくんの頭にやさしく掌を乗せて、ごめんねとひとつ謝る。
私たち2人が座っているベンチの傍らに白いゼラニウムが咲いているのを見つけた。珍しい、誰かが植えたのだろうか。風でよそよそと揺れる白いゼラニウムを見てまた、今はどこかへ消えた大好きな人の顔を私は頭に浮かべるのだ。
私には好きな人がいた。その好きな人には、他に好きな人がいた。
ただそれだけのこと。
//170510
白のゼラニウム - 私はあなたの愛を信じない