社会人野球もオフシーズンに入り、シーズン中ほぼ雑務雑用しかしてない俺たちにとっては全く慣れてねえ仕事に必死に奮闘している。行きの電車の窓に映る憂鬱そうな顔、帰りの電車の窓に映る疲れ果てた顔を改めて見てると、社会人野球の選手という身分とはいえ俺も普通のサラリーマンだなと思う。あー、なんか一気にオッさんになった気分だ。まだ25なのに。
疲れただの眠いだの腹減っただのボヤきながら帰路につく。家に帰れば最高だ。天国だ。
もしこれが、独り身だったなら。癒しもなければ。なんかもっと覇気ねえんだろな、俺。
「ただいまー」
「あ、洋一!おかえりなさい」
俺の家には、俺の大事な人が、飯を作って風呂を沸かせて、俺を待っててくれている。
「マフラー忘れて行ったから寒かったでしょ〜」
「寒過ぎた。マジで凍えた」
「今日はいつもより気温も低かったもんねえ。最低3℃だったし」
「ヒャハ、そりゃさみーわ」
俺が自室へ向かえば、その後をちょこちょこと追ってきて。スーツを脱げば、それを名前が取りハンガーにかけてくれる。その間に俺はネクタイを緩め、外す。その一連の流れは、もう何回も、何十回も、何百回もしてきた。
名前と付き合い始めたのは、高校一年生の時から。出逢いは同じクラスだったから、自然と。らしくもなく当時俺は名前に一目惚れをして、少しずつ会話が出来るようになり仲良くなってきて、それだけでかなり満足していた頃に、名前から告白してきた。その時はマジで焦ったしビビったしまさかと思ったし、何より嬉しかった。確かあん時は御幸に相当イジられまくってたな。懐かしい。
「先にお風呂入って体温めておいで」
「あぁ、そーするわ」
「そういえば、今日シャンプー変えたんだ〜!嗅いでみてね!」
嗅ぐって、俺は野生の動物かよ。つい突っ込めば、一応私が飼ってるチーターだよ。なんてふざけながら言う名前に、笑いが溢れる。
ほんと、あいつはいつまで経ってもバカなんだろうな。新しいシャンプーは、俺の好きな匂いだった。こういうところも、いつまで経っても変わんねえんだろうな。
風呂から上がれば、まるでそのタイミングを狙っていたかのように温め直された晩飯がテーブルに二人分並べられていた。……お?
「よっしゃ!今日カレーじゃねーか!」
「ほんと、カレー好きだねえ」
「なっ……悪ぃかよ」
「んーん。可愛いなあ、と。今回も安定の甘口カレーですよっと洋一さん。早く食べよ?」
もう私お腹ペコペコ!ふにゃあって効果音がつきそうな笑い方をするから、俺もつられて笑ってしまった。なんだよその締まりのない顔、ひでー顔だよ。可愛いやつ。
「あー、うめぇ」
「何回食べても甘口は甘いねえ」
「ったりめーだろ、甘口なんだからよ」
何でも美味そうに頬張るお前と、一緒に飯を食べているとき。家に帰ったら、玄関にお前の靴があるのを見たとき。お前が笑顔で「おかえり」って迎えてくれるとき。ベランダに、俺とお前の洗濯物が干されているのを見たとき。テレビを一緒に見て、二人で大笑いしているとき。寝る前、「おやすみ」って言ってくれたとき。幸せそうに眠ってるお前を見たとき。朝起きたら、「おはよう」って言ってくれたとき。
「洋一はいつになったら中辛になるんだろね?」
「一生甘口じゃね?」
「ええ、40代とかになっても甘口のカレー作ってるなんて笑えるじゃん」
「いいじゃねーかよ、俺らはずっと甘口だ、ヒャハ」
「じーちゃんばーちゃんになっても?」
「そーだ」
そうやって、10年後も20年後も30年後のお前の描く未来にも俺がいるってことを知れたとき。
俺は、その小さな幸せを何度も何度も、感じている。噛み締めている。その幸せがやって来るのは、紛れもなく名前のお陰だ。
「ずっと、だね」
幸せそうに、名前が笑った。それを見るだけで、胸がじわりと染みる。今すぐ抱き締めてぇ、とかキスしてぇ、なんてこと俺が考えてるなんて知らねーんだろうな。
「あぁ。ずっとだ」
この数分後、俺からプロポーズされるなんて思ってもねーんだろうな。
残さず食べたら
眠ろうか
眠ろうか
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