「俺と付き合って下さい」
「えっ」
「好きなんです、俺、名前さんのことが」

 今時の小学生はませてるなと思った。いやもう、小学生でこんな立派に告白できてたら将来言動だけで色んな女の子たぶらかしちゃうんじゃないのとかある意味心配にもなってきた。うん、いや、この子に限ってそんなことはないと信じたいけども。
 高校入学と共に虎ノ屋でアルバイトしてから約半年。四つも年下の虎丸くんに色々と教えてもらいながらここで働き続けてきていた。元々家に近くて、チェーン店みたいなところで接客業は嫌、だけどレジ係をずっとするのも嫌、色々な仕事ができるところを厳選してこの虎ノ屋にした訳だけども、高校生くらいの年齢ってのは勝手な生き物であって、仕事がありすぎて忙しすぎるという理由で私はこの店のバイトを辞めることにしたのだ。それを今日虎ノ屋の店長さん――虎丸くんのお母さんに申し出た後、たまたまサッカーの練習から帰ってきた虎丸くんと鉢合わせになり、ついでだと思って「今月中に虎ノ屋のバイト辞めることになったんだー」とあっさり言った。もちろん虎丸くんは「なんでですか!」とか「名前さんがいなかったら……」とか可愛いことを言って引き止めてくれる。小学生だもんねぇ、まだまだお別れとか寂しい年頃だもんねぇ、とか和んでいた直後のことだった。彼が真剣な顔付きをしたかと思えば、冒頭の台詞を言いのけたのは。

「……いやいやいや、虎丸くん、あのさ」
「俺、本気です。名前さんのこと、ずっと好きだったんです」

 眉尻をキリっと釣り上げながら虎丸くんはそう言う。そんな恥ずかしいことをさらりと言えるのはやっぱり小学生だからだろうか。良いな、幼い頃ってやっぱり度胸があるよね。って、私さっきから感心ばっかしてる。

「虎丸くん、その気持ちは有り難いけど」
「……」
「小学生だよ、虎丸くん。で、私は高校生」

 何言いたいか分かる?あくまでそう優しく尋ねれば、虎丸くんはゆさゆさと首を横に振った。うーん、頑固だな。きっと虎丸くんは年上のお姉さんに憧れのようなものを抱いていて、それを恋愛対象の好きな人と勘違いしているのだと思った。分かるよ分かる、私だって小学生の頃は年上の男の人ってもうすっごいイケメンに見えたもん。

「俺が、小学生だから、駄目なんですか」
「うーん…… まぁそうかな?」

 これは何を言っても諦めてくれそうだと悟って、私はこじつけるように適当な返事をした。いくらどれだけ虎丸くんが良い子でもさすがに高校生と小学生って、もう私からすれば犯罪だ。漫画の世界でもそんな組み合わせ見たことがない。
 虎丸くんはまだ腑に落ちないような表情を浮かべていた。どうすれば納得してくれるのかなー、とのんびり考えてみる。

「それじゃあ、小学校を卒業したら……良いんですよね」

 確認するように問うた虎丸くんに私はうんうんと頷いた。まぁ、私はもう今月中には虎ノ屋のバイトを辞めるし彼が小学校を卒業したときにはもう私に会うことはできないと思うけどねー、という言葉は喉元で抑え込んだ。



#




 中学生という肩書きに変わってから約数か月。俺は、虎ノ屋でアルバイトをしていた名前さんを追っていた。言い方に語弊があるけど、決して行方不明になったとかじゃなくて、純粋に俺が彼女に会いに行こうとしていた。だって、名前さんは言ったんだ。俺が告白したとき、小学生は無理だって。でも、小学校を卒業したら良いって。俺は小学生という肩書きをもう卒業した。名前さんの中での「良い」とつける条件はクリアしたのだと思った。けれど、名前さんは虎ノ屋を辞めてから当たり前なのかもしれないけど、店にも顔を出さないし俺たちは会うことが一度もなかった。店から家が近いってなんとなく名前さんが言っていたのは覚えてるけど、だからといって店の近辺の家を全部見回るのは不審者だ。どうしようかと考えあぐねた結論、俺は母さんに協力を求めた。というのも、名前さんがこの虎ノ屋でバイトをする際に当たって書いた履歴書を見せてくれと頼んだのだ。そこになら住所だって書いてあるし、電話番号だって書いてある。後者は繋がらない可能性もあるから、俺は住所を元に名前さんの家へと向かったのだ。

「は?……え、虎丸くん?」

 名前さんのお家らしき前でひたすら待つこと小一時間、見事に彼女は高校の制服姿でスクールカバンを肩にかけ帰宅してきた様子だった。やっと見つけた。やっと、会えた。そのやり方は卑怯だったかもしれないけど。名前さんは「なんで私の家、」とかぶつぶつ言っているけど俺はそんなもの気にせずに戸惑う彼女にぐいっと近寄った。

「と、虎丸くん、えーと、久しぶり?」
「はい、お久しぶりです」
「大きくなったね」

 視線を右往左往に彷徨わせ、頬をぽりぽりとかきながら名前さんはそう言った。たしかに、最後に会った数ヶ月前より俺は身長が随分と伸びた。それこそ、名前さんより頭1つ分の差があったものが同じ視線の高さになるくらいに。以前とは違う景色から見る名前さんが、なんだかむず痒かった。

「名前さん」
「は、はい?」
「好きです」

 単刀直入に、俺はそう告げた。飾りの言葉なんて必要なかったし、というより思い浮かぶこともなかった。ただただ俺は彼女に想いを伝えたくて、そして彼女からあのとき貰えなかった返事が欲しくて。
 名前さんは、ぽかんと口を開けたまま俺を眺めていた。しばらくして言葉の意味を理解していったのか、「あー、」と間抜けな顔はだんだんと眉尻が下がりやがては苦笑を浮かべていた。

「俺、小学生卒業しました」
「うん」
「中学生になったんです」
「そうだね、」

 小さな子供を見ているかのような名前さんの表情を見て、思わず口を結んだ。

「駄目、ですか」
「……」
「中学生でも、駄目なんですか」

 名前さんはなんとも言えないような顔を浮かべながら渋々といったように頷いた。四歳。たった四歳。だけど名前さんからすれば、この四歳という壁はとてつもなく大きなものなんだと悟った。

「分かりました」
「……ごめんね、虎丸くん」
「じゃあ、連絡先を教えてください。それくらいなら良いでしょう? 俺、携帯を買ってもらったんです」

 ズボンの後ろポケットから購入してまだ間もない携帯を取り出して名前さんに見せつけた。すると名前さんは「中学生だもんね〜」とへらりと笑って、なんの躊躇いもなく俺と連絡を交換してくれた。そして、俺たちは別れた。名前さんの高校の制服姿を見るのは、これが最後だった。



#




『明日空いてますか? もし大丈夫なら、何時でも大丈夫です。稲妻町に来てくれませんか』

 携帯に浮かぶその文面を何度もなぞるように見ては、ふうと一息を吐いた。これは昨日、名前さんに送ったメールの内容だった。でも、未だに返信は返ってこなかった。
 名前さんと最後に会ったのは、もう三年前になる。中学に入学してから俺が再び名前さんに告白したあの日以来、俺は彼女と会っていない。
 俺は中学を卒業し、高校生になった。俺は名前さんと連絡先を交換したけれど今まで連絡を取ったことはなかった。中学生が何を言っても連絡しても、結局名前さんの想いは変わらないと分かっていたから。なら、高校生なら。高校生になったら、漸く返事を返してくれるんじゃないかって。だから俺はこのときを待ち続けたんだ。
 勇気を込めて送ったそのメールに返事は来なかったけど俺は稲妻町駅前で待ち続けた。三年前のように、俺から彼女の元へ行きたいのは山々だったけど、名前さんは前住んでいたお家にもう居ないのだ。家の前で待っていた俺に、彼女のお母さんがそう教えてくれた。お母さんは俺のことを知っているようだった。「物好きな男の子って、あなたのことだったのね」と言われた。たぶん、名前さんが俺のことを話したんだと思う。そして彼女は今大学生で一人暮らしをしているのだと聞いた。それしか、聞けなかった。
 気がつけば空は橙色から藍色に、そして真っ暗に染まっていた。はぁ、と息を吐けばそれは空気に溶けた。やっぱり、駄目か。肩を落としながら駅を後にしようとしたその時だった。

「虎丸くん?」

 背後から聞こえたその声は、俺がずっと待ち続けていたもので。すぐさま振り返ると、髪の毛を乱しながら肩で息する名前さんがいた。思わずごくりと生唾を飲み込む。

「虎丸くんだよね?」
「っ、はい」
「ごめんね、メール気付いたの本当についさっきで。こんなに遅くなっちゃった」

 そう説明して、また名前さんは謝った。三年前は同じ視線の高さだったのに、名前さんの顔は俺より頭一つ分ほど下にあった。上目遣いの彼女は当然見たことなくて、初めての名前さんの一面を知ったような感覚になって心がざわついた。最後に見た高校の制服姿はどこへやら、大学生らしい私服だった。それだけで、すごく大人っぽく見えた。

「わぁー、虎丸くん大きくなったね。身長どのくらい?」
「168センチです」
「うわ、高っ」
「平均くらいですよ」
「そっか、そっかぁ。会うのも確か私が高校二年生のときだから……三年ぶりだ!」

 時の流れって早いなぁ、なんて呑気にぼやいている彼女の名前を呼んだ。んー? と目を丸くさせてこちらを伺うその表情は、三年前と何も変わらなかった。

「俺、中学校卒業しました」
「へぇ! そうなんだ。おめでとうだね! じゃあ虎丸くんもう高、校……せい……」
「……高校生に、なりました」

 さすがに名前さんも、三年前の記憶を蘇らせたのだと思う。途端に何かを思い出したように顔に覇気がなくなって声が小さくなっていく。名前さんの言葉に続くように、俺ははっきりと、そしてしっかりと言った。

「好きです、名前さん」

 やっぱり彼女は、口をぽかんと開けて間抜けな表情を浮かべていた。そして眉尻を下げて、弱々しく無理やり笑みを浮かべる。その表情で俺はまたも悟ってしまった。

「高校生でも駄目ですか」
「……」
「高校生も、名前さんにとったら子供ですか」

 名前さんはうんともすんとも言わなかった。つまり、否定も肯定もしなかった。過去の二回はすぐその問いかけに肯定していたのに。今回はなにかが違うと直感がそう言う。

「虎丸くんは、高校に入学してまだ間もないでしょ?」
「……だから、駄目ですか」
「ううん違うよ。ほら、世間でもよく言われているでしょ、高校生が人生で一番の青春だって」

 名前さんは真っ黒に染まった空に浮かぶ点々の星を見上げながらぽつり、ぽつりと語った。

「きっとこれから高校生活を過ごしていくうちに、色んな出逢いがあるよ」
「俺は、名前さんが好きです」
「同級生だったり先輩後輩でいい人は見つかるよ。高校生くらいだよ、ひたむきに恋愛できるのって。そんな貴重なひと時を、私だけ、私だけって想うのは、虎丸くん勿体無いと思う」
「っそれでも!俺はそれで良いんです!名前さんが好きなんです」

 終電まであと数本ほどといった時間帯に、駅前で男女が二人。しかも片方はムキになっている。残業終わりや飲み帰りのサラリーマンがチラチラとこちらを気にかけているのに気がついてはいたけど、そんなのどうだって良かった。

「虎丸くん」
「…っ、 はい」
「今まで私、ちゃんとした返事はしたことがなかったよね。曖昧にして、だから虎丸くんを苦しめてたのかも」
「……」
「虎丸くんの気持ちは、すごく嬉しいよ。でもね。これは私のエゴで、私の意味の分からないプライドだけど」

 私は、高校生のときも小学生や中学生とは付き合えないし、今は大学生だから下の高校生と付き合うのは少し気が引けちゃうんだ。高校生のときは高校生と恋愛したいし、大学生でも同じ。だから虎丸くんは何にも悪くない。名前さんははじめて、自分の口でほんとうのことを言ってくれた。それに俺は悲しさや悔しさというより嬉しさを覚えてしまうほど、彼女の言葉を待っていたのかもしれない。

「分かりました。……感情的になって、すみませんでした」
「ううん、全然」
「じゃあひとつだけ。お願いしてもいいですか」

 名前さんは優しく微笑みながら、なーに?と首を傾げた。俺はゆるりと片方の口角を上げる。

「さっき言った名前さんのエゴとプライド、忘れないでくださいね」
「えっ?」
「俺、そのときを待ってますから」



#




 ああ、もどりたい。電車に揺られながら、私は草臥れたスーツをきゅっと掴んで小さく溜息を漏らした。大学を卒業し、大手まではいかないけれどそこそこの企業に就職。新入り時代は早く仕事覚えなきゃなんないとか上司に迷惑かけちゃいかないだとか他の人に負けてらんないとか色々な思考が交差しまくって完全に心身疲労していたし、二年目になってくると同期で退職したり転職したりする人が増えだしたのだ。自分の思っていた仕事とは違うだとか。専門学校に通って諦めてた夢をもう一度頑張るだとか。私自身今の仕事が嫌な訳ではないけど、やっぱりたまには新しいことに挑戦してみたいなとも思ったりする。そう思えば学生時代って素晴らしいのだ。なんでも挑戦できる。何度でも失敗できる。学生時代は早く大人になりたいだの働きたいだの言っていたけれど、社会人になって三年目、日々思うのは学生時代に戻りたい。
 大学卒業を機に職場が実家の方が近いということもあって、一人暮らしを一旦やめて実家暮らしに戻った。だからこそ余計に学生に戻りたい欲が増しているのかもしれない。といっても私ももう二十四歳、そろそろ実家暮らしをさよならしないといけない。高校時代の友達なんか早い子だともう結婚して子持ちだ。私、結婚前提どころか彼氏さえもいない。しかも大学二年の頃に付き合ってたのを最後に彼氏ができない。そもそも良い出会いがない。だけど合コンに行きたいという気も更々なくて。思わずため息をついた。『稲妻町〜稲妻町〜』低い声で私の降りる駅が電車内に響き渡る。カバンを肩にかけ直して、私は電車を下りた。改札で定期をピっとかざして、学生時代より遥かに発達した稲妻町駅のホームを過ぎ、外へ出たときだった。

「名前さん」

 一瞬、何が起きているのか分からなかった。だから順を追って理解することにした。まず駅を出て、階段を下りて、家へ向かおうとしたら、誰かに名前を呼ばれて振り返って。そしたら目の前には男性がいて、その男性にはどこか見覚えのある面影があって、それから数十秒して、彼を、思い出す。

「えっ……え? と、虎丸、くん?」
「はい、虎丸です」
「わ、わっ」
「久しぶりです、名前さん」

 虎丸くんはそう言って笑った。最後に会ったのはいつだろう、大学二年生くらいのときかな。ということは四、五年ぶりだ。うわあ、そりゃ通りで虎丸くんもこんなに大人っぽいんだ。いや大人っぽいというより、もう大人だ。パリっとしたスーツを着こなして、髪型だってセットしている。私の知っている虎丸くんのようで、でも全く知らないような人を見ている感覚だった。

「本当に久しぶりだね、元気にしてた?」
「はい。名前さんの方こそ」
「私はー、まぁね、ぼちぼちだよ」

 それにしても、なんだかこそばゆい。虎丸くんは小学生の無邪気な可愛い頃から知っているわけだから、こんなにも、なんだか、かっこよくなっていると、戸惑うし。彼の目を見ていると、胸が鷲掴みされるような切なさが駆け巡る。

「名前さん、俺いま働いてるんです」
「そうなんだ。どこで……って、急に聞くのは野蛮だね」
「そんなことないですよ。フィフスセクターです」
「フィフ……?」
「あぁ、えっと。サッカー管理協会です」

 へえ、なんか凄いところで働いてるんだな。教育委員会のサッカーバージョンみたいなところだろうか。そういえば、虎丸くんは小学生の頃から少年サッカーの世界大会で日本代表にも選ばれたくらいだし、サッカー関係の仕事に関わるのは必然なのかなあ。うーんそっかそっか、虎丸くんももう働く年頃なんだね。

「名前さん、俺、高卒から働いてるんです」
「そうなんだ。早くから働いてるんだね」
「名前さんは、大卒ですよね」
「うん……そうだけど?」

 あれ、なんだかこの流れ、既視感がある。

「社会人三年目ですよね?」
「そう……だね?」
「俺も同じです、社会人三年目です」

 ハっと気がついた時、虎丸くんは大人びた表情はどこへやら小学生の頃のような悪戯っ子の笑顔を浮かべていた。

「前、最後に会ったときに俺が言ったお願い、覚えてますよね?」

 私は、高校生のときも小学生や中学生とは付き合えないし、今は大学生だから下の高校生と付き合うのは少し気が引けちゃうんだ。高校生のときは高校生と恋愛したいし、大学生でも同じ。そう述べた私は、たしかに彼は言った。さっき言った名前さんのエゴとプライド、忘れないでくださいね。俺、そのときを待ってますから、と。

「好きです、名前さん」

 もう一度虎丸くんの顔を見上げると、今度は自信に満ちた大人な余裕な表情を浮かべていた。いつも彼は告白をする時、こうやって自信げな顔だった。


#



「好きです、名前さん」

 彼女に告白したのは、これで四度目だった。小学生、中学生、高校生、そして社会人として。名前さんに納得してもらえるように、節目節目で告白をしてきたけれど良く考えれば同じ人に四度も告白ってなかなかだと思う。
 名前さんは、ふうと重い一息をついて俺は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。次に彼女の口から出てくるのは、返事だということが分かっていたから。あー、うー、と焦らすようにそれを溜めて名前さんは顔をほんの少し赤くしながら俺の目をちらりと見た。

「参ったなぁ、ほんと」

 ぽりぽりと頬をかくのは、もはや彼女の癖だった。

「どうして私のこと、そんなに好きなの?」

 心からの疑問だと言わんばかりに名前さんは俺にそう尋ねた。そう言われて俺は改めて彼女が好きな理由を考える。そしてしばらく考えた結果を伝えた。

「覚えてません」
「は?」
「俺は出逢ったときから名前さんのことが好きなんですよ。理由なんて、覚えてません。それに、理由なんてありません。気が付けばずっと、名前さんが好きだったんです」

 名前さんのことが、いつまで経っても頭から離れなかったんです。正直な気持ちを言えば、彼女はまた頬を赤くした。
 しばらく沈黙が流れた。夕焼けに照らされた空は、だんだんと藍色に染まっていく。しばらくして顔を俯かせていた名前さんがふるふると肩を震わせていることに気がつく。

「名前さん?」
「……聞いてね、虎丸くん」
「え?」
「私が高校生のとき。そうだな、虎丸くんが小学生と中学生のときに告白してくれたときはね、本当に虎丸くんは可愛いなぁって思ってて、そういう恋愛対象には一切見れなかった」
「……はい」

 名前さんは、空を見上げながらぽつりぽつりと語り始める。それも、名前さんの癖だった。

「でもね、虎丸くんが高校生になって告白してくれたときかな。虎丸くんは高校生だし、さすがに周りに可愛い子もいっぱい居るだろうから、虎丸くん格好良いし彼女もすぐ出来て、私のことなんて忘れるかなって思ってたんだけど。それを考えたら、なんか、不思議と良い気分には、ならなかったっていうか」
「……」
「思えばそれからだもん。私、彼氏どころか好きな人も出来なくてさ。同い年や年上と付き合えば、長く濃い関係になると思ってたけど実際そうじゃなくて。結局は年齢なんて関係なくて、当人の気持ち次第なんだって気付いて」
「……」
「だから、これから虎丸くんみたいな人がこの先現れるといいなって思ってたら……今日だよ。えへへ」

 名前さんははにかみながらそう言いのけた。ぐっ、と無意識につくっていた拳に力が入る。

「今まで散々虎丸くんの想いに応えなかったし」
「それは、」
「それどころか年齢云々って、虎丸くんの想いを踏みにじってたかもしれないのに」
「そんなこと、」
「でも結局虎丸くんみたいな人を求めてるような、そんな最低な奴だけど」
「最低なんかじゃありません」
「……それでも。虎丸くんが許してくれるなら」
「許します、許す以前に怒ってもいないです」
「虎丸くん」
「俺はどんな名前さんでも良いんです。好きなんです。だから俺と付き合って、くれますか」
「もう。それは私が言おうとしてたのに」
「え?」

 名前さんは口角をあげて俺の目を真っ直ぐに見つめた。俺ばかり成長しただの言われたけど、名前さんだって本当に綺麗になってる。俺の中で、いちばん綺麗な人だ。
 私と、お付き合いしてくれますか。名前さんは眉尻を下げてそう控えめに尋ねた。その瞬間、想いが弾けて彼女の手首を掴んでは引っ張り寄せた。小さな悲鳴が聞こえたけどお構いなしに抱きよせる。

「好きです名前さん、」
「と、とらまるくん、」
「本当に、ずっと好きだったんです。……ずっと、こうしたかった」

 今までの想いも込めて、ぎゅうと抱き締める。すると、名前さんの手がおずおずと俺の背中に回ってきたことに気付いて胸が締め付けられる。腕の中に視線を向ければ、恥ずかしそうな名前さんと目が合った。初めて想いを伝えたのは、八年前。十二歳の頃だった。それから何度も想いを伝えて、ようやく叶ったんだ。こんな嬉しいこと、これから後にあるんだろうか。イナズマジャパンで世界一になったときくらいの嬉しさだ。高校のとき、名前さんに色んな出逢いがあると言われた。たしかに、クラスメイトの女の子だったりに告白されたこともあった。男子が美女だとか可愛いだとかいう先輩や同級生の女子の話にも入ったりしていた。だけど、それでもやっぱり俺の心の中には名前さんの存在がいつどんな時でも離れなかった。名前さんが虎ノ屋でアルバイトすることになって俺が一目惚れをしてから、ずっと。ようやく叶ったんだ。絶対にもう、離したくない。手放したくない。

「名前さん。俺、もう名前さんしか好きになれないです」
「ええ、ほんとう?」
「八年もずっと名前さんのことが好きだった俺が言うんですよ。当たり前じゃないですか」
「……うん、そうだね」
「だから、責任取ってくださいね」
「責任?」
「はい」

 目を丸くして、間抜けな顔を浮かべる名前さんに思わず笑みがこぼれる。ほんの少し抱きしめていた体を離れさせて、彼女の肩に手をついた。もう片方の手で彼女の頬に触れたとき、仕事中に必ず付けてある黒いグローブの存在に気が付いてそっと外す。そして素手になった手で彼女の頬に指を滑らせたとき、名前さんはくすぐったそうに目を細めた。そのまま顎をくいっと軽い力で上げて、目線を重ね合わせる。名前さんの目に、俺がめいっぱい映ってる。名残惜しさを感じながら目を瞑り、そして無防備な唇にそっと自分のそれを重ねた。
 目を開けると、名前さんはこの辺りが暗い中でも分かるくらいに顔を林檎のように赤くしていた。そっか、彼氏は四、五年前から居ないって言ってたからキスも久しぶりだったんですよね。でも俺、ファーストキスですからね。名前さんとするって決めてたんですから。名前さんは未だに、頭の上に疑問符を浮かべている。たぶん俺が言った「責任」の意味だろう。そんなもの、ひとつしかないじゃないですか、名前さん。

「これからずっと、俺のそばにいてくださいね」



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