タソガレドキの皆さんと茶をしばく話
雑渡さん襲来から早三日。どこまで本気か定かではないが、何となく来てくれるような気がして、言われた通りの量を用意した。今までは好きに作ってある程度のまとまった量になったら村々へ売りに行くだけだったから、事前に誰かに渡すのが決まっているなんて初めてだった。「やぁ、取りに来たよ」
「こんにちは、雑渡さん。用意しておきましたよ」
今日は気配も消さず、正面から訪ねてきた雑渡さんにホッとする。やはり天井に潜まれると、たとえ気が付いていても心臓に悪い。
「この量を三日で用意できたんだ。すごいね」
「特急料金も上乗せしてよろしいですか?」
「いいよ、殿からも予算もらってるから」
薬の山をしげしげ眺めながら、団子一本買うような気楽さで言ってのける。さすが城務めは金払いがいい。普段村に売りに行く時は最低限の金額か、肉や魚と交換が主だったので、もう少し身の安全を守れるようになったら城に売りに行くのもいいな、と期せずして財政計画が立ってしまった。
「今日はお一人じゃないんですね。何で隠れてるんですか?」
「だってさ、尊奈門」
「……なぜ私が着いてきているとわかったんだ……」
「私の尾行にも気が付いた彼女を騙そうなんて考えが甘い」
戸の影から現れた諸泉尊奈門さんの顔を、べちりと押しながら評定が下された。バツが悪そうに目を逸らす彼は、今日は雑渡さんと同じ装束に身を包んでいる。
「この間はどうも」
「む……」
「私一人で行くって言ったんだけどね、着いてくると言って聞かなくて」
「組頭!余計な事を言わないでください!」
がるがると吠え、それをいなす様子は親と子のような微笑ましさがあった。食いかかる諸泉尊奈門さんの顔を押し返しながら、雑渡さんはこちらへ向き直り「聞きたいことがあるんだって」と言う。揶揄う様な調子の声音に、首を傾げる。
「なんであの時、私の名前がわかったんだ?」
「あぁ、そのことですか。大したことではありませんが、良かったらお茶でも飲みながらお話しますよ」
「いただこう」
「組頭!寛がないでください!」
ぎゃんぎゃん吠えながら、しかし諸泉尊奈門さんも上がり込んでいる。素直でよろしい。
人にお茶を淹れるのも初めてだなと思いながら、先日村でもらったお茶葉を急須に入れ湯を注ぐ。お茶を淹れるなんて日常のことでこんなに緊張するんだなぁと、他人事のように思う。不思議と嫌な気持ちはない。これまた貰い物の湯呑み五つにお茶を注ぐ様子を、諸泉尊奈門さんは怪訝な顔をして覗いていた。
「なんだ?湯呑みが多くないか?」
「外にもお二人いらっしゃるでしょう?」
そう言うと元々丸い目をさらに丸くする諸泉尊奈門さんと、その横で感心したように頷く雑渡さん。二人を無視して戸から顔を出し、木々の合間に聞こえるように声を張る。普段大きな声なんて出さないから、少し震えた声が気恥ずかしい。
「お茶、淹れてしまったので良かったらどうぞ〜」
それだけ言って顔を引っこめる。数拍の後、雑渡さんと諸泉尊奈門さんと同じ装束に身を包んだ二人が気まずそうに戸をくぐり現れた。
「いつから、と聞くのは野暮だね」
「すみません、見張りをしているのかとは思ったのですが、村でいただいたお菓子もあったので……」
「やれやれ、これでは尊奈門のことを笑えないな」
頭を掻きながら苦笑を零すのは、山本さんと高坂さんというらしい。諸泉尊奈門さんのようにあからさまな警戒心も、雑渡さんのような試すような眼差しもなく、話しやすそうな人だった。
煎餅やら団子やら茶菓子を囲むようにお茶を啜る姿は、とても名高いタソガレドキ忍者隊の方々とは想像もつかない。自分だけ場違いではなかろうかと、どこか身の置き場が定まらずフワフワとした心地だった。
「さて、教えてもらうぞ」
「ええと、何から聞きたいですか?」
「何故私の名を知っていた?あの日お前と家が消えたのはどういうカラクリだ?」
「尊奈門、尋問ではないんだぞ」
山本さんに窘められ、諸泉尊奈門さんは口を尖らせた。親子のようなやりとりに、口許が緩む。
「気配がわかる、と言うのは先日雑渡さんにお話した通りです。敵意がわかれば、戦場でも対応しやすいですから。
あとは……諸泉尊奈門さんのお名前を知っていたのは、聞いたからです」
「お前に名乗った覚えはないぞ」
ジト目で睨んでくるが、先日の雑渡さんの苦無攻撃に比べれば怖くない。気が付かないふりをして、高坂さんへ訊ねる。雑渡さんが口布越しに笑っている気がするが、それも無視だ。
「三月ほど前、タソガレドキ領の南の方で演習か何かをされていませんでしたか?」
「そういえば、そんなこともあったな」
「あの時薬草採取で近くを通ったのですが、お声がよく通るので聞こえてきたと言うか……なんと言うか……」
頭を抱えて呆れる大人三人、プルプルと震える青年一人を目の前に、段々と語気が窄まってしまった。「修行し直しだな」なんて言葉がどんな意味を持っているかわからないけれど、諸泉尊奈門さんに悪いことをしてしまったであろうことだけは察せられた。
「なんかその、ごめんなさい……?」
「きみは悪くないよ、大声で話していた尊奈門が悪い」
「そうだねぇ、そもそも声が聞こえるほど近くにいた君に気が付かない我々に非がある」
「私は、尊奈門の目の前から消えたという話の方が気になるな」
くつくつと笑いを滲ませながら問うてきたのは、山本さんだ。
「消えた、と言うよりそう見せかけただけですよ。私が消えたのは単純に真上の枝に上がっただけですし、この家は元々気が付かれにくいように普段は布で囲ってるいるのです」
「布?」
「家を囲うように木々の間に紐を通して、森の風景を描いた布を釣ってカモフラージュしています。ただでさえこの森は四方が同じ景色に見える迷いやすい森ですから、この地に慣れていない人にはちょっとした目眩しがしやすい位置なんです」
感心したように嘆息され、気恥ずかしさを誤魔化すようにお茶を啜る。現役の忍者からしたら子供騙しのような技だが、実際問題諸泉尊奈門さんを騙せてしまったから、それを指摘するのは良くない気がした。
「我々の気配に気が付くだけではなく目眩しの術まで使えるとは、大したものだ」
「我らも負けていられませんなぁ」
「尊奈門、彼女に気配の消し方教えてもらったら?」
「ぐぬぬぬぬ……」
拳を握り震える諸泉尊奈門さんの前に、そっと団子の包みを寄せてみる。唸りながら、しかし団子を頬張る姿を見るに怒って襲われる心配はなさそうだと内心息を吐いた。最も、仮に襲われても他の3人が止めてくれそうではあるが。
「君さ、うちに来ない?医者の手はいくらあっても足りないし」
「組頭!?」
「む、確かに腕の立つ医者は貴重ですな」
「小頭までぇ!」
給料弾むよ〜と親指と人差し指で銭のように丸を作りながら茶目っ気たっぷりに雑渡さんは言う。戸惑う諸泉尊奈門さんを見ながら、雑渡さんの冗談に乗る山本さん。高坂さんは言葉こそ発しないものの、面白そうにくつくつ笑っていた。仲良いな。少し羨ましいとさえ思う。
「有難いお誘いですが、私はどこにも仕えるつもりはありませんよ。父母の教えを守っていきたいのです。その代わり、治療や薬が必要であれば出張も承りますので、いつでもお呼びください」
私の答えなぞ最初からわかっていたように、それでも「それは残念」と返される。意志を尊重してもらえたようで、面映ゆい気持ちになってしまう。
「さて、そろそろお暇しようか」
「我々までもてなしていただき、ありがとうございました」
「いえ、有り合わせのものでお粗末様でした」
雑渡さんからはずしりと重い巾着を渡され、思わず巾着と雑渡さんの顔を交互に見つめてしまった。「お茶代も入れといたよ」と言いながらにこりと笑われてしまえば、お言葉に甘えるほかない。頭を下げると、何故か撫でられる。撫でられるなんて子供の時以来だ。恥ずかしさを誤魔化すように「そう言えば」なんてわざとらしく話題を変えてしまう。
「これ、お土産です」
「お土産?誰の?」
「ちょっと遠くで鳴いている鳥さん、ですかね?」
包みに入った団子と茶を入れた竹筒を手渡すと、雑渡さんは初めて声を出して笑うのだった。