隣の席に居座る人物は、何故か不機嫌だ。いつも眉間に皺を寄せているし、すぐ怒る。あまり話したことないから何故かは知らないけど、もっとニコニコしてればどこぞのホストみたくカッコいいのに。勿体ない。

そんな彼の鞄からコロン、とあるものが転がり出てきた。ふと目に入る、ある動物のシルエット。いや、一度見ただけじゃそれがその動物で合っているのか自信がない。それほどまでにそれは歪すぎたのだ。

じっと見つめている間にはたと悩む。拾った方がいいのだろうか、それとも見なかったことにしてしまおうか。そんなことをだらだらと悩んだ挙げ句、一度は彼へと視線を投げ掛け、そしてまた落ちてあるそれへと戻した。彼、ロヴィーノ君は未だそれが落ちたことに気づく様子すらない。

うむ。やはり見てみぬ振りは人としてどうだろうか…。仮にも隣の席な訳だし、知りませんでしたは可笑しい気がしなくもない。うーん、仕方がない。見てしまったものは変わらないし。


「ね、ねぇ」


転げ落ちたままだったそれを取り敢えずは拾い上げ、ロヴィーノ君へと声をかけた。拾い上げて分かったことだが、それはビーズで作られていた。なんとも不格好なそれ。ああ、やはりあの動物だったか。自分の予想が合っていたからか、はたまたその合っていた動物が自分の大好きな動物だったからなのか、私は若干の喜びを感じ、自然とひきつりそうになる頬を精一杯整えた。


「ヴァルガス君?」


けれど、彼は一度目の呼び掛けに反応を示さなかった。え、え、あれ?聞こえていないだけ?無視とかじゃないよね?不安を感じつつ再度呼び掛けてみる。今度は強めに声を張って。


「ねぇ、ヴァルガス君」
「あ?」


あ、気づいてくれた。


「これ、ヴァルガス君の鞄から落ちるの見ちゃって。ヴァルガス君、のだよね?」
「え、」


見えるように掌に乗るそれを大っぴらにし、確認するように促す。彼はそれを数秒間見つめた後、急ぐように素早く、開け放たれていた自分の鞄の中身を確認しだした。がさごそ。がさごそ。


「……」


そして、何故か訪れる沈黙。


「あ、あの、ヴァルガス君?」


しまった。見てはいけなかったのか。拾ってはいけなかったのか。そのまま知らぬ振りを決め込めばよかったのか。彼は中身を見つめたまま尚も固まっている。ああー…なんか知らないけどごめんなさいロヴィーノ君。

ビーズのそれ一つで何故ここまで居たたまれない気持ちにならなければいけないのか、しかし本人にとっては嫌なことだったのかもしれない。だってなんとも可愛らしいご趣味じゃないですか。ねえ?あのいつも不機嫌で常時眉間に皺を寄せているようなロヴィーノ君が、あのロヴィーノ君がですよ。女の子みたいな趣味を持っていようとは、知られたく無かったことだったのかもしれない。いや、本人の趣味かどうかはまだ断定できないけれどもさ。


「か、可愛いですよね、これ、猫ですか?」


私はなんとか場の空気を和まそうと必死に話題を探した。まぁ、話題と言っても今のこの状況下では彼が作ったであろう私の掌で転がる不格好なビーズしか無いわけだが。

私が提供した話題に、彼の眉がぴくりと動いた。やはり不味かっただろうか。内心ひやひやしながら彼の反応を見守っていると、ブスッとしていた彼の表情が一瞬崩れた。


あ…、


「…そう、見えるんだったらそうじゃねぇの?」
「え、っと」
「苗字さんは」

そんな風に言われては返答に困る。私がもんもんとなんと言えばいいのかを考えていると、ふと呼ばれる自分の名前。今までだって何気なしに呼ばれていたであろう名前が、今日に限って耳に馴染まない。


「苗字さんは猫、好きか?」


そう聞いてくるロヴィーノ君。今度は私がフリーズする番となった。だって、この日まで私情を挟んだ会話を殆どしたことがない私にとって、それはあまりにも不意打ちに近かったのだから。仕方なかったのではないのだろうか。うん、多分当たり前の反応だよ。女子として。

だって、だってさ、初めて見たんだよ。彼の、ロヴィーノ君の笑った顔。それがとても綺麗で、息が詰まった。弟のフェリシアーノ君とはまた違った魅力みたいなのがその笑みに見えた。

息ができない。言葉が出てこない。早く、早く何か言わねば。変に思われてしまう。早く――…、


「好き、です」


あ、と言ってしまった後に気づく。これじゃ告白みたいじゃないか。瞬間私は焦った。焦ったまま慌てて言い繕った。「ね、猫が」と、若干震えた声音にロヴィーノ君は別に気にする様子もなく、「じゃぁ」と更に言葉を並べる。


「要る?」


彼の言いたいことがいまいちわからない。「好き?」「じゃぁ要る?」って。


「貰ってもいいの?」


率直な気持ちだった。貰えるのであれば貰ってみたい。そんなにうまくもないビーズの猫だが、私は気に入っていた。手に持ったときからなんだかいいな、と思っていたし。だからってまさかロヴィーノ君本人から申し出てくれるとは思いもよらなかった。だけど、だけどだ。


「そんなに親しくもないのに?いいの?」
「好きなんだろ?」
「う、うん。いいなぁって思った」
「だったらやる」
「ありがとう、ございます」
「ん、あ、でも」
「はい?」
「それ下手だろ、もっと綺麗なのを…」


そこまで言ってロヴィーノ君は私の手からそれを取ろうとした。あ、だめ。そう思ったら最後。私の口は勝手に開き、ロヴィーノ君へ向けて制止の言葉を投げ掛けていた。


「いいです」


それにキョトンとするロヴィーノ君。え、と言葉にもならない音を震わせ、どうしてと聞いてくる。私は暫く手の中で転がるそれを眺めながら「これでいいんです」と言い切った。いえ、


「これがいいんです。ヴァルガス君」



私の手の中で、背伸びをした猫が笑った気がした。




13.7.14


◎設定的にロヴィーノの片想いということだったのですが、それがちゃんと書けているのか、伝わっているのか疑問な終わり方になってしまった…