中学3年生。それは恐らく、ほとんどの人が初めて避けて通れやしない人生初の分岐点という壁に立っていることだろう。

 そう、高校受験だ。

 春頃はまだ何も考えていなかった。夏頃も、まだいけると。良く彼氏のサッカーの試合を見ていたくらいには余裕だった。だんだんと焦り始めたのは、秋頃だったか。そろそろ本気で進路を考えないといけないな、と思っていた。それでも何だか焦りはなかった。

 なぜかというと、私は中学1年生の頃から付き合ってる恋人と同じ高校に行こうと3年になる前から約束していたからだ。私の偏差値は中の上くらいだけど、彼は超絶頭が悪いとは言わないけど頑張っても下の上くらいだった。でも、私は本当に彼のことが好きで離れるなんてことは考えたくもなかったから 私が彼の頭に合わせて高校を選ぼうと考えていた。親にも猛反対されたけど、私の人生だから私自身が決めたいと何とか説得したし担任も然り。
 だから、ある意味自分の偏差値より軽く10は下の高校に通うことはほぼ彼のお陰で決定付いていたから余裕をかましていたのだ。

 それが、まあ、何とだ。


「……サッカーで推薦された?」
「おう!つーか、もうそこ行くこと決まった!」

 このバカ彼氏――綱海条介の言っている意味を理解するには到底かなりの時間が必要だと思った。

「え、は?…何言ってんの、本気?」
「あー?あたりめえだろ」
「どこなの、どこ推薦されたの」
「ほら、私立のさ。K学園って知ってんだろ」

 条介の挙げた学校名に思わず叫びそうになった。いやもう、もはやその前から叫びたかったのだけど。

「K学園、あんたが!?」
「おー。なんか賢いらしいけど、俺はスポーツコースみたいなとこに通わせて貰うらしくてよ。そのコースは勉強よりもサッカーを目一杯やらせてくれるって聞いて、ぴったりだと思って!な、名前もそう思うだろ?」

 キラっキラの笑顔でそう私に説明してくれる条介を見ていると、泣きそうになった。

「…なんで、」
「ん?」
「なんで!一緒の高校に行こうって約束したじゃんか!」
「お、おう?でもお前、俺に合わせるって…」
「K学園なんか賢すぎて私なんかが行ける訳ないでしょ!あんたはスポーツコースだか何だかで配慮されてるかもしんないけど!」

 そう。K学園というのはこの沖縄でも1、2を争うほどの難関高校。偏差値だって軽く70は超えている。そんなところ、もはや今からの努力だけで行けるわけない。しかも私立なのだから、金銭面を考慮しても容易に行きたいとかも考えられない。というか受験するなんて私が言えばそれこそ、ランクを下げて高校受験するといわれた時より笑われるし呆れられるし、何より限界っていうものがある。

「じゃあ、仕方ないな!」
「なっ…仕方ない!?」
「おう。そうだろ?仕方ない!」

 何度もその言葉を復唱する条介に、先ほどでの我慢が一気に爆発するかのように破裂した。

「条介の馬鹿!裏切り者!だいっきらい!!」

 涙が出るのも堪え切れず、頬に伝っているのを感じたまま私はその場を走り去った。後ろから「おい!名前!」と条介の呼び止める声が聞こえたけど、それすらも無視して私はただひたすらと走った。無我夢中だった。







 辿り着いた先は、人気のない海岸だった。この海は良く条介がサーフィンするところだった。心地よい波音に耳を澄ませながら、私はつい先ほどまでの条介から聞いた衝撃発言を思い出していた。

 何よ、サッカー推薦って。

 そもそもあんたがサッカーを始めてからまだ1年も経っていないじゃない。ありきたりな言葉だとは思うけど、私よりサッカーを選んだってことじゃない。私は条介がサッカーを始めるよりも前に、一緒の高校に行こうって約束したのに。

 何よ、もう行くことが決まったって。

 それを条介に聞いたら猛反対しかしなかったのは想像つくけど、それでも私にちょっとは相談してくれても良かったじゃない。約束を覚えていたにしろ忘れていたにしろ、恋人なんだから相談してくれても良かったじゃない。

 ――何よ、仕方ないって。

 私がどれだけ条介と離れることが嫌なのかあいつは分かってないんだ。私の気持ちを踏みにじってるじゃない。ずっと今まで条介と一緒の高校に行くって考えて、勝手に私が行けないような高校に行くって決められて、それの何が仕方ないの。でも、あいつは仕方ないって言うんだからそこまで私と離れることが特別嫌な訳でもないのかもしれない。むしろ平気なのかもしれない。あれ、そうなのかな。もしかすると条介は私のことが好きじゃなくなったのかもしれない。

 こんな面倒臭い女、嫌いになったかもしれない。いつも一方的に責める私を、嫌いになったかもしれない。だからこの高校進学を機に、さよならしようと考えているのかもしれない。何だかそう考えていくと、そういう未来しか想像出来なくてまた涙が溢れて、体育触りしながら体を丸くさせるように蹲った。


「やっと見つけた」

 そのときだ。背後から聞き慣れた私の大好きな、でも今は聞きたくなかった声がしたのだ。どうすることが正解かも分からなくて、私はただひたすらそのまま伏すことにした。

「おーい、名前。寝てんのかー?」

 すぐ隣に気配を感じて、「よっこらしょ」という声が聞こえたので恐らく私の隣に腰を下ろしたんだと思う。それでも私は彼の呼びかけを無視した。

「名前、顔上げろよ」
「……」
「おら!」
「っひゃ!」

 このまま条介に飽きられるまで無視しようと決めた瞬間。脇腹を鷲掴みにされて、急激なこそばさに思わず飛び跳ねた。もちろん顔も上げてしまって、作戦成功だといわんばかりといった表情を浮かべている条介と目が合ってしまう。彼は楽しそうな顔をしていたのに、私の顔を見るや否や目を丸くしていた。

「泣いてたのか」
「う、うるさい。条介には分かんないでしょ」
「ああ、分かんねえ」
「っ、ならもうあっち行ってよ!」

 ああ、もう。せっかく条介が探して来てくれたのに、やっぱり私はいつまでもどこまでも面倒な女だった。どうしてこんな刺々しい言い方しか出来ないのだろうか。
 条介はだんまりと黙り、何かを考えているかのように海の方へ視線を向ける。

「ひとつ言っても良いか?」
「…なに」

 覚悟をした。サヨナラを言われる覚悟を。
 条介の目を恐る恐る見ると、彼は珍しく情けない顔をしていた。眉尻を下げて、力なく口角を上げているような。

「俺だって、泣きてぇからな」

 そして苦しげに紡がれたその言葉に、私は大きく目を見開いて呆然とするしかなかった。

「めちゃくちゃ好きな彼女に、大嫌いって言われちゃうんだからよー」

 ま、男だから泣かねぇけどな!空元気とも取れるその声色を聞いて、また私の涙腺が刺激される。

「仕方ないって言い方は、悪かったと思ってる」
「…」
「約束を守れなかったのも悪かったと思ってる」
「…っ、」
「だけどよ!高校が離れたからって、俺たちの関係が変わることもねーだろ。好きって気持ちありゃ何とかなるって、俺は思ってるぞ」

 俺は名前のこと、めちゃくちゃ好きだから。他の女なんかマジで興味ないくらいに!だってよ、お前が一番可愛いし。最高の彼女だって思ってるし。絶対に他の女を好きになるってこともねーよ。だから、安心しろ。
 いつもはそんなこと、一言も伝えて来ないくせに。条介は太陽みたいな温かい笑顔を私に見せる。
 私が一方的に条介のことを、いつも考えていたと思っていた。だから今回も私だけがこんな寂しくて惨めな思いをしているのだと勘違いしていた。でも違った。条介は条介なりに考えてくれていて、私のことを――信じてくれていた。

「っごめん、ごめんなさい、条介」

 居ても立っても居られなくなって、私は隣にいる条介にひたすら謝った。私は彼を疑っていたのだ。私の知らない場所で、彼が活躍するのが。私の知らない条介を、他の女の子に見られるのが嫌だったのだ。所詮は子供の戯言だった、我儘だった。バカは、私だった。考え方も、気持ちも、何もかも。条介の方が何倍も何十倍も、大人だった。

「いーんだよ、俺も名前に一個も相談しなかったのは悪かったんだし」
「うう、ごめんなさ、い、じょうすけ」
「もう謝んな!ほら」

 すると、条介はその大きな腕で私を背中から包んでくれた。ふわりと香る条介の匂いがとても心地良くて、やっぱり私は条介のことが好きで、収まりかけていた涙がまた出そうになる。ああ、明日は絶対に目が腫れているだろうな。

「条介、」
「んー?」
「大好きだよ、だいっすき」

 これからもずっと一緒にいたい。ずっと私の彼氏でいてね。今まで素直に伝えられなかった言葉を告げると、彼はきょとんとしてからすぐさま口角を上げた。

「あったりめーだろ」

 そう返事をした条介の顔が視界いっぱいに映り込んだ刹那、頬に口付けられる。そしてどちらからともなく笑いあっては、唇を寄せ合い私はそっと目を閉じた。明日からサボっていた受験勉強も頑張らないといけないな、なんてぼんやりと考えながら。


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