尊奈門と薬を作る話
諸泉尊奈門が「腕の良い医者がいる」と聞いたのは、休憩がてら腹を満たしに入ったうどん屋でのことだった。「この間汁椀をひっくり返しちまってよぅ」
「そりゃ大変だったな、火傷になってないかい?」
「それが女房が持ってきた薬がよく効いて、この通り何ともないよ。聞けば最近村に売りに来る薬屋から買ったんだと」
「ああ、聞いたことあるよ。何でも大層腕の良い医者だとか」
「2つ隣の村外れで医者をやっとるんだと。随分若い人らしいねぇ」
火傷に効く、という言葉に思わず聞き耳を立ててしまったのが数日前。意識して聞いたわけではないが、近くの村で似たような噂を聞くことがあり、そこまで評判が良いのならと、休暇をもらって訪ねることにした。
村々で聞いた話をまとめると「周辺の村々を回りながら薬を売ったり怪我や病気の人間を無償で治療」しているそうで、随分と気前の良い人物のようだった。親切過ぎて薄気味悪さすら感じる話だが、医学に長けた人間であれば、貴重な存在だ。特に、火傷に効く薬とやらは試して損は無いだろう。
「すまない、この近くに腕の良い医者がいると聞いたのだが」
竹かごを抱えた女に声をかけると、女は緩慢な動きで尊奈門の方へ振り返る。同じくらいの年頃だろうか、人気のない道を歩いているには随分と不用心だと、尊奈門は内心訝しんだ。
「急患ですか?」
「いや、薬を買いたいのだが……」
「それでは、こちらへどうぞ」
淡々と言うと、女は背を向けて再び歩き出す。慣れた口ぶりから、目的の医者の身内だろうか。そんな事を考えながら女に着いていくと、街道を外れた木々の間にひっそりと建つ家に入っていく。戸を潜ると薬草や薬品の香りが鼻につき、目的地に着いたのだと悟った。
「どういった症状に効く薬をお探しですか?」
「火傷に効く薬を」
「火傷、ですか」
手に持った籠を覗き込みながら、女は困ったような申し訳ないような顔をした。
「なんだ、ないのか?」
「いえ、ちょうど隣村で全て売れてしまって……材料はあるので、半刻ほどお待ちいただけますか?」
「む、仕方ない」
小さく頭を下げ、女は手際良く作業を始める。あちこちに積み上がった籠や壁一面の薬箪笥から、慣れた様子で素早く必要な物を手元に集める間、尊奈門は所在無さげに部屋を見渡していた。
「ところで、腕の良い医者とやらはどこにいるんだ?」
「腕が良いかは自称しかねますが、このあたりの医者であれば私ですね」
薬研車を前後に動かしながら、女は答えた。感情の読めない淡々とした声と対称的に、尊奈門は道中想像した人物像との乖離に驚きひっくり返る。
「そ、そうだったのか……」
「よく驚かれます。薬が売れるようになったのも最近なんですよ」
「では、ここには1人で?」
「ええ、家族と呼べる人もおりませんので」
珍しいことではなかった。戦が絶えないこの辺りでは家族を失う者も多い。短く呟くように零された言葉は相変わらず感情が籠っていなかったが、尊奈門が女の境遇を察するには余りある。気の利いた言葉も思い付かず、逡巡の末に「そうか」と短く絞り出すのが精一杯だった。女は気に留める様子もなく、手を動かしながら口を開いた。
「見たところ貴方が使うわけではなさそうですが、どれくらいの量が必要ですか?」
「あ、あぁ……できれば多い方が助かるんだが」
「こちらの入れ物に入るだけでよろしいでしょうか」
「その大きさなら、三つは欲しいな」
ガタン、と薬研が傾く音がして女の方を振り向く。「すみません」と呟きながら頭を押えながら、薬研から落ちた薬草を拾っていた。想定していた量より多かったのだろうか、入れ物と薬草を交互に見て、女は眉根を下げて尊奈門へと向き直った。
「客人にこんなことを頼むのは失礼ですが、少し手伝っていただけませんか?その量を作るとなると、半刻以上お待たせすることになります」
そんなことなら、と二つ返事で快諾すると、女は強ばった表情を和らげる。棚の隅から取り出したすり鉢と籠に盛られた薬草を並べ、一つ一つすり鉢で擦る・葉の部分を取る……と指示を出しながら、先程よりも手早く自身の作業を進めていた。
初めこそ矢継ぎ早に飛んでくる指示に面を食らったようにたどたどしい動きだった尊奈門だが、やることさえ明確になれば慣れた手つきで取り掛かる。無言で薬草をすり潰す様子に、女はほんの少し驚いたような、感心したような表情を浮かべた。
「慣れてらっしゃるんですね」
「訳あって火傷の怪我人を看病をしている間に覚えたからな。だが、そんな薬草は初めて見たぞ」
「ドクタケとチャミダレアミタケの領境に、火傷や皮膚の炎症によく効く薬草が生えてる場所があるんです」
この間まとめて採取してきたばかりなのだと話す声音は弾むような年相応の温かさがあって、尊奈門はこそばゆさを感じて身動ぎをした。普段同じ年頃の女と接する機会が極端に少なく、見慣れない女特有の雰囲気の柔らかさは身にも目にも毒だ。
「女ひとりでこんな人気のない場所に住んでいるのか?」
「ええ、この辺りは良い薬草が多いですから」
「……変わったヤツだ」
「よく言われます」
本当に言われ慣れているのだろう、気を害した素振りもなく、ただ事実のみの返答だった。
───────
「本当にこんな値段でいいのか?」
二人がかりの作業でできた軟膏の他、薬草や包帯、切り傷に効く薬までどっさりと持たされた尊奈門は有り金を渡そうとして、しかし断られた。街道沿いまで見送りに来た女は、ゆるゆると首を振る。
「手伝っていただきましたし、初回価格ということで」
「そんな調子で、どうやって生活してるんだ……」
「野菜は家の裏に畑がありますし、村で薬と肉や魚を交換していただいてますよ」
「……この辺は山賊もいるんだ、気を付けろよ」
本心だった。女ひとり、人里から離れた場所に暮らすなど正気の沙汰では無い。見たところ丸腰で、警戒心の欠片もない普通の女だ。男に襲われたら一溜りもないだろう。
しかしそんな心配を他所に、女は一瞬キョトンと惚けた後、くすりと笑った。
「ご心配ありがとうございます、またお待ちしております」
タソガレドキ忍者隊の諸泉尊奈門さん。
耳元で囁かれたと思った次の瞬間、女は消えていた。
「……っは?」
気が付いた時には先程までいた小屋の方へ走り出していた。
だが、方向は合っているはずなのに小屋が見当たらない。
夢だったのか?狐につままれた?グルグルとまとまらない思考に目眩を感じながら、しかし腕いっぱいに抱えた薬が、確かにあの時間はあったのだと物語っていた。