「よう」

 午後八時過ぎ。夕食もそこそこ食べ終え、一人バラエティ番組を見てげらげらと笑いながら晩酌しているときだった。背後から気配と声がして、咄嗟に振り返ると奴――八乙女楽はいた。うむ、突っ込みどころ満載だ。何から突っ込もう。

「……今日来るって言ってた?」
「言ってない」
「ラビチャも送ってないよね?」
「そうだな」
「うん、それならインターホンくらい押そうか」
「んなもん、合鍵の意味ねぇだろ」

 そういうことを言ってるんじゃない!思わず声を荒げるも、この男は全く気にもしていないようだ。普通に不審者が入ってきたのかと肝が冷えた数秒前の私に謝ってほしいものだ。我が家のように、着ていたコートをばさりと椅子にかけて片手でネクタイを緩めている。そんな様子に呆れていると、もう片方の反対の手で「ん」とコンビニの袋を差し出してきた。素直に受け取り、中身を見れば私の大好きなおつまみ、スモークタンが入っていた。うわ、さすが私の彼氏だ。愛してる。

「ひさしぶりだねー」
「三週間ぶりくらいか」
「今日で仕事もひと段落したってところ?」
「まぁ、そうだな」

 そう言って、私の隣に腰かけている彼氏――楽は、ふうと息を吐いた。二人でソファに並び、楽が買ってきてくれたスモークタンをつまみながら酒をちびちびと飲む。
 さっき言ったように、楽と会うのは三週間ぶりだった。楽は、人気絶頂のアイドルグループ・TRIGGERのメンバーの一人だ。グループとしてはもちろん、個人でもドラマにCMに引っ張りだこのアイドル。所属してる八乙女事務所の社長子息でもある。デビューから順調に人気を伸ばし、この前「抱かれたい男No.1」なんてものにも輝いていた。なんだ抱かれたい男ランキングって。
 まあ、というのはもちろんアイドル・八乙女楽の一面であって。テレビではクールなキャラを売ってるけど、実際はクールのかけらなんて一つもありゃしない。口は悪いわいちいち熱いわ、意地は悪いわ。そのせいか八乙女楽は女遊びが激しいという風評がついていたのはちょっと笑ってしまった。確かにテレビだけ見たらそうにしか見えん。でも実際はとても一途だったりする。何せ、私たちは付き合ってもう三年だったりするのだ。

「ま、来月は新曲も出るしツアーのリハも入ってくるししばしの休息だけどな」
「……そう。でも、ありがたいことじゃん」

 そう、付き合って三年以上が経っている。だから付き合い始めのカップルみたいに、会えないから別れるだとかそんな壁はもはや乗り越えるどころか、元から無かったに等しい。だって、三年だ。中学とか高校を入学したら卒業できる年数だ。もうここまできたら、会えないからといって好きの気持ちが無くなるなんて今更あり得ないのだ。楽はどうなのかは分かんないけど。芸能人とかって可愛い子いっぱい居るし。

「寂しいのか?」

 ニヤリ、と効果音がつきそうなくらい楽しそうに笑う楽の顔が横から見えた。何だこいつ。

「別に」
「ツンツンすんなよ」
「してないし」
「ほー?」
「何その顔うっざーい」

 私と楽のことを付き合い当初から知る友人は、「アンタたち見てると夫婦みたいに見える」なんて言われることもしばしば。夫婦どうこうは置いといて、私自身も多分家族以外の人で唯一心を落ち着かせる存在というか、安心できる人だなとは思う。
 そう、楽は私にとって大事な存在で。だからこそ、付き合って三年という月日が経って、楽が芸能界にデビューしてしばらく経ち“なかなか会うことが出来ない”という環境に慣れたにしろ、私は受け止めることも慣れることも出来ないその感情にいつも胸を締め付けられているのだ。

「名前、シャワー浴びてくる」
「んー」
「酒、あと一杯な」
「……ほーい」

 “酒あと一杯”という言葉は私たちの暗黙のルールで、彼からの夜のお誘いの合図だ。断る理由もないので、私は一拍置いて返事をした。楽は満足げに笑みを残して浴室へ向かった。不意打ち訪問だから無駄毛剃ってないっての。まあ良っか。



 行為後、ベッドに横たわる名前の隣にゴロンと寝転がった。そのまま名前の頭を持ち上げて、腕に乗せる。所謂腕枕といった体制にして、未だに肩で息をする彼女の髪を撫でた。いつもこの行為後に思うことがある。俺は彼女がメチャクチャ好きだ。彼女じゃないと無理だ。恐らく、俺の恋人をこの一生つとまることが出来るのは名前だけだと思うほど。だから、抱かれたい男No. 1なんて名誉なのか分からん称号を貰っても、俺が抱きたいと思う女は名前しかいない。

「久々だから疲れたか?」
「……ん」

 微かに動いた首を見て、それが俺の問いに対して肯定の意味だと知り思わず笑ってしまった。部屋の電気はつけておらず、間接照明でさえ今日は一番暗い灯りを点けているからギリギリ周りが見える程度の暗さだが、彼女の顔はよく見える。眉を顰めて、ほんのり顔がまだ火照っていた。可愛い奴だ。
 時計の秒針の進む音だけが部屋の中に響き渡る。しばらく髪を撫でて、その空間で落ち着いていると、腕の中にいた名前がもぞもぞと動き出したかと思えば更にこちらへと密着した。
 
「……がく」
「ん?」
「さみしかった」

 一瞬、目が丸くなるのが自分でも分かった。そのくらいに驚いた。名前の顔を改めて見れば、やっぱり肩で息を整えていて。でも必死に訴えるように俺の目を真っ直ぐに見つめながら名前はそう言った。それを聞いて何も感じない訳がなかった。

 行為中、なんとなくいつもと違うなと思った。いつになくキスやら抱き締めるのを強請ったりしてくるもんだ。少し疑問にも思っていた。だけど今解決した。こいつなりに、甘えたいんだろう。
 三週間。こんなに顔を合わせない時間は、久々だったんじゃないだろうか。有難いことに俺は仕事も軌道に乗りまくっていて、休みがほとんどない。それどころか、名前とデートなんてもちろん会いに行くことさえ難しくなってきているほどに。今までは少しの時間でも彼女に会いに来れていたが、最近はそれすらできる余裕もない。だが、付き合って間もないなら気を遣ったかもしれないが、もう名前と付き合って三年。彼女も理解してくれているのは当然だった。だからこそ、連絡もあまり取れていなかった。……我慢、させていたんだろうな。

「さみしかったよ、楽」
「ああ。俺もだ」

 もう一度、振り絞るように紡がれた言葉に俺も頷いた。名前は眉尻を下げふんわりと笑う。

「ほんと?」
「当たり前だろ」
「……ん」

 唇を突き出されて、思わず笑みが溢れる。腕枕をしている反対の手で名前の後頭部を引き寄せ支えながら、その唇に自分のものを重ねる。息の抜けるような声を漏らす名前に、愛おしささえ覚えた。重ねるだけのキスが、気付けば舌を絡め取るまでに進んでゆく。

「名前」
「?」
「もう眠いか?」
「……んーん」
「じゃあ」

 もう一回するか、という俺の言葉は名前からの不意打ちのキスによって言う前に吸い込まれる。そして唇を離した名前が、汗で前髪を額に貼り付けたまま「もう一回、しよ」とやんわり笑う。敵わないな。心底そう思って、つられて笑みが浮かぶ。普段会えないからこそ、こうやって会える日は思う存分に甘やかしたい。甘える名前を受け止めてやりたい。普段はツンケンしてるが、こういう時でしか名前は甘えないから。

「名前」
「んー」
「愛してる」
「……ふふ、私も」

 そう言って俺たちはまた唇を重ねる。至近距離で名前と目が合い、どちらからともなく微笑み合う。これからもお互い、会えないことには慣れても、寂しいという感情には慣れたくない。そんな大切なことは必ず忘れずにいたいなとは常に思う。これからもずっと一緒にいてほしい人だからこそ。

180312