「卒業だねえ」
「だな」

 三年間通い続けたこの中学校に、もうさよならを告げないといけないだなんて、残酷だ。
 小学校を卒業しても、大方はみんな同じ中学校に進学するから悲しみは少なかった。けれど、中学校を卒業すれば小学校の頃から仲良かった子、それに加え中学校から仲良くなった子、みんなとさよならしないといけない。悲しみの数が桁違いだ。

 みんな、みんな離れ離れ。隣にいるこの眼鏡男とも、離れ離れ。

 この眼鏡男――御幸とは保育園から同じ仲で、何やかんや十年以上の付き合いとなる。残念ながら家が隣だとか、生まれた時から一緒だとか、お互いの思ったことは分かるだとか、そんな美味しい設定はないのだけれど。ただただ、同じ保育園、小学校、中学校を通っていただけ。それでも他の人よりは、親しい仲だったというのは不自然な話じゃあないだろう。いつからかな、御幸が私の中で「友達」から「好きな人」に変わっていったのは。

 私と御幸の頭のレベルはほとんど同じだ。実力テストを見比べてもどっこいどっこい。だから、だからこそ、自然と御幸は私と同じ高校を受験するんだろなあと思ってたんだけどな。
 都内だけど、この辺りからはかなりの距離が離れている青道に行くって聞いたときは驚いた。ああそうか、スポーツが上手い人は推薦とかを貰えるんだった、なんて変に冷静に理解もした。

「…寂しいねえ」
「そうかあ?」
「なによ、みんなと離れ離れになっちゃうの寂しくないの?」
「んー、まあな」

 それを聞いて、ガーン!と重い石を頭にぶつけられたような感覚に陥る。なんて奴だ。まあ確かに、御幸はどっちかというと寂しい寂しいって言うタイプじゃないけども。御幸が、私と離れ離れになっても寂しいと思わないかもしれないけども。私は、こんなにも。御幸に見えないように、私は顔を俯かせて歯を食いしばったその時だった。

「あ、そうだった」

 何かを思い出したかのように、御幸が片手を自身の制服のポケットに突っ込んだ。

「これ、苗字にやるよ」
「ん?」
「第二ボタン」

 御幸の掌に転がっていたのは、紛れもなくウチの中学校の男子の制服のボタンだった。

「え」
「ん?」
「あんた、第二ボタンの意味わかってんの?」
「…色んな女子に第二ボタンくれくれーって超せがまれたし、なんか価値あるもんなんだろ?」
「価値あるっていうか、んー、まあ…」
「だからお前にあげる。価値あるもんなら、顔もしらねー奴とか仲良くない奴よりかはお前にやる方がマシだし」

 ほら。促されるかのように、その第二ボタンは御幸の掌から私の掌に転がされた。

「…ありがと」

 嬉しかった。純粋に、嬉しかった。その意味を知らなくとも、第二ボタンをくれたこと。御幸が私のことを少しでも特別だって思ってくれたこと。私の手に、御幸の手が微かに触れたこと。全て、全てが、嬉しかった。
ハッ、と気づいた時には遅くて、生温い水がつう、と目から頬へと伝っていった。

「泣くなって」

 優しい御幸の掌が、私の頭に優しく乗った。そんなことされても、余計に泣けてくるじゃんか。馬鹿、馬鹿。どうして最後に優しくするの。どうしてこんな最後まで、御幸を好きにさせるの。

「苗字、こっち向いて」

 小学校の頃までは私の方が大きかったその背丈も、いつの間にか私より上にある。視線を上へ向ければ、御幸は口角をきゅっと上げた。

「三年後。そのボタンの返事貰いに、お前に会いにくる」

 てことで、そん時までじゃあな。そう軽く台詞を残しては、してやったりといわんばかりの顔を浮かべ、ひらひらと手を振りながら御幸は私に背を向け歩き出す。意味知ってたの、なんて言えなかった。髪から覗く耳が赤いよ、なんて言えなかった。代わりに、ああそうだったと苦笑が浮かんだ。彼は、意地悪でとてもずるい策士だった。
 ならばこれから三年間、君の言葉を信じて待ち続けよう。そして、君にこの想いを大声で伝えてやろう。近くにはもういない君に、これからも振り回され続けよう。

 その策に、まんまとハマってやろう。

//160914