最悪。最悪でしかない。
 来る1月5日はそうオイラ成宮鳴の誕生日である。稲実のエースで人気者の俺の誕生日となれば零時ぴったりになるとLINEの通知がぴゅんぴゅんと止まらずに飛んで来る。その画面を見てにまにま嬉しくなりながら、返事は明日返すかー、と未だに収まらない通知を見ながらぼやく。しかし、その通知の中にあいつからのLINEを知らせるものはなかった。はあ、最悪。

 あいつ、ってのは。
 超が1万個つけてもいいくらい可愛い俺の彼女だ。付き合い始めたのは高校一年生の冬で、交際期間はついこの前に一年になったところ。もちろん俺が一目惚れ、ゾッコン。でもあいつは俺のことなんて興味のカケラもなさそうで、それはもう、落とすのに大変だった。落とす、って格好つけた言い方してるけど実際はずっと好きだ好きだってしつこいくらいに引っ付いてただけなんだけどさ。
 そんな彼女は、これまた超が一万個、いや一億個つけてもいいくらい意地っ張り。んで、超恥ずかしがり屋さん。しかも、もう付き合って一年以上なのに、未だに自分からキスも出来ないくらいの。お陰でいつも俺から。キスしてって言ったら叩かれるけどさ。別にいいけどさ。そんなとこも可愛いっていえばそれで終わりだけどさ。まあ世で言うツンデレってやつかもしんないけどさ。
 喧嘩したら俺が悪かろうが自分が悪かろうがお互い悪かろうが、絶対謝ってこないそんな奴。いやだいたい喧嘩したら、だいたいの要因は俺が悪いんだけどさ。優しいけど素直じゃないし不器用だし嫉妬深い。超ヤキモチ屋さん。つまり何を言いたいかっていえば、喧嘩したら、ちょっと面倒だってこと。
 で、俺の誕生日一日前に俺たちは喧嘩してしまったと。はい最悪。

 なんで喧嘩になったんだろうって後々考えるくらい、喧嘩の要因はしょうもないことだった。確か、鳴はモテモテなんだから明日誕生日プレゼントいっぱい貰えるんだろうね、って言われて、嫉妬ー?って俺がからかうようにニヤニヤ笑っていたら、なぜかあいつムキになって……それで、俺もなんか言い返して…………。
 だけど俺はどうしようもなくあいつのことが好きでたまんないから、喧嘩しても一時間後にはもう仲直りしたいって思っちゃうタイプで、喧嘩してからすぐに何回も電話をかけたけど出ないし。これはかなりお怒りだと思いながら、結局俺の誕生日がやって来て――今に至る。もう何してんだろマジで。最悪って言葉しか浮かばない。

 はあ、ともう何度も漏らした溜息を聞いた、事情を知っている同室の後輩が「仲直りできるといいですね」と言ってきた。……明日から普通に一日練習だし、仲直りする時間ねーよ。
 最後に「最悪」と小さな小さな声で呟いてから、俺は意識を手放した。







「……だよな」

 朝、目覚めてから携帯を確認する。通知はビックリ五十件以上超えていた。その中でも、お気に入りに登録してる名前とのトークへの通知はなかった。ちょっとだけ、ほーんのちょっとだけ期待してた。もうこれは諦めろってことなんだろ神様。ああそう分かったよ。ちっくしょ。

 とりあえずやけくそになって、その日の冬練――トレーニングを乗り越えた。本当にやけくそだ。そんな俺を見てカルロは笑うし、樹だって俺をおかしそうに見ながらもちょっと笑ってるし。なんなんだよ。お陰でいつもよりクタクタだ。部屋に戻ったらバタンキューで、とりあえず僅かに残っている体力で携帯を確認すると、朝より通知が増えて百件を超えていた。すっげ、こんな通知始めて見た。家族から、稲実生から、中学の友達から、シニア時代の仲間たちから、他校の奴から。幸せなことだなーと思いながら、名前のトークを念のため確認してみるがやっぱり通知はない……え?

「ある!?」

 名前という名前の横に、確かにメッセージ数を表す赤い数字が浮かんであって、急いで名前のトークを開いた。

『ご飯食べて時間あったら来て』
『校門の前にいるから』
『嫌だったら既読無視して』

 それを見て、俺は急いで部屋を出た。まだトレーニング直後でジャージの格好だからちょっと寒いけど、そんなのどうだっていい。俺は寮を出て、散々クタクタだった足を全速力で駆けさせた。

 校門に着くと、そこに名前の姿はなかった。

「え、なんで」

 え、騙された?不安な気持ちがじわりじわりと心を支配していったとき、校門から外を見ると数十メートル先に一人の女の後ろ姿があった。あいつだ、ってすぐに分かった。

「――――――名前!」

 また走って、その女の手首を掴んだ。ビクリと肩を震わせたそいつを、俺の方へ振り向かせる。もちろん名前だった。

「え、……なん、で」
「なんでってこっちの台詞なんだけど。校門いないし、なんで帰ろうとしてんの?」
「だ、だって!」

 やばい。直感でそう思った。……せっかく来てくれたのに、なんで俺こんな喧嘩腰になってんだろ。また喧嘩しそうな雰囲気になったとき、名前が下唇を噛んだ。

「だって、既読無視したじゃんか……」

 あ。

「ごめん、返事返すの忘れてた」
「何、それ」
「言い方変える。返事返す余裕ないくらいに、急いでここまで走って来た」
「………ご飯、食べたの」
「食べてない。それよりこっちのが大事でしょ」
「……」

 そう言うと、名前はようやく俺の目を見てくれた。そして、苦笑いを浮かべた。
 しばし流れる沈黙。俺からなにを言えばいいのか分かんなくて、ひたすら俺は名前の口から出る言葉を待った。

「…………ごめん」
「え?」

 思いもしない言葉に俺はつい聞き返す。あれ、おめでとうとかじゃなくて……?

「……こんな奴となんか別れたいよね」
「は!?」
「分かってる、鳴にいつも迷惑かけてるの。ごめん」
「ちょっ、話ぜんっぜん分かんないんだけど」
「うざいし、重いかってくらい嫉妬するし、すぐ怒るし、面倒だし、口悪いし。……昨日だって」

 どんどん顔を俯かせる名前になんともいえない気持ちになってゆく。

「……だから今日ずっと考えた。鳴へのプレゼント」

 嫌な予感がする。

「鳴もこれから野球もどんどん大事な時期になってくし、鳴がもう私のこと嫌なら、」

 別れよう。
 やけに重く響いたその声の主の肩を俺はがしりと掴んだ。

「バッカじゃねーの!!!」
「っえ」
「え、じゃない! プレゼントが別れるとか、最悪過ぎだから自分! 誕生日に泣かされるとか洒落なんないから!!」
「め、めい」
「嫌なわけない!好きに決まってんだろ!!」

 やばい、確実に近所迷惑だ。迷惑の元である俺がそう思うくらい、声を荒げてしまった。自分でも気持ちを落ち着かせながら、手を名前の肩から頭へ移動させる。名前の目が再び俺の目をとらえたのが分かった。

「うざいし、重いかってくらい嫉妬するし、すぐ怒るし、面倒だし、口悪い。……そんな名前が俺は好きなの。分かる?」
「…」
「だから、別れるとか言わないでよ」
「……ごめんなさい」
「ほんとだよ」
「ごめんなさい、鳴」

 大きな目からぽろぽろと涙を流す名前を見て、つい苦笑する。ほんと泣き虫だよ。あやすように、俺は名前を胸板に押し付けた。冬とはいえ、トレーニング直後だし汗臭いかなーなんて思っていると、名前の手がゆるゆると俺の腰に巻きついてきた。はあ、可愛い。最高。
 しばらく抱き合って、どちらからともなく離れた。すると名前が困り眉にしながら言う。

「鳴、あのね、プレゼント」
「なに?別れる以外なら受け取るけど」
「それは、鳴がもう私のこと嫌だったときのプレゼント」
「…ん?」
「鳴がまだ私のこと好きでいてくれたときのプレゼントは、こっち」

 自分のショルダーバッグをガサゴソ、と漁る名前。なんだ、ちゃんと用意してきてくれてたんじゃんと安堵しながらも疑問点を見つける。そんなちっさいショルダーバッグに入ってるプレゼントってことは…小物?なんだろ。すると、名前が至近距離にいるにも関わらず俺に手招きをした。カバンの中身を見て、とジェスチャーする。俺は言う通りに、カバンの中身を覗き込もうとした屈んだそのとき。

 ちゅ、と響いたリップ音。一瞬触れ合った唇。屈んでる俺と同じ目線の、真っ赤な顔の名前。

「プレゼント」
「……え、え、え?」
「ごめん…気持ち悪かった?」
「え、いや、」
「だ、だって鳴、ずっと、私から、してほしいって言うから」
「やばい、もう1回!」

 嬉しくて、もう嬉しくて、抱き着く。もう1回、名前からキスしてほしいと言ったのは俺の方なのに、我慢できなくて俺から名前の口にがっつく。何度も何度も角度を変えて重ねるごとに、名前の顔の赤さも比例して増す。

「はー、もう最高のプレゼント」
「…ふふ」
「名前、ありがと」
「ちゃんとしたプレゼントは、今度のデートに渡すね。誕生日当日はこんなもので……ごめん」
「今の俺が一番嬉しいものもらったから、全然謝ることじゃないけど?」
「……なにそれ」

 マフラーに顔を埋めた名前をもう1度、強く抱き締めた。ああー、離れたくない。あんな疲れてたのにこんなにも癒されてる。もうちょっと、あともうちょっと――。そう心の中で言い聞かせながら、俺たちはずっと抱き締め合っていた。

「めい」
「んー」
「誕生日おめでとう」
「ありがと」
「大好きだよ」
「うん、俺も」


 名前と無事仲直りし、名残惜しいまま別れてから部屋へ戻ると、俺の様子を見て同室の後輩が「良かったですね」と微笑んできた。何こいつエスパーかよ。
 それくらい嬉しそうにニヤニヤしていたなんて俺が知ることはない。

170105 @鳴ちゃんHBD!