雑渡さんに試される話
何かに追いかけられている。そう気が付いたのは薬草採取に出かけた山の中だった。ただの山賊ではない、気配を消してこちらの様子を伺っているようだ。気が付いていることに悟られないように、努めて自然体であるように作業の手は止めなかった。何か仕掛けてくる様子は、今のところない。これだけ気配を消せる忍者に追われる謂れはないので、人違いではなかろうか。相手の動きも目的も読めない以上、表面上無視を決めるしかなかった。
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「あの、そろそろわけを伺ってもよろしいですか?」
天井に向かって話しかける。反応は無い。
「ずっと着いて来てますよね?見られて困ることはないので構いませんが、流石に気が散ります」
「……いつから気が付いていた?」
梁の上から声と、一拍遅れて黒い塊が降ってきた。声に抑揚はない。ただ、試されているような圧に身体に力が入る。もし今攻撃を仕掛けられたら、逃げられるだろうか。なるべく動揺を悟られないように、目線を手元の薬草から話せなかった。
「エノキタケを見つけた辺りにはいらっしゃいましたよね?」
「驚いた。いつも通り気配を消したつもりだったんだが」
ほんの少し警戒が解かれたような、息の詰まるような空気が少し和らいだ気がした。そこで初めて、降ってきた塊─もとい人物を視界に収める。
忍び装束に身を包んだ、大柄な男だった。少ない肌の見える場所も、隙間なく包帯で巻かれているようで、鋭く見定めるような隻眼だけ包帯の隙間から覗いていた。そこで初めて、「もしかして」と思い当たる人物に思い当たる。が、相手の目的もわからない以上、下手なことを言って刺激したくない。
「ただの町医者を見ていて楽しいですか?」
「楽しくて見ていたわけじゃないよ」
驚かしてすまないね、と砕けた言葉にようやく肩の力が抜けた気がする。尾けられたことに良い気はしないけれど、だからといって不快に思うほどでもない。「いえ」と短く返し、採取した薬草を葉をむしる。包帯の人は何を言うでもなく、竹ざるに積み重なる葉をじっと見つめていた。
「ここには一人で?」
「ええ、家族と呼べる人もおりませんので」
つい最近も、同じことを聞かれたな。さきほどの「もしかして」の答え合わせをしているような、そんな感覚だった。
「医術は誰に教わった?」
「父と母に。子の時分に教わったきり、あとは遺してくれた書物頼りです」
「何故一人でこんな森の中に住んでいる?」
「この辺りは良い薬草が多いので」
一枚、二枚と葉をちぎる度に短い質問が飛んでくる。なんの時間だろう、これは。嘘をつく気などないが、意にそぐわぬ回答であれば首を飛ばされそうな、そんな心地だった。
「面白い子だね」
「……面白いは、初めて言われましたね」
「そう?」
どこから取りだしたのか、竹筒のストローを啜る大男。とても水を飲んでるような音ではないけれど、一体中身はなんなんだろう。
「なんで私に気がついたの?」
「なんでと言われましても……あんなに見られてたら気が付きますよ」
「"ただの町医者"なら気が付くはずないんだけどねぇ」
試されるような、最初の鋭さをチラつかせるような言動に、冷たい汗が額を伝う。そうか、この人は私の素性を怪しんでいるのか。
どこまで信じてもらえるかはわからないが、情報の駆け引きができるほど器用ではない。話すだけ話して、それから考えよう。そう思って、作業する手を止めて大男の顔を見ながら口を開いた。
「私の一族は、代々医術を受け継いできた一族でした」
話し始めた私に、大男は反応しない。一先ず話を聞いてはくれるようだと判断し、続きの言葉を紡ぐ。
「従事する主は持たず、治療が必要であれば誰でも対応する。それ故に、戦場の中心に赴くことも少なくありませんでした。
父と母は、「治療する側が倒れてはならない。身を守れてはじめて1人前」とよく言っておりました。物心つく前から、死なないための避け方、逃げ方を中心に身体の使い方や、敵意のある視線や気配への察知方法を教え込まれたのです」
「……なるほどね」
なるべく手短にまとめると、大男は読めない表情で頷いた。納得しているかどうかは、判断できなかった。
「ただ、戦う術は学ぶ前に両親は戦に巻き込まれて亡くなってしまいましたから、本当に最低限の護身術くらいですけど、ねっ!?」
言葉尻が揺れたのは、瞬きすらしない間に床に押し倒されたからだ。眼前には包帯だらけの顔、間には苦無と苦無が競り合っている。
考えるより先に袖口に忍ばせている苦無を出していなかったら、首が飛んでいたかもしれない。ギリギリと金属同士が擦れる嫌な音が耳障りだった。
「……な、なにをするんですか!」
「本当だ、反応は素晴らしいが力はか弱いね」
こちらが両手を使い必死で苦無を握り押し返しているというのに、片手で苦無を持ち、余力を残した涼しい声音が憎い。
ふと、押される力が和らぐ。次はなんだと、反射的に身体が強ばった。
「殺す気はないから安心していいよ」
「この状況で安心できると思いますか?」
武器は向けられていないが、自分より体格の良い男に跨がられて身動きがとれない。大男は先程までの殺気はどこへやら、片手を頬に当てて首を傾げた。
「たしかに?」
「残念ながらどこの国や村にも雇われてないので、なんの情報も持ってないですよ」
「すごいね、そこまで察してたんだ」
「先日の薬はお気に召しませんでしたか?」
「あぁ、あれね。すごく効いてるよ。おかげでこの通り身体が動きやすい」
「それは何より、です!」
手に持った苦無を顔面めがけて投げつけると、「おっと」なんて軽い調子で後ろに飛び下がり避けられる。避けると思って正面に投げたが、こうも軽々避けられると複雑だ。
「どこまで推察している?」
「どこまでといっても……先日薬を買いに来た諸泉尊奈門さんのお仲間、ですよね?あなたの為に買ったのであれば、あの量も頷けます」
「すごいね、大正解」
ゆるく拍手をする様子に毒気が抜かれる。意外とお茶目な人なのだろうか。
「私はタソガレドキ忍者隊の組頭、雑渡昆奈門だよ。君の作った薬、私はもちろん城でも評判でね。また頼むよ」
「今度は事前に注文してくださると助かります」
「では三日後に、この間と同じものを倍量取りに来るとしよう」
そう言い終わるが早いか否か、瞬きの間に怪しい大男─もとい雑渡昆奈門さんは消えていった。
残された私は大口の注文に喜ぶべきか、物騒な尋問はあれで終わったのか安心して良いのか。起きた事象への咀嚼がし切れずに、 残されていった苦無を見つめる他なかった。