「オレが名前の隣だって言ってるだろ!兄ちゃんはあっち行け!」
「アツヤは昨日も名前の隣だったじゃないか」
「オレが隣だ!」
「今日はぼくだよ」
「な、ん、だ、とー!」
「もう!けんかしないで!」
「うっ」
「3人でいっしょに入ればいいでしょ?」
「うん、そうしようか」
「…フンっ、名前がそう言うなら」
「ほら。3人で入ったら少しぎゅーぎゅーだけど、あったかいよ」
「あったかいね」
「…あったかいな」







「……名前?」
「わぁ!」

 遠くからなんとなく声が聞こえるな、と思っていたのが段々と鮮明になってきて、目を開けると視界いっぱいに士郎の顔が映って思わず大きな声を上げてしまった。鼻と鼻がくっついてしまうくらいの距離だから驚くのも仕方ない。いつの間にか私、寝ちゃっていたんだ。

「こたつで寝てたら風邪引くよ」
「うん、…そうだね」
「ほら、これ。近所のおばさんからいっぱい貰ったんだ」

 食べようか、とにこりと嬉しそうに笑った士郎の腕にはこの季節ぴったりのみかんがたくさんあって。近所のおばさんからみかんを貰うのも、もはや毎年恒例になったきたなぁなんてぼんやりと考える。
 そして、毎年こうやって――士郎のお家で一緒に過ごすのも。

「冬だねえ」
「……うん」

 私と向かい合わせではなく、隣に士郎は腰を下ろしてこたつの中へ足を滑らせた。そして、器用な手つきでみかんの皮をむいている士郎を私はぼうっと眺めていた。

「どうしたの?」

 そんな私の様子に気がついた士郎が、完全にむき終わったみかんを2つに分けて、片方を私にどうぞ、と何とも可愛らしい笑みを浮かべながらくれた。礼を言って私はみかんを受け取って、それをぼんやりと見つめる。


「さっき、懐かしい夢を見て」
「…懐かしい夢?」
「士郎と私と、敦也でこたつに入ってる夢」

 その情景は、今でも忘れることはない。だから現に夢にまで出てくるんだ。

「昔、士郎と敦也どっちが私の隣に行くかって言い合っていたでしょ」
「あはは。そういえば良くもめてたなぁ」
「それで、狭いのに3人隣同士でこたつに入って温まってさ」
「懐かしいね」

 士郎はみかんを食べながら、のんびりとそうぼやいた。私はというと、気を紛らわすかのように士郎からもらったむき出しのみかんを柔く握って溢れる感情を抑え込んでいた。


「昔からずっと、この季節はこうやってこたつ入ってたよね。それでみかんを食べて、トランプとかして」

 ――3人で、さ。
 最後に絞り出たその言葉は自分でも驚くほどに小さくて、か弱くて。自分で言っておきながら、なんだか切ない気持ちがじわりと心に広がった。同時に、士郎に対しての申し訳なさと自分に対しての哀れさも舞い込んできた。
 私だけなのかもしれない。まだ、敦也のことを引きずっているのは。

 士郎は、もうきっと敦也のことは吹っ切ることが出来たんだと思う。宇宙人を名乗る敵を倒すために士郎はスカウトされ、イナズマキャラバンに参加して。北海道に帰ってきたときは比喩でも何でもなく別人になっていた。
 敦也の形見だったマフラーも外して、顔つきも心なしか逞しくなって。二重人格を克服したと聞いて、本当にびっくりして。彼の表情はとても清々しくて、微笑ましかったはずなのに。アツヤを振り切れることが出来たのだと、本当の完璧の意味を理解出来たのだと、心から嬉しかったはずなのに。


「私、ね」


 そんな士郎を、羨ましく思ってしまったのだ。羨ましくて、羨ましくて、仕方がなかった。アツヤの人格がある士郎といるときも、彼は士郎だと思い込んでいたのにアツヤの人格を見る度に、本当に敦也なのではないかと錯覚してしまうくらいに。北ヶ峰に行って、彼は死んだのだと、彼はもうこの世に居ないのだと何度も再確認してしまうくらいに。こうやってこたつに入っているとき、隣から敦也の声が聞こえてくるんじゃないかってどこか望んでしまうくらいに。

「まだ敦也のことが、忘れられないみたい」

 こんなことを士郎に言ってどうなるのか。せっかく士郎は、克服したのに。私は言った後に自問した。後悔した。懺悔した。前は士郎を守ってあげなくちゃなんて格好つけて大人ぶっていたけど、結局私は彼を守る力も資格もなかったのだ。

 そんなとき。隣にいた士郎が何やらモゾモゾと動き出したかと思えば、私との距離を更に縮めた。肩と肩がくっつほどの距離で、少しだけ私は目を丸める。


「忘れなくていい」
「!」
「忘れなくても、いいんだよ」
「、でも」

 苦しいの。アツヤのことを思うと、あの頃の楽しかった思い出が蘇ってくるの。士郎はもう前を向いているのに、私は未だにずっと過去に生きたままだ。苦しい、苦しいの。楽しかった思い出がまるで昨日の出来事のようで。前を向けない私が憎い。前を向けている士郎が羨ましい。どうすればいいか分からないの。

 胸のうちを全てさらけ出すと共に涙が頬を伝うのを感じたその瞬間。気がついた時には、私は温かい腕の中に包まれていた。それは、こたつの人工的な温かさなんて比にならないくらいのもので。

「し、ろう」
「僕だって、忘れたわけじゃないよ」

 士郎の腕に、僅かに力がこもった。

「僕だって、今でも思い出すよ。だけど、それを忘れられる訳がないし、忘れちゃ駄目だと思ってる」
「…でも、辛いよ」
「うん。だから、これから2人でもっと楽しい思い出を作ればいいんだよ。忘れるんじゃなくて、積み重ねればいいんだ」
「積み重ねる…?」

 昔より、もっともっと楽しい思い出をさ。昔を思い出しても、今もとても楽しいよねって、今の方が楽しいよねって笑い飛ばせるくらいの思い出をいっぱい作って、積み重ねればいいんだよ。そう言葉を並べる彼の顔をふと伺うと、泣きそうな顔をしていて。思わず彼の腕に手を添えて彼の胸に顔を引き寄せた。

「名前、こっち向いて」

 士郎のその声を聞いて、そっと顔を上げると唇にしっとりとした感触が広がる。へ、と間抜けな声を発したときには2回目のそれが降ってきて、どうすればいいのか分からなくて私はただ目を瞑った。

「だめだよ、目開けて」
「士郎、恥ずかしい、ん、っ」

 絶え間なく降り注ぐ口付けが途切れたとき、士郎は私の顔を見てゆるりと口角を上げた。

「名前、好きだよ」
「し、ろう」
「敦也に怒られちゃうかな」
「…ふふ。多分ね」
「独り占めするなってさ」
「…ねえ、士郎」
「ん?」
「ありがとう。私も、大好きだよ」
「うん、ぼくも」

 ふたりでくすくすと小さく笑ってから、また士郎の顔がそっと近付いては私の唇と士郎の唇が重なった。

 楽しい思い出を積み重ねていこう。そして、幸せになろう。過去に囚われてしまっていた昔の私の分も、ずっともがき苦しんでいた昔の士郎の分も。
 ――そして、敦也の分も。


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