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「隣、失礼します」

昼食には早い時間で学食には人も疎らだった。1人で朝昼兼用のサンドイッチセットを頬張る私の元に、聞き慣れた声が降ってきた。携帯に落とした視線を上げると、声で想像した通りの人物が紙コップ片手に私の隣の椅子へ腰掛ける。

「蒼也くん、おはよう」
「おはようございます。これから授業ですか?」
「ううん、夜シフト明けの一限だったの」
「お疲れ様です」
「ありがとう。流石に疲れたから、これ食べたら帰って寝るわ……」

徹夜明け特有のふわふわした感覚からハッキリとした眠気になる瞬間はいつまで経っても慣れない。そのまま言葉にすれば「徹夜に慣れるものじゃないですよ」と痛い正論が返ってくる。一つ下の蒼也くんはいつでも冷静沈着、普段チームの隊長として、ボーダーの古株として年下をまとめることも多いからか対応が大人だ。

「遠征からの昼夜入り乱れたシフトは勘弁して欲しいよね……」
「まさか、またオールフリーで出したんですか?」
「……はい」

思わず顔を背けて、誤魔化すようにスープを啜る。隣から聞こえる大きな溜息が胸に刺さるが、自業自得なので反省の意を込めて「今後無理しません」と呟いた。もう一度聞こえた溜息は聞こえないふりをした。

「そう言えば、明日の2限の課題何書きました?」
「2限のかだ……あぁ!!」

切り替わった話題に安心したのも束の間、数テンポ遅れて意味を理解する。出来れば理解したくなかった気がするけれど。
不幸中の幸いか、今日の午後は休講、そして珍しくシフトも入っていない。携帯でスケジュールを確認しながら高速で頭を回す。今から図書館に寄って資料を借りて、徹夜でやれば間に合う。多分、きっと、頑張れ自分。

「珍しいですね、なまえさんが課題忘れるなんて」
「うぅ……面目ない……」
「多分なまえさんならすぐ終わりますよ」

蒼也くんの励ましを苦笑いで受けながら、残っていたサンドイッチを飲み下した。


***

レポートが終わったのは草木も眠る丑三つ時も過ぎ、遠くの空が白んできた4時過ぎだった。昨日は夜勤明けの講義で、本来であれば昼から睡眠を貪る予定だったのを急遽レポートに追われることになったので眠さも一入。
提出の2限まではあと6時間、少しでも仮眠をとらなければならない。携帯の画面を消し目を瞑ると、疲れていた身体から意識が薄れていくのを感じる間もなく、眠りに落ちた。

……はずだった。

「……おもい、ねむい」
「んー……」

グリグリと首元に擦り付けられる髪がこそばゆい。身を捩って離れようも試みるも、がっしりと抱えられて逃げ場がなかった。
悠一が勝手に部屋に入ってくるのはいつものことだし、それを良しとしたのは私自身だ。帰ってきたら家主不在の部屋でぼんち揚片手に寛いでいる、なんて風景も見慣れたものだった。
そう言えば昨日のお昼に「レポート忘れてた。缶詰です。」なんてLINEを送ったが最後、緊急の連絡以外見ないように通知を切っていたことを思い出す。枕元に置いた携帯を開くと、お昼頃に1件、夕方に1件、夜中に1件と間隔を空けて悠一からのメッセージが届いていた。「珍しーね、頑張れ!」「何か食べた?」「夜シフト終わったら部屋行きます」というメッセージを読み、今の状態を理解する。予定が詰まると食事を忘れがちな私を案じてくれたであろうメッセージを無視していたことに罪悪感が積もる一方、かれこれ40時間寝ていない身体は限界を迎えていた。さわさわと動く手をそれとなくズラしながら、拘束から逃げるための言葉を探す。

「悠一お風呂入ってないでしょ、シャワーくらい浴びておいで」
「やだ……なまえさんも一緒が良い……」
「私はシャワー浴びたから」
「もっかい入ろ」
「……待って、今日本当に寝てなくて眠いの」
「わー奇遇、俺もなんだよね」

尚更寝よう、と提案するも聞こえているのかいないのか身体中をまさぐる手は止まらない。触れるか触れないか、撫でるように手の平を滑らせたかと思えば、むにりと柔い部分を、感触を確かめるように掴まれる。緩急付けた仕草からは眠気など微塵も感じられなかった。
ここのところお互い忙しくてゆっくりする暇もなかったのだから、いつもであればこのまま流されていただろう。
けれど今日はいつもと違い、先程までも、あと数時間後にも、予定が待ち構えていた。疲れた身体は恋人との戯れよりも睡眠を欲している。
悠一も眠い事は本当らしく、いつもより口数が少ない。その代わり物理的に事を進めようとしているのか、徐々に手の動きが性急になっていく。

「ホント、お願い待って……」
「んー、無理寄りの無理かな」

2週間待ったし、と言いながら行為を強行する悠一を他所に、いよいよ瞼が開かなくなってきた。これはまずい。服に忍び込んだ手を払う力も抜けてきた。悠一は抵抗を止めたと思ったのか、焦れったくあちこち触っていたのが嘘のように目当てのもの一直線に手を進める。
ブラのホックが外れ胸元に開放感を感じた瞬間、ごめんねと心の中で手を合わせた。眠気に抗えなくなったのだ。

「……まじ?」

完全に反応を無くした私の顔を覗き込んだ悠一の声を意識の端で聞きながら、課題を出したら思いっきり悠一を甘やかそうと心に決めた。

微睡みの薄浅葱


2021.03.13