あなた達二人のお陰で商売も繁盛してね。嬉しいことなんだけど、私たち夫婦二人でやっていくには限界を感じていて。前まではあなた達が手伝ってくれていたけれど、それも厳しいでしょう。だから、アルバイトを募集してみようと思うの。もちろん経験者が最低条件だし、私たちのこのお店の雰囲気もテーマも全て理解してくれる人。そんな人がいれば喜んで雇うつもりなんだけど…まあ、そんな簡単に見つからないと思っているわ。でも、出来る限り私たちが築き上げてきたこの店を尊重してくれる人ね。
収録現場がたまたま俺の実家であるケーキ屋「fonte chocolat」の近くだったこともあり、収録終わりに数人のメンバーを連れて久々に訪れた。俺や一織からすれば帰ってきた、のニュアンスの方が正しいけど。そして、その時に母さんにされた話が冒頭の通りだ。一織も俺も、家族だけで今まで経営してきたお店だったし、言い方は悪いけど他人に手伝ってもらうというのは変なプライドがどうしても出てきて、真っ先に頷くことは出来なかったけど。でもありがたい事に、店はそうやって売り上げはもちろんお客さんの数は増えてる。俺たち二人も店を手伝うなんて、母さんの言う通り今はほとんど難しい話な訳であって。父さんと母さんの負担も考えれば、アルバイトを雇うしかないってことだ。
「良い人が見つかれば良いですけどね」
「だよなぁ…うちの店にぴったりな人いねぇかなあ」
なんて一織と話していたのは、もう二ヶ月前のことだ。この話を母さんから聞いた一週間後に、何ともうアルバイトを一人採用したのだという。驚異的なスピード過ぎて俺も一織もその連絡を受けたときは思わず呆然としてしまった。あまりにも早いもんだから、そのアルバイト大丈夫なのか…?と二人で心配していたけど、俺たちもライブツアーが重なったりして店には顔を出せずで、すなわちアルバイトをこの目で見ることがなかなか出来なかった。母さん曰く、“とても良い人。素晴らしい人。素敵な人。”なんて絶賛するもんだから、何となくイケメンなのかなーなんて考えてた。母さん面食いだし。
仕事前の昼頃。ようやく暇が出来て、一織は学校だから一緒に来れなかったから一人で店に寄った。二ヶ月ぶりの店――実家にほんの少し懐かしさを感じながらドアを開ける。チリンチリン、とドアベルが店内に鳴り響いた。幸いお客さんもあんまりいないなーと、変装用のマスクを取ってカウンターに視線を向けたときだ。レジ辺りに一人、見知らぬ女の子がいて俺は全身固まった。同様に、女の子も少し動揺しているようだった。や、やばいな、なんか話さなねえと。
「あ、えー、初めまして?その、あれだよな?アルバイトの子…だよな?」
「は、はい。初めまして。二カ月前からアルバイトしています、苗字名前です」
「えーと、和泉三月です…?」
「ふふ、存じ上げてます」
自己紹介を返せばおかしそうに楽しく笑う彼女を見て、つられて俺も笑った。なんだこれ、なんか、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「やっと会えました、三月さん」
早くご挨拶したかったんです、と紡がれていくその続きの言葉は一切耳に入らなくて、ただひたすらと、やっと会えたという言葉が俺の頭の中で木霊した。柔らかく微笑む彼女に、胸をがしりと鷲掴みされたような苦しいようで切ない感覚に陥った。
厨房でケーキを作っていた母さんと父さんにも挨拶をすると、母さんが名前さんに休憩に入るよう促した。確かに、時間帯的にはこれからお客さんが増えるし、今のうちに休憩に入るのが妥当だろう。すると、母さんが俺の方をちらりと見た。何やらニンマリとやらしい顔をしている。「三月も、名前ちゃんと色々お話したそうだし」おい。すっげえ爆弾投下された気分だ。母さん後で覚えてろよ。
「え、俺と同い年!?」
「はい」
「うっわ全然見えねぇ…」
うちの店のアルバイトに雇用された彼女、苗字名前さんは俺と同い年で、今はパティシエの専門学校の3年生だそうで。確かに経験者であることの条件は満たされているんだなあと心の中でぼやいた。
「私、このお店が大好きなんです。小さい頃…うん、幼稚園くらいの頃から」
「そんな頃から?」
「はい。たまたま両親に連れてきてもらったのが、この 『fonte chocolat』で…」
ここのケーキは、とても美味しいです。味はしっかりしているのに、それでもしつこくない甘さだとか。老若男女楽しめるデザインだとか。それに、今の店長たち…三月さんのご両親の対応やお二方の笑顔にも惹かれて、私はこのお店が大好きになったんです。私がこのお店のように美味しいケーキを作りたい、パティシエになりたいと思ったのもここに来てからなんです。ここに来るとすごく幸せな気持ちになるんです。だから私もどうか、お客様にそう思ってくれるようなスイーツが作れるパティシエになりたいって思ってて…。そしたら、ここでアルバイトを募集していたから。憧れてるだけじゃダメだって、応募したんです。
「毎日が勉強になるし、お客様の幸せそうな笑顔も見れるし、とても楽しいし。もう、一石三鳥なんです」
キラキラと目を輝かせながらそう語った名前さんはそう言い切った。そして、口をあんぐりと開け呆然とそんな名前さんを見ていた俺に気がつくと、我に帰りはっと息を飲んだ。
「ご、ごめんなさい。私、すごく長々と語って…」
三月さんの方が、このお店の魅力なんて分かりきっていますよね。そう恥ずかしそうに頬を赤らめながら顔を俺から背ける名前さんを見て、やけに鼓動が早く動き出した気がした。
「…名前さん、すっげーよ!」
「え?」
「そこまでこの店のこと思ってくれてんなら余計な心配もいらなかったよ、マジで」
「……」
「うん、名前さんで良かった!」
心底安心して自分でも制御出来ないくらいの、だらしない満面の笑みが浮かんだ。すると名前さんも眉尻を下げて照れ臭そうに笑うもんだから、俺も伝染するかのように顔が熱くなった。ちょっとやっばいな、これ。
「これから三月さんのためにも、お店に貢献できるよう頑張りますね」
完全に射抜かれた。
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「名前さんで良かった!」
満面の笑顔でそう言い放った三月さんに、嬉しさと恥ずかしさと不思議な気持ちに駆られて思わず視線を逸らした。自分でも分かるくらいに体温が上昇していくのが分かって、誤魔化すかのように笑った。なんでこんなに恥ずかしいんだろう。三月さんに褒められたから?三月さんに認められたから?
「これからも三月さんのためにも、お店に貢献できるよう頑張りますね」
またその不思議な気持ちに顔を背けるように三月さんにそう言えば、彼は嬉しそうにまたキラキラとした笑顔を私へ見せた。心臓がどくりと疼いた。この感情を私は知っている。そう、本当は分かっていた。
「頼むな、名前さん!」
私は、三月さんに惹かれている。
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「なあ、母さん」
「ん、三月?どうしたの?」
「名前さん、さ」
「…ふふ」
「めっちゃ良い人だったわ!」
惚れた、なんてさすがに恥ずかしいから言えねえけどさ!
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