※警察学校組が生存if設定
「明日、警察学校時代の同期数人と飲み会?」
「あぁ」
「ここで?」
「そうだ」
日付が変わって一時間経った頃、数週間ぶりに家に帰ってきた零くんがネクタイを緩めながら突然そう言ったのだ。疲れ果てた表情の中、それを話す零くんの目は楽しみそうに少し目を輝かせている。
「いつもみたいに居酒屋でも良かったんだが、たまには宅飲みもどうかと思ってな。良いか?」
「全然構わないよ。むしろ呼んでーって感じだから。あれかな、同期っていったらいつもの四人?」
「いや、今回は二か三かな。松田と萩原は確定で、伊達がまだ分からないらしい」
松田、萩原、伊達。ぽんぽんと零くんの口から出てくるその久々の名前に少し頭がこんがりつつも、次第に頭に浮かべた顔と一致していくような気がした。私自身、彼らのことを全く知らない訳ではない。一応面識はあるけれど、お互いの紹介程度に済んでいたから私は彼らのことを零くんの話でしかあまり分からないし、彼らもまた私のことは“降谷零のお嫁さん”ということしか基本は分からないだろう。それに、面識したことがあるのも人によってはもう数年前が最後という人もいる。
零くんが心を許す、そしてたくさんの苦楽を共にしてきた警察学校の同期さんたち。そんな彼らだからこそ家に招いて、零くんの砕けた様子も見たいな、なんてことを思うのだ。
「ちなみに、何時頃からなの?」
「一応夜の八時設定」
「それじゃあ、夜ご飯も用意した方がいいね」
「あー……そうだな。すまない、お前にやってもらうことが増えてしまうな」
「全然。むしろ、嫁っていうのはこういうときに張り切っちゃうものだよ」
「そうか」
更に詳細をたずねると零くんは明日は午前だけ仕事で、それから明後日まで今のところ仕事は無いらしい。その同期さんたちも、どうやら基本明後日は仕事がないらしい。つまり、時間気にせずに飲めるって言いたいんだろうな。嬉しそうにしている零くんに、思わずこちらも笑みがつられる。
「娘に会うのは、皆さん始めてだよね」
「あぁ。だから楽しみなんだって。あとお前に会うのも」
「ええ、そっかあ」
この家にそこそこの人数での来客が来るなんて、ここで暮らしてからあっただろうか。ううん、きっとないはずだ。しかも私の知り合いじゃなくて、零くん絡みの来客。とにかく明日は目一杯掃除機かけて、スーパー行って食料を買い出して、夕飯も考えなくちゃな。なんだか私までもが楽しみになってきたのはここだけの秘密だった。
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翌日。嫁が夕方の少し早い時間から夜ご飯の準備に取り掛かっていると、昼寝を終えてすっかり目がぱっちりとしている娘が彼女に、「どうしてこんなにご飯つくるの早いの?」と疑問をぶつけていた。
「今日はね、このおうちにお客様がくるの」
「おきゃくさま?」
「そう、パパのお友達。良い子にしているんだよ?」
「ぱぱの、お友達……。うん! 娘も、パパのお友達と仲良くする!」
良い子にしていなさいという言葉を、お客様と仲良くしなさいという意味に解釈した娘が面白くて笑いながら、まぁ……ある意味合っているか、と。それをわざわざ言い換えようとは思わなかった。
いつもより張り切っていた嫁が作ってくれたメニューがテーブルにたくさん並んだ。お気に召してくれるかな、なんて少し心配そうにしている嫁に、やはり彼女は自慢の嫁だなと思った。こんな豪華な夕食に文句をつける奴がいたら、俺が吹っ飛ばしてやる。
念のためにと買っていた来客用のグラスも出して。いよいよお客様の来訪を待つだけのみになった午後八時数分前、インターホンが鳴り響いた。基本は嫁が出迎えているそれも、今回は俺が対応をして二重もあるオートロックを外していった。モニターには久々に見る同期たちの顔が映っていて、「なんだこの二重態勢」「えげつないな」「さすがは金持ってる男だわ!」と賑やかな声が聞こえてくる。本当、こいつらはいつまで経っても変わらないな。
数分後、インターホンが再び鳴り響いた。玄関まで迎えにいって、一言二言会話をしてから三人のガヤガヤと賑やかな声色と足音を引き連れながらリビングへと向かった。ドアを開くと、既にエプロンを外した状態の嫁が立っていた。俺の後ろにいた三人は彼女を見ては、あっと声を漏らした。
「どうもお久しぶり、嫁さん!」
「今日はお邪魔しますー」
「こんな男大勢で来てすみませんな!」
「いえいえ、そんな。今日はどうぞごゆっくりと過ごしてください」
松田、萩原、伊達が続けてそう嫁に言葉をかけた。それから嫁も丁寧に挨拶をする。俺の、降谷零の嫁として人前でいるのは滅多にないことだからか、なんだか変な感じがしてしまう。俺がこんななら、彼女はきっと更に不思議な感覚に陥ってるだろう。
数年ぶりに会うやつもいたが、俺の頭の中にいるそいつのイメージ像と全くかけ離れてなくて安心さえした。そして嫁が三人の上着などをハンガーにかけたりしていたそのとき、萩原が「あっ」と何かに気付いたように声を漏らした。
「そこにいるの、娘ちゃんか〜?」
ずっと嫁の後ろに隠れていた娘の存在にようやく気付いた彼らは、娘を見るなり目を輝かせる。一方娘というと、やっぱり俺の友人とはいえ見知らぬ大人の男には警戒しているというか、緊張が拭えないようだった。
「ほら、娘。自己紹介しようね」
「うん…。 降谷娘です、よんさいです!なかよくして下さい!」
嫁に促されると、娘は意を決したかのようにそうはっきりとした声色で自己紹介をした。するとその様子を見た三人も、やはり幼い子の可愛さに弱いのか緩みまくった顔で娘に自己紹介していた。
「この中で一番カッコいーおじさんは、松田陣平ってんだ」
「じんぺーさん!」
「俺は萩原研二。よろしくな、娘ちゃん」
「けんじさんー!」
「そんで、俺が伊達航! 顔こえぇけど、一番優しいぞ〜」
「わたる……おじちゃん?」
「はははっ! 伊達はおじちゃん呼びか!」
「ここで老け顔ネタが来るのかよ」
どうやら気さくに喋りかけてくれている三人に、娘も徐々に心を開いていってるのかその様子を見て楽しそうにきゃっきゃっと笑っている。どうやら伊達だけおじちゃんと呼んだのは、娘のジョークに似たようなものらしい。恐ろしい四歳だな。
「とりあえず、飯を食べるか」
「うわっ、スッゲー豪華。これ嫁さんが?」
「はい。お気に召して下さると良いんですが」
「相変わらず出来た嫁さんもってんな、降谷!」
すると、松田がそう言って俺の肩に手を回した。こういうところが気兼ねなく振る舞える友人なのだなと、改めてその大切さを感じた。
それから俺、嫁、娘、そして三人の計六人で暫し夕食を嗜んだ。松田や萩原に関しては、いつも食べ始めの瞬間にまず一本は煙草を吸うはずなのに今日は吸わないらしい。松田曰く「子供がいる前でさすがに吸えねぇよ」とのこと。それを聞いて嫁が、やはり娘を引っ込めた方がよいかと慌て出すが、萩原が「楽しそうにしてっし、ここにいさせてやって」と気を利かせてくれた。
「娘ちゃんはパパとママ、どっちがすきなんだー?」
すると、萩原がそんな意地の悪い質問をした。
「ええ、どっちも同じくらい好きー!」
「そんじゃあ、ママの好きなところは?」
「んっとねえ。ごはんがおいしいところ、やさしいところ、あ! あとね、すごく可愛いー!」
「だってよ、嫁さん」
「嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいな…」
頬を少し赤らめて嫁は娘に有難う、と一言。「それじゃ、パパさんは?」伊達が改めてそう尋ねた。
「パパはね! すごくお仕事がんばってて、やさしくて、娘のこといつも抱っこしてくれるの! それにね、かっこいいでしょ。あ、あとね!」
「んー?」
「ママのことすーっごい大切にしているところ! パパね、ママのこと大好きなの!」
爆弾のようなその発言に俺だけならぬ嫁も思わず顔がカッと熱くなった。これ、むしろ三人もいる前だから良かったかもしれない。家族だけのときで言われたら――とはいえ、やはり恥ずかしいのはいつ何時も同じだ。
「へえー、子供にまで伝わるほどか」
目の前にいる三人はニタニタと俺たちを見ている。くそっ、調子が狂うな。
それからも娘は、伊達と食べ比べをしたりしながら、わちゃわちゃと遊んだり。かと思えば、松田の天パーを手で弄んだり、萩原の首元に抱きついたりしている。なんだか随分と甘えたな感じだな。あれは恐らく、もう睡魔がやって来ているのだろう。それを振り払うように、いっぱい遊んでいる。
「娘ちゃん、眠いのかー?」
「……んーん、ねむく、ない」
「目閉じてっぞ」
「ねむく、ないもん…」
「ははは」
「まだ、みんなと、あそびたいもん…」
松田の膝に頭を乗せながら、振り絞るような声でぽつりぽつりと言う娘に三人だけならず俺も思わず可愛さで悶えそうになる。が、平然を装って嫁にこっそりと「完全に寝落ちするまでここにいさせてやろうか」と提案すれば、困った顔をしながらも嫁も頷いた。
その提案をしてから数分後、娘は瞼をしっかりと閉じて夢の世界へと旅立った。すう、すう、という小さな寝息も聞こえる。まだ汚れも知らない無垢なその寝顔には俺や嫁も含めて大人五人とも癒されるものがあった。松田は娘の頭を最後に優しく撫でながら、完全に眠りについた彼女を嫁に任せた。
「まさか、降谷が一番早くに結婚もして子供も産むとは思いもしなかったよな」
嫁が娘を寝室へ運んでいるとき、煙草を吸い始めた萩原がそう言った。その言葉に松田も伊達も同意するように頷く。松田の手にもすっかりと煙草があって、相変わらず行動力の早い奴らだなと思った。まあ、娘がいる間ずっと我慢してくれていたんだし感謝するべきか。
「それは俺の仕事上か?」
「いーや、単純にだよ。警校時代も、お前に彼女いるってだけで驚いたのに」
全ての授業や訓練をそつなくこなして、女っ気も全く無かったようなお前に彼女。しかもその当時で付き合って四年は経っている彼女が。伊達はこくこくと頷きながら言った。そうか、大学一年生のときに付き合い始めたから警察学校時代当時で四年は経っていたな。
「どうよ、結婚」
「新婚相手みたいな聞き方だな」
「気になんだよ、やっぱり!」
「んー……そうだな」
結婚。そのワードだけで、プロポーズ時にお互い緊張感だとか危険が伴うリスクだとかを考えていたから決して幸せばかりな気持ちではなかったという事実が思い出される。
だけどやっぱり、それ以上に。
「胡散臭いことを言うってことは分かってるけども」
「おう」
「やっぱり、生き甲斐にもなるなと思う。一生かけて愛して守っていきたいって人がいるのは」
危険は伴うかもしれない。だけどそれ以上に、心から愛している人だからこそ彼女を守りたいという気持ちがあるから。それに、やっぱりそんな人が近くで自分も支えてくれるというのが、そして隣で笑ってくれているのが何よりの幸せなのかもしれない。まあ、これは結婚云々ではなくて、やっぱりそういう存在がいるか否かの問題なのかもしれないけれど。とにかく俺は、結論総じていえば嫁に出会えて良かったってことだ。
なんて心の中でベラベラと一人語っていると、向かい側に座っている三人が突然ニヤニヤと顔を緩ませた。なんだか企んでそうな顔で。
「一生かけて愛して守っていきてぇのか」
「……何だ」
「だってよ、嫁さん!」
萩原のその一斉に全身が固まった。三人の視線は俺より後ろ――つまりリビングから廊下に繋がるドアの方――に向いていて。ギチギチと無理やりに首を回すと、顔を真っ赤にしてなんだか居心地の悪そうな嫁の姿があった。……はめたのか、お前たち。とはいえ俺は別にどうってことはないが、嫁がなかなかの恥ずかしがり屋というべきなのか平常心を保てられていないのが心配というか。まあ、林檎みたいな顔色をしている嫁が可愛くて俺も心配はするけど、ついからかいたくもなるんだが。
「やめてよ。そういう……恥ずかしいのは、あんまり。人の前で、」
「ごめんごめん、でも事実だから」
「もー! やめてって、ばか!」
そんな俺と嫁の様子を三人が爆笑しながら見ていて、やっぱり不思議な空間だなと思った。居心地が良くて、気を楽に出来て。そして俺は嗚呼と気付くのだ。
愛する人と、気を許せてどんな姿でも見せられる友がいるというのは、これほどまでにも幸せなことなのかと。そしてこの空間こそがまさに幸せなものなんだと。いつまでもこの時間が続いてほしいと、三人にもからかわれる嫁の姿を見てひとりそう心の中でぼやいたのだった。
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葉月 さまリクエスト @10万打