Detectives
2023/11/26
「えぇ、好きなのよ。ドイツ車が」
「普段の運転席から見える景色と同じはずなのに、ハンドルを持たずに右側に座っているのはなんとも居心地が悪いね」
「車高の違いもあるわよ。SUVの方が空間が広くて落ち着かない?」
「俺は逆に落ち着かないよ」
ちらりと右を見れば確かに手持ち無沙汰の彼が居心地悪そうに座っている。
「ほんとに車の趣味が合わないわね」
「男の趣味もね」
彼の言葉に声を出して笑う。
「あなたが男の趣味を語るなんて、意外だわ」
「君はセクシストな発言をすることも意外だよ」
「あら、私は別に性差別をしているつもりなんてないわ。あなたの性的対象者は女性だけだと思っていただけよ」
「おれは性的対象としての男の趣味と言ったつもりじゃない」
なんだか少し不貞腐れ気味の彼に肩を竦め、そうと一言だけ返す。
「それより、目星は着いたんでしょう?二重スパイの」
「あぁ、だから君を呼んだんだ」
「いやぁね、私、もう今月は殺生事には関わりたくないのに」
「そうなるかどうかは君の働き次第だよ」
ふっと不敵に笑う彼は、どう転んだって自分の思うままだろうという余裕が見て取れる。
「着いたわよ」
指定されたホテルの地下駐車。8cmヒールでなんなく地に足をつける。
「よくもまぁそんなヒールで運転できますね」
「好きなのよ。高いヒールで運転して、車高の高い車から降りるの。セクシーだと思わない?」
車越しに声をかけてもノーコメント。降谷零にこんな話題は通じないらしい。
「さ、お仕事の時間よ。エスコートはしてくれるのよね、ダーリン」
靴先からちらりと一瞥して彼を見遣れば、はぁとため息をひとつついたのちに、軽く目をつぶり、再び目を開けた時にはまるで別人のように微笑んだ。
「お手をどうぞ、マイレディー」
すっと右腕を差し出してきて、その腕に左腕を絡める。
これだから、降谷零は侮れない。
「運転は好きよ。でも、帰りはお願いするわ」
ヒールで乱闘を繰り広げて、優雅に帰宅出来る自信はない。
エレベーターが到着の合図を告げて、人とのすれ違いざま、わざとらしく耳元に唇を寄せて彼はこう言った。
「今晩、おれが君を一人で帰すとでも思ってるのかい」
まるで甘い、甘い言葉。
降谷零が降谷零でなければ、私も少しは胸が高鳴ったかもしれない。
彼は悪魔か死神か。いっそいずれかの方が、喜んでついていけたかもしれない。
地獄の宣告。
腰に回されま腕の先、手首を腕からすっとなぞり、手首の内側に回った手のひらぎゅっと握って爪を立てる。
「ルブタンの新作ですっごく素敵な9cmヒールがあったの。私に物凄く似合いそうだったわ」
「それは良かった。さっき部下から連絡があってね。きみのマンションのコンシェルジュにルブタンの新作全色と、それに似合いそうなサンローランのドレスを数着見繕って届けたところだ」
本当に嫌になる。
「あら、愛してるわ、ダーリン」
爪を立てるばかりでなく、この8cmヒールで磨きあげられた革靴を踏んづけてやりたかったけど、代わりにすっと顔を近づけゼロ距離1歩手前でニコリと笑う。
「死ぬほどに」
これから起こるであろうことは、彼からの報酬を聞いて他想像に容易くない。
「でも、次はそろそろ車の買い替え時かしら」
降谷零との仕事は命がいくつあっても足りはしないのだと、私は知っている。