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「なまえさんって迅さんと付き合ってるの?」
そういう話に興味無さそうな後輩の言葉に、ほんの一瞬動きが止まる。その一瞬の隙を逃すような素人でない遊真くんに、気持ち良いほど綺麗に首が飛ばされた。
「いやー勝った勝った」
「なまえさん相手に8-2なら善戦ね。よくやったわ」
「ありがたきお言葉」
居間に続く扉を潜りながら、遊真くんは満足気な顔だった。お菓子とお茶を広げるしおりちゃんの元へ向かいながら、師匠である桐絵ちゃんとグータッチを交わす彼に自然と笑みが漏れてしまう。私に気がついたしおりちゃんが労いの言葉をかけてくれるのに「ありがとう」と返し、ソファに腰かけると、遊真くんと桐絵ちゃんの2人も机を囲うように各々ソファに座った。
「最後、一瞬止まってたけどどうしたの?」
「いやー、まさか遊真くんから恋バナ振られると思わなくて」
桐絵ちゃんの疑問に、しおりちゃんの出してくれたマカロンをつまみながら頭を掻く。だって本当に驚いたのだ。何となく、彼はその手の話に興味が無いと思っていたから。そう言うと、遊真くんはオレンジジュースを飲みながら「さくせん勝ちです」とサムズアップをして見せた。まんまと作戦に嵌った私は降参の意を含めて両手を上げて返す。
「そういえば、答えを聞いてなかったな」
「あぁ、うん。付き合ってるよ」
「ほほう、やはり」
顎に手を当てキラリと目を光らせる遊真くんを可愛いなぁと思いながら見つめる。淡い色合いのマカロンをモグモグしている彼は、小柄な体格とふわふわと綿菓子のような真っ白な髪も相まって小動物のようだった。見た目と中身のギャップも、ある程度打ち解けた今となっては彼の魅力の一つだ。
「修とチカが気にしててな。隠したいとかだったら申し訳ない」
「別に隠してるわけじゃないから大丈夫だよ。でも私はあんまり玉狛来ないし、本部でも2人でいること多くないのによくわかったね?」
純粋な疑問だった。悠一と付き合っていることは公言こそしてはいないが、2人とも特別隠していない。聞かれれば肯定で返すし、古い付き合いの隊員は凡その馴れ初めも含めて知っているだろう。けれど入って日が浅い隊員や、普段あまり関わることの無い隊員は知らないと思う。多分。
そもそも所属も違えば片や大学生、片やフリーの正隊員。生活リズムも結構違う。本部でも修くんや千佳ちゃんがいる場所で2人で会っていたことは、記憶にある限りはなかった。
そんなような事を掻い摘んで話すと、遊真くんは3つ目のマカロンに手を伸ばしながら「何となくだよ」と答える。何となくとは。
「なまえさんを見る迅さんの顔が、他の人とは違ったから」
「あいつなまえさんにメロメロだからね」
「メロメロて」
漫画的表現に笑ってしまう。しかもそう表現されている人物と「メロメロ」と言う言葉が合わなさ過ぎた。ツボにはまってけらけら笑う私に、桐絵ちゃんからの呆れたような、ほんの少し憐れみを滲んだ声がかかる。
「1度振られてるのにしつこくアタックしてたんだからメロメロでしょ。いつもデレデレしてるし」
「ほう、迅さんの粘り勝ちか」
「デレデレて」
周りから見るとそう見えるのかと、新鮮な気持ちだった。桐絵ちゃんとは悠一と付き合う前からの長い付き合いで、悠一のこと抜きにしても仲良くしてもらっている。本人がいる時はまだしも、そうでない時はこうしてわざわざ話題に出すこともない。「迅はなまえにメロメロでデレデレ」と心の中で復唱して、その言葉の可愛らしさに笑ってしまう。
「おれは風間さんと付き合ってるのかと思った」
「あ〜そっちの方がよく言われるかも」
「なまえさんと風間さん、仲良いですもんね」
「名前呼びだしね」
順番に遊真くん、私、しおりちゃん、桐絵ちゃんの声が連なる。よく聞かれる質問に、新入りから見てもそう見えるのなら、少し距離感を考えた方がいいかも知れない、と心の片隅で思う。多分きっと、出来ないのだろうけれど。
「蒼也くんを名前で呼んでるのは、蒼也くんのお兄さんと先に知り合ってたからだよ。林藤支部長も同じ理由じゃなかったかな。仲が良いのは……えーと、しおりちゃん、いつもの解説お願いします」
「宇佐美、了解であります」
仰々しくしおりちゃんに敬礼すると、しおりちゃんも慣れたノリで敬礼を返してくれる。頼れる後輩は今日も可愛い。
「遊真くん、なまえさんの黒トリガーのことはどこまで知ってる?」
「ふむ?黒トリガーを持っているということ以外知らないな」
「なまえさんの黒トリガーの特徴はね、"透明化"なんだ。簡単に言うとカメレオンと同じなんだけど、カメレオンと違って攻撃中も透明化の効果は切れないし、トリオンそのものが透過するから攻撃も見えないの」
「なるほど、それは強力だ」
僅かながら目を輝かせる遊真くんは立派な戦闘狂だ。本部で上級隊員にもガンガン模擬戦を申し込む姿も最早見慣れたものだけれど、楽しそうにしている姿を見ると、悠一の願い通りになっているようで嬉しくなった。しおりちゃんの入れてくれた紅茶を飲みながら、小さく笑みを零す。
「風間隊もカメレオンを主軸に動いているから、なまえさんと戦い方が似てるんだ。それで、なまえさんも風間隊の訓練や作戦会議によく参加してるから、一緒にいることが多いの」
「しおりちゃんも元々風間隊のオペレーターだったから、その時からの仲なんだ」
補足程度に続けると、遊真くんも納得したように大きく頷いた。「なるほど、解説ありがとうございました」と遊真くん、しおりちゃんが「いえいえ、どういたしまして」と答える。それでこの話題は終わりのハズだった。
「なまえさんと迅さんって、いつもデートとか何してるんですか?」
キラキラして瞳で「ずっと聞いてみたかったんです」と問われる。頼れる後輩のまさかの追撃である。隣に座る桐絵ちゃんも興味無い風を装いながら、チラチラこちらを伺っている。そうだ、花の女子高生なのだから恋愛話に興味が無いわけない。それが身近な人物ともなれば余計に。
付き合いを隠しているわけではないし、隠す理由もない。けれど、「デート」と言う可愛らしい響きが気恥ずかしく、期待に満ちた瞳で見られると照れてしまう。むずむずする感覚をどうにか飲み込んで、マカロンのサクネチっとした独特の食感を味わいながら、普段のデートを思い浮かべる。お互いボーダーでの任務や大学、趣味の暗躍でまとまった時間を作って出掛けると言うよりも、空き時間が合えば市内のショッピングモールへ出掛けたり、お気に入りのカフェでお茶をすることが殆どだった。
「大体市内をブラブラしてるかな……?」
「それって迅の暗躍ついでじゃない!」
「それもあるねぇ」
市内を回ることは暗躍にも役立つし、私としても特に不満を抱いたことは無い。
しかし恋に恋する女子高生、桐絵ちゃんの合格ラインには届かなかったらしい。「本当に迅でいいの!?」と肩を揺すられながら「大丈夫大丈夫」と伝えるも、揺れが酷くなるだけだった。
「まぁまぁこなみ先輩」
これでも食べて落ち着きなよ、とマカロンの乗った皿を差し出す遊真くん。渋々といった様子で動きを止めてマカロンに手を伸ばす桐絵ちゃんに見えないように、彼にサムズアップを送った。3の口をしながらキラリと目が輝く彼は小さくともイケてるメンズである。
質問した張本人であるしおりちゃんは、先程の回答で一応満足したらしい。身近な恋バナが聞けて楽しい、といった様子でニコニコとしている。玉狛は可愛い子だらけで羨ましい。
緩んだ頬で後輩達を眺めていると、不意に違う場所の風景が脳内に流れ込んだ。慣れたもので驚きはしないが、つい先程まで話題にしていた人物が映り込んだことで、すっかり長居してしまっていたことを思い出す。
「さて、そろそろお暇するね」
「あれ?なまえさん今日休みじゃなかったの?」
「休みだよ。だから今からデート。
そうだ、悠一が今日の夜ご飯当番だって言ってたから私も作るけど、何か食べたい?」
紅茶を飲み干して立ち上がると、桐絵ちゃんの信じられないと言った眼差しが突き刺さった。しおりちゃんは困ったような顔をしているし、遊真くんはマイペースにお菓子をつまんでいる。
「迅ってば食事当番の日にデート入れたの!?今から出かけても3時間くらいしかないじゃない!」
「なかなか予定合わないからねぇ」
「なまえさんはそれでいいの!?」
きっと桐絵ちゃんは心から心配して言ってくれている。素直で優しい子だから、仲の良い私の為に自分の事のように怒ってくれているのだ。それが擽ったくて嬉しくて、眉を吊り上げる桐絵ちゃんとは対照的に笑みがこぼれてしまう。
「私は皆との時間も好きだし大事にしたいから、大丈夫だよ。ちゃんと愛されてるのもわかってるし、私だって好きで付き合ってるんだから」
年下の前で惚気るのは恥ずかしいけれど、真っ直ぐぶつかって来てくれる友人に嘘はつきたくなかった。例え嘘を見破ることの出来る遊真くんがいなかったとしても。
心配してくれてありがとう、と桐絵ちゃんの長く艶やかな髪を撫でると、私よりも照れたような桐絵ちゃんはあわあわした後、シュンとした様子で、先程とは正反対に大人しくなってしまった。
「なまえさんがそう言うなら……」
「ちゃんと嫌なことは嫌って言うし、2人の時間もちゃんと作ってるから」
「なまえさんは絶対幸せにならないと駄目なんだから」
「うん、ありがとう。私今幸せだよ」
抱き着いてきた細い身体を抱きしめ返す。強くて頼りになるけれど、彼女は私よりも年下で、まだまだ多感な年頃なのだ。私以上に私のことを考えてくれる以上の幸せなんてないのに、もっと多くの幸せを与えようとしてれる。応えるようにぎゅうぎゅう抱きしめ返してくれる細い腕に、胸が満たされるようだった。
「え、何この状況」
「あ、迅さん」
しみじみと幸せを噛み締めていると、後ろから困惑の声が聞こえてきた。先程すぐ近くまで来ているのは見えたけど、中まで入ってくるとは思わなかった。
桐絵ちゃんの肩越しに小さく手を振ると、「幸せそうだね」と笑われた。その様子を背中で感じ取った桐絵ちゃんは、私を離すと振り返って勢いよく人差し指を悠一に向けて、声高に叫ぶ。
「今日の当番はあたしがやるわ!
迅、あんたなまえさん大事にしなさいよね」
「大事にしてるつもりなんだけどなぁ」
「まぁまぁ、折角お許しが出たんだし、前話してたレストランでも行こうよ。
桐絵ちゃん、ありがとう!しおりちゃんと悠真くんもまたね」
不服そうな悠一の背を押しながら、3人に手を振る。まだ様子がわかってない彼には、美味しいご飯を食べながら、後輩との惚気を聞いてもらうことにしよう。